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Firecrackers 大学2年生 5月 | 合瀬 由乃の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
Firecrackers
大学2年生 5月
作者:
合瀬 由乃
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大学2年生 5月
寛太朗
(
かんたろう
)
が国立大学の経済学部に入学して1年が過ぎた。 講義と課題、家庭教師のアルバイトを目一杯詰め込み、長期休みには塾講師を掛け持ちして寝る間も惜しんでまた勉強した1年だったが、2年生になっても授業を取れるだけ履修して大学に通い詰め、合間に家庭教師のバイトを入れ込むだけ入れ込む。 できるだけの手駒を卒業までに増やしておこうと資格試験も今年から受けていく予定だ。 「
藍田
(
あいだ
)
君も一緒に行きませんか?」 ワイワイと数人のグループが集まって携帯を取り出し、連絡先を交換したりしている中、教授が振り返って寛太朗に声をかけた。 5月に入って長期休暇の前半3日間、教授の一般公開講座の為に地方大学まで助手という名目の荷物持ちで寛太朗はお供に来ていた。 受講生との食事会に寛太朗もぜひ、と誘われるが 「あ、申し訳ありません。昨日もあまり寝てなくて、ここで失礼します」 そう言って辞退した。 普段の授業に加え、今回の準備に追われて何日かまともに寝ておらず、講座の途中も何度も意識が飛びそうになっているのを教授も気付いていたらしい。 「そうですね、お疲れの様子でしたから、今日はゆっくり休んで下さい」 と快く解放してくれた。 「お疲れ様でした」 寛太朗はサラリと前髪を揺らしてお辞儀をすると足早に教室を出た。 さっさと晩飯食ってホテルに戻って寝よう 地方とは言うものの中心部の繁華街は結構な賑わいで、あちこちの店の前に行列ができている。並んでまでご当地ものを食べる気力もなく、繁華街から少し離れたところにある1軒の寂れたラーメン屋に入って夕食を済ませると、寛太朗はそそくさと店を出た。 早く帰りたい一心でホテルまで近道をしようとして路地に入ったのが間違いだった。 1つ筋を入っただけで雰囲気がグッと怪しげになって方向が分からなくなり、元の道に戻ろうとして却って深くに入り込んでしまう。 完全に迷ったな 携帯を取り出してマップを開いたその時、目の端を赤い髪が横切った気がして寛太朗は顔を上げた。 「みー?」
美己男
(
みきお
)
がいなくなってから1年半、何度も道で赤い髪の人を見かけては追いかけた。 追いかけてみると女性だったり、観光にきていた外国人だったり、と似ても似つかぬ人ばかりで失望し続けている。 もう赤い髪をしていないかもしれないのに そう思うが赤い髪を見かけるとつい追って行って確かめずにはいられない。 こんなところにいるわけないか そう思いながらも赤い髪の残像を追いかけてしばらく彷徨ったあげく、ますます奥に入り込んでしまった。 カラオケの音や酔った笑い声がどこかの店の中から洩れ聞こえてきて、ため息をつく。 「お願いだから。僕、本当に君に夢中なんだよ。分かってるでしょ。コウ君」 となにやら痴話喧嘩のような会話も聞こえてきて、姿が見えないが角を曲がった先で揉み合っている気配がする。 寛太朗は進もうか後戻りしようか躊躇したその時、痴話喧嘩の相手の声が聞こえた。 「やだっ。離せっ」 心臓がドクリと大きく音を立てて跳ね、寛太朗はその声の方に向かって駆け出した。 もう一度、何か言ってくれ 角を曲がると2つの影がもつれ合っていた。 路地の奥は暗くて顔が見えないが、赤い髪がチラチラする。 「美己男っ」 寛太朗の叫び声にハッと影の動きが止まった。 「寛ちゃん?」 「みー?」 「寛ちゃんっ!」 走ってくる足音がして暗がりから飛び出してきた赤い髪が飛びつくように抱き着いた。 寛太朗はその体を受け止めて思い切り腕の中に抱き締める。 「寛ちゃんっ」 寛太朗の名前を呼ぶ懐かしい声が耳元で聞こえ、確かめるように髪を撫でると、美己男の細くて柔らかい髪が指先や頬に触れる。 嘘だろ・・、本物? 「ちょっと待てっ。コウ君は僕のっ」 と、30代後半くらいの着崩れたスーツ姿の男がハァハァと肩で息をしながら追いかけてきた。 「誰?」 「あ、お客さんだった人。でも、お店、出禁になってて、さっき待ち伏せされてっ」 「こいつがあんたの何だって?」 寛太朗は美己男を自分の背中に押し込みながら、黒々とした
眸
(
め
)
を光らせて男を見た。 携帯を向けてカメラの録画を押す。 「何撮ってんだよぉ。お前こそ誰?コウ君、誰、それ」 男が気色ばんで1歩踏み出してくるのを引かずに立ち塞ぐ。 「あんたには関係ない。さっき、こいつが嫌だってはっきり言ってたのこっちまで聞こえてたんで。はは、こんなことするのに真面目に社章はつけてるんですね。どこのだろ?すみません、不勉強で今すぐにはわかんないな。これ以上ウザ絡みするなら特定しますよ」 寛太朗の言葉に男は社章を隠すように握り 「なんだよ、調子乗んなよっ」 そう言ってアタフタと路地の闇に消えていった。 「何だ、あれ。きっも」 振り向いて美己男を見る。 「寛ちゃん?ほんとに寛ちゃん?嘘でしょ、会いたかったよぅ」 美己男が抱き着いてくる。 「それ、こっちの台詞だよ。お前がいなくなったんだろうがっ。どんだけ心配したと思ってんだ」 と思わず声を荒げた。 美己男が寛太朗の声に驚いて体を離すと今にも泣きそうな顔を向けてくる。 「寛ちゃん、ごめんなさい。俺、だって、嬉しくて」 ワーワーと騒がしい声が聞こえてきて酔っぱらっているのかもつれ合うような足音が聞こえてきた。 「この辺、詳しい?とりあえず、この路地から抜け出したいんだけど」 と寛太朗は疲れ切って美己男に尋ねた。 「大通りに出たらいい?」 こっちだよ、そういいながら美己男が寛太朗の手を取った。 いくつか角をまがるとあっさりと明るい大通りに出て寛太朗は足を止めた。 明るい場所で見る美己男は白い首筋に長く沿わせた赤い髪がずいぶんと艶っぽく、胸元を大きくはだけ、緩いシルエットのジャケットを着た姿は夜の仕事の匂いを放って確かに美己男なのに幼さの抜けたその顔はまるで知らない男のようだ。 「寛ちゃん?」 「あ、平気か?何か危ない目にあってんのか?」 寛太朗はイラついた声で尋ねた。 美己男がううん、大丈夫と首を横に振る。 「ならいいけど。とりあえず、良かった、お前が・・無事で」 そう口に出してしまった途端、脱力感に襲われ猛烈な眠気を感じて目が霞んだ。 クソッ、こんな時に 寛太朗はチッと舌打ちをしてゴシゴシと手の平で目を擦った。 「じゃあ、俺、行くわ。お前・・気をつけろよ」 そのまま美己男の腕の中に倒れ込みたい気持ちをなんとか押さえ手を振りほどくとフラリと歩き出す。 「寛ちゃんっ」 美己男が追い縋ってきて手首を強く掴むと、そのまま、どんどんと手を引っ張って歩き始めた。 「ちょっとっ、みー。待てって。どこ行く気だよっ」 寛太朗は足を縺れさせながら、美己男の後を必死でついて行く。 繁華街を歩く人々は、見慣れた光景なのか、それとも興味がないのか誰も2人を気に留める様子もない。 美己男が掴む手首が熱く痛む。 「みー、手、離せよ」 「やだ」 美己男が怒った声で答える。 「痛いって」 そう言うとようやく美己男が足を緩めた。 「あ、ごめん」 手首を離し手を握る。 「どこ行くんだよ」 「えっと、どっか2人きりになれるとこ」 美己男はそれらしい裏通りに入り休憩の文字を見つけて入った。 部屋に入ってからようやく美己男が手を離す。その強引な態度に寛太朗は戸惑い、ただついてくるしかできなかった自分に苛立った。 「なぁ、お前、俺とこんなとこ来て大丈夫?」 さっきの男とのやりとり、そして美己男の服装と雰囲気から風俗の仕事だと察しはつく。 「お店・・?とかに連絡する?あ、俺がお前指名すればいいのか」 寛太朗は携帯を取り出した。 「何て店?さっきの男、コウ君って呼んでたよな」 「やめてっ、寛ちゃん。やだっ。俺のこと、嫌いになって欲しくないっ」 美己男が携帯に飛びついてくる。 「はぁ?何言ってんの?お前がっ、お前が先に俺を捨てたんだろうがっ」 美己男の言葉に目の前でバチバチと火花が散って耳鳴りがし、寛太朗は逆上して美己男をそばにあったベッドに突き飛ばした。倒れ込んだ美己男に近寄って馬乗りになり胸倉を掴む。 「お前がっ、お前が俺を捨てたんじゃんかっ」 寛太朗の目からポタポタと涙が落ちて美己男の胸に降りかかった。 「寛ちゃんっ、何でっ。俺が寛ちゃんを捨てるわけないっ。何でそんなこと言うのっ」 寛太朗は美己男の胸に涙を落とし続ける。 「何だよ、だったらなんでっ。ヤバくなったら逃げて来いって言ってたのに。そんなに信用ないのかよ、俺。そんなに母親のほうが大事かよっ」 「違うっ、違うってばっ。だって、寛ちゃんの人生、壊したくなかった。あの時、母さんが借金してて、俺の名前も使っててっ。もう逃げるしかなくって」 「わかってるよっ。知ってるよっ。全部知ってたのに、俺、あん時、お前に何もしてやれなかった。けどっ、一緒に逃げるくらいはできたかもしれないのにっ」 「だからっ、寛ちゃんに言いたくなかったっ。一緒に逃げたりしたら寛ちゃんの人生までダメにしちゃうっ」 「なんだよそれっ。お前、頭悪いくせに、余計なこと考えてんじゃねぇよ。俺の人生、お前なんかがダメにできるかっ」 「なんだよっ、俺だってっ。あの時は必死でっ」 美己男がガバッと起き上がって胸倉を掴んでいた寛太朗の手首を掴んだ。 「俺だって、寛ちゃん守りたかった。大好きだもん。会えなくなっても寛ちゃん、守りたかったんだよっ。寛ちゃんを捨てたわけじゃないっ」 美己男が寛太朗の濡れた黒い
眸
(
ひとみ
)
を見つめる。 「そんなん、勝手すぎる。第一、会えなくなったら守るも何もないだろうがっ。もう死んでんじゃねーかって・・、二度と会えないかもって・・」 寛太朗の目から涙が溢れて止まらない。 「そっ、それはそうかもだけど・・」 涙が溜まった睫毛が重くて、目の前が水の中の視界のようにユラユラ揺れ、寛太朗は美己男の胸に顔をこすりつけた。 「寛ちゃん・・。そんなに泣かないでよぅ」 美己男が寛太朗を包み込むように抱きしめる。 寛太朗はグビと喉を鳴らした。 「寛ちゃんが泣くの初めて見た。好きな人が泣くの見るのって、こんなに辛いなんて知らなかったから、ごめんね」 美己男が頭を抱えて髪の間に指を滑り込ませる。 ああ、人に抱きしめてもらうってこんなに気持ちのいいもんなんだな あったかくて、安心する みーの手、大きくて気持ちいい・・ 美己男の鼓動がトクトクと響いてきた。 「寛ちゃん?なんか言って?」 「・・すげー眠い」 「いいよ、このまま眠って。大丈夫、寛ちゃん、大好き」 「んだよ、大丈夫って。みーのくせに、笑える・・」 俺がずっと聞きたかったみーの『大好き』だ 「明日、講座あるから・・。2時間したら起こせよ、絶対・・」 寛太朗はなんとかそれだけ言うとコトリ、と美己男の胸の中で眠った。 「寛ちゃん」 睫毛を拭う指先を感じて寛太朗は目を覚ました。 しばらくぼんやりとする。 何してたんだっけ、俺? 体を起こすと美己男の膝の上に跨ったままだ。 「2時間たったけど」 「ああ、そっか」 声が掠れ、ゴホゴホと咳込んだ。 「泣きながら寝たから喉、乾いたでしょ」 よいしょ、と美己男は寛太朗の背中を支えながらベッドに仰向けに寝かせ 「お水、持ってくるね」 そう言って立ち上がった。 「普通の?炭酸入り?」 寛太朗はぼんやりと天井を見上げながら 「炭酸入り」 とカスカスに枯れた声で答えた。 あはは、寛ちゃんかわいい、と美己男が笑いながらプシュッとボトルの蓋を開けて差し出す。 「寛ちゃんの
眸
(
め
)
から体中の水が全部出ちゃうかと思ったよ」 「・・今、何時?」 「夜中の1時」 炭酸水が喉に流れ込んできて痛み、咳き込むと美己男が温かい手で背中を擦った。 「朝まで寝て行けば?」 「いや、ホテルに帰らないと」 そう言ってゴシゴシと手の平で目を擦り立ち上がった。 初めて美己男の前で泣いた上に膝の上で寝てしまったり背中を擦ってもらったりしてしまい、恥ずかしさに顔が上げられない。 「明日も講座があるから」 と洗面所の冷たい水で泣いた痕跡を洗い流す。 「じゃあ、送ってく」 部屋に戻ると美己男がジャケットに袖を通している後ろ姿が見え、その手慣れた感じが寛太朗の知らない美己男を垣間見せてドキリとした。 「いいよ、大丈夫。1人で帰れる」 「じゃあ、一緒に出る。ここに1人でいるのもなんだし」 「そう。じゃあ勝手にすれば」 寛太朗は鍵を手に取った美己男の後について部屋を出ようとして こんなに背が高かったっけ? と背中を見上げた。 いつもみーが俺を追いかけてたから、こいつの背中をちゃんと見たことなかった ドアノブに手をかけた美己男が鋭く振り向いて寛太朗を見た。その大人びた強い視線を受け止めきれずについ目を逸らした。 「寛ちゃんっ」 美己男にきつく抱きすくめられ、激しい鼓動が伝わってくる。 「みー?なにっ、苦しっ」 「俺のこと、軽蔑した?」 寛太朗は美己男の胸を押して体を離す。 「はぁ?軽蔑?なんで。してねーよ」 美己男が寛太朗の腕を掴んで顔を覗き込んだ。 「ほんと?」 「ほんとだって。なんでそんなこと」 「俺がデリヘルやってんの気づいてるんでしょ?だって久しぶりに会ったのに寛ちゃん、今日、ずっと変だもんっ」 「変って、そりゃ、そうだろっ。いきなりいなくなって、1年半ぶりに会ったら何か、お前、急になんて言うか・・」 言葉に詰まる。 「俺が何?汚くなってた?寛ちゃん、全然嬉しくなさそうだし、目も合わせてくんなくて。舌打ちとか、手、振り払ったりとか・・。もう触られたくない?もう俺とはいたくない?」 美己男の目が陰る。 「違うっ、そうじゃないっ」 美己男の見たことのない愁いを帯びた表情に寛太朗の胸がギュウと締め付けられた。 いつの間にこんな表情・・ 「そうじゃなくて、お前が急に大人になってて。もう俺の知ってる、みーじゃなくて、大人の男みたいだったからっ」 寛太朗はムキになって言った。 「え?なに?それってどういう意味?」 寛太朗は子供じみている自分の態度が恥ずかしくなって顔を背けた。 「意味っていうか。いつも泣くのはみーだったのに、今日、俺、すげー泣いちゃって、お前に抱きしめられて安心して寝ちゃうし。頭撫でるのとか俺の役目なのに、そんなことされたら恥ずかしくてどうしていいか、わかんないだろっ」 美己男が寛太朗の唇を塞いだ。 「んっ」 美己男が抱きしめながら深くキスをしてくる。口の中に激しく舌を差し込まれ、寛太朗の体は震えた。 「みー、やめっ」 寛太朗は美己男から逃れようともがくが手首を掴まれ、強く腰を引き寄せられて我慢できずに美己男の首にしがみついた。 壁に押し付けられ強く唇を吸われ堪らず吸い返す。腰が砕けずるずるとしゃがみ込んだ寛太朗を美己男が床に押し倒す。 「あ、みー。待って」 「やだ」 美己男に切羽詰まった顔でズボンを下着ごと引きずり下ろされ、すでに熱く固くなった下半身を晒された。 「寛ちゃん、しよ」 美己男もズボンと下着を脱ぎ捨てて寛太朗に跨る。 「待って、待ってっ。みー、俺、久しぶりでっ。やだよっ」 寛太朗の声にさらに美己男が煽られた顔をする。 見下ろす美己男の整った眉が切なく寄って、愛し気に寛太朗を見つめる瞳が潤んでいる。薄い唇を舐める美己男の噎せ返るような男の色気に寛太朗はゴクリと喉を鳴らした。 「無理、待てない」 掠れた声でそう呟くと美己男がグッと腰を落とした。 「ああっ、だめっ」 「んっ、寛ちゃんっ」 一気に奥まで熱く貫くと同時に2人で決壊した。 「ああっ、嘘だろっ。みーっ」 目の前に火花が飛んでチカチカと明滅し、寛太朗は体を痙攣させて熱く濃い精液を美己男の中にぶちまけた。 美己男の体の重さが懐かしく愛おしくてまた涙が溢れてくる。恥ずかしさのあまり顔を腕で隠した。 「寛ちゃん、顔見せて」 美己男が優しく寛太朗の腕をほどいた。 「今日、寛ちゃんすげーかわいい」 美己男が溢れる涙を舌ですくい取る。 「うるせ」 「ごめん、無理矢理しちゃって」 「ベッドあんのにこんなとこで押し倒しやがって」 「しかも一瞬でイっちゃった」 「最悪。今までで最短だよ。ほんと、頭悪いな」 美己男の頭を引き寄せ額を摺り寄せる。 「会いたかった。会えなくて死にそうだった。大好きだよ、みー」 寛太朗の言葉に美己男の目からもパタパタと涙が零れ、優しく甘いキスが熱い涙と共に降って来る。 「俺の方が前から好き。ずっとずっと寛ちゃんのこと大好き」 寛太朗は美己男の体の重みをギュッと抱きしめた。 結局、すぐにはラブホテルを出ることができずに2人で小さいバスタブに浸かる羽目になった。 「俺、
知愛子
(
ちあこ
)
さんに置いてかれて泣いてるみーを散々バカにしてきてたけど、お前がいなくなってからやっと置いていかれるほうの辛さがわかったよ」 「寛ちゃんを置いていったわけじゃないよぅ。ちゃんと借金返してから寛ちゃんとこに帰るって決めてたもん」 美己男の長い腕が寛太朗の体に絡みつく。 「だけど、何にも言わなでいなくなったら捨てられたと思うだろ、普通」 「ごめん。でも言ったらきっと寛ちゃん、逃げて来いって言うと思ったから。そんなことしたら寛ちゃんに迷惑かけちゃうじゃん」 「そうだよ、言ってくれたら一緒に逃げたのに」 「もー、だからそれはして欲しくなかったのっ」 美己男が焦れた様子で寛太朗に言う。 「だからっ、置いてかれるより俺はそのほうが良かったっつってんの。頭悪いなっ」 寛太朗も焦れて美己男の腕の中で振り向くと髪を掴んだ。 「いたたっ、髪引っ張るなよ。もうっ、寛ちゃんの石頭っ」 美己男が寛太朗の腕を掴む。 「んだよっ、みーのくせにっ」 「寛ちゃんのわからず屋っ」 バシャバシャと小さいバスタブの中で掴み合う。 「うわっ」 寛太朗がバスタブの中でツルリと滑って美己男が抱き止めた。そのまま強く引き寄せられ唇を合わせると何度も何度も確かめるようにキスをした。 「2度と会えなかったらどうしようって思って怖かった。事件がある度、ニュース見て心配して、何であの時、お前と一緒に逃げなかったんだろうって毎日思ってた」 「寛ちゃん・・、ごめんね。俺、自分のことばっか考えて、他のこと何も考えてなくって」 「もう黙って俺を置いてくな。諦めらんないくせに諦めて楽になりたいって思ったり、絶対諦めないって思ってたのにいつの間にか諦めてて怖くなったりすんのもう嫌だ。1人でも大丈夫なフリとかもしんどい。俺、もうもたねぇよ、みー」 「うん。もうずーっと寛ちゃんの側にいる。だから寛ちゃん、俺の事、見捨てないで」 「いまさら見捨てるかよ。お前になんかあったら結局俺が呼ばれるんだから」 2人はお互いの顔を見つめ合い、なぜか大爆笑した。 早朝、ホテルを出て明りの消えた繁華街を2人でゆっくりと歩く。 「あんまり眠れなかったね。平気?」 「無理。講座の途中で100パー寝る」 「あはは、きつそう。でも明日も、あ、もう今日か、会いたいな」 「うん。今日は一緒に晩飯食いに行こうぜ」 「じゃあ、何食べたいか考えといてよ。おいしいとこ連れて行ってあげる」 「おお、いいね。もうホテルそこだから、ここでいい。みーは?1人で平気?さっきのヤバイ奴とか、怖くないか?」 「大丈夫。もう平気」 ん、じゃあ後で、と頷いて横断歩道を走って渡ってから不安になって振り向いた。 笑って手を振る美己男がまだちゃんとそこにいて寛太朗はホッと安堵の息を吐いた。 途中、何度も意識を失いかけながらもなんとか2日目の講座を終えて美己男と待ち合わせた場所まで早足で歩く。美己男の赤い髪が視界に入って駆け出した。 「美己男」 今日は大きめのパーカーにジャージのパンツとカジュアルな服装だ。そうしていると年相応で、昨日とはずいぶんと雰囲気が違う。 「寛ちゃん」 「悪ぃ、待った?」 「ううん、全然。行こっか」 と2人で歩き出す。 「昨日は何食べたの?」 「ラーメン」 「有名なとこ?」 「いや、すぐに入れるようなとこ」 「そっか。今日はちょっと並ぶけど人気のとこにしよっか。何食べたい?」 嬉しそうに美己男が尋ねた。 「みー、今日、仕事は?俺といて平気」 「うん、大丈夫。お休みもらった」 指が触れ絡む。 「あ」 ドクリと心臓が跳ね、寛太朗は美己男の指先をキュウとつまんだ。 「いて、何すんだよ」 美己男が笑って寛太朗を見る。 「みー、俺、あんま待てない」 寛太朗が美己男を見上げて言うと、美己男の顔から笑顔が消え喉がグビリと動いた。 「晩飯、あとでいい?」 「うん」 「あ、えっと、じゃあ」 携帯をしばらくいじってから 「行こ」 と反対側へと歩き出す。 しばらく無言で歩き、普通のビジネスホテルのような外観の中へ入って行くと次々と携帯の操作で通り抜けて行った。 「すげ、はやっ」 寛太朗は慌てて美己男の後を追ってエレベーターに乗り込む。 「手際がずいぶんと良いんだな」 「意地悪言わないでよ」 「え?意地悪じゃねーよ。褒めてんだけど」 笑う寛太朗に 「それ褒めてない」 と美己男が瞳を陰らせる。 部屋に入って寛太朗はサッサと服を脱ぎ捨て 「いや、ほんとに。お前の事、ノロい奴、ってずっと思ってたからさ。昨日から俺、結構頼りっぱなしだし」 そう言いながら浴室に向かう。 「待ってよぅ、寛ちゃん。一緒に入っていい?」 「じゃあ早く来な」 全裸で入って来た美己男の眩しい程、白く滑らかな肌を眺めた。 「タトゥーは?」 美己男は首を横に振る。 「寛ちゃんが入れるなって言ったから」 「ちゃんと覚えてたんだ。ピアスもしてないんだな」 「ん。寛ちゃんに会えない間は違う顔になろうと思って、全部外した」 腰を抱き寄せて尻を撫でる。 「んあっ」 声を上げた美己男の髪を掴んで顔を覗き込んだ。 「そっか。なぁ、みー、俺がどんだけお前に会いたかったかわかる?」 「んー、ごめんなさい。寛ちゃん、寛ちゃん。ほんとはっ、俺も会いたかったよぅ」 美己男が熱い湯の下で唇を吸いながらグイグイと腰を押し付けて来る。 「ほら、一緒に擦ってやるから。首に手、回しな」 「あっ、あっ、寛ちゃん、早くっ」 寛太朗の首に手を回して肩に額を押し付ける美己男の顔はもうすっかり蕩けている。 寛太朗は自分のモノと美己男のモノを握りしめて擦り合わせた。 「あー、久しぶりで、ヤバイ」 寛太朗は呻いた。 「んっ、俺もっ。寛ちゃんの手っ、久しぶりで、きもちいっ」 美己男が堪え切れず首筋に吸いついてくる。 「壁に手、ついて。後ろ洗ってやる」 「あ、やだっ。だめぇ。自分でするからっ」 「今更何だよ。早く洗わないとできないだろ」 美己男の後ろに回って壁に手をつかせた。 「あ、やだ、寛ちゃん。んっ」 「締めるな、痛くしないから」 んっ、んっ、と息を詰める。 「昨日は俺の恥ずかしいとこいっぱい見たろ?俺にも恥ずかしいとこ全部見せろって」 寛太朗は後ろから腰を掴むと、待ちきれず寛太朗は美己男の中に先を押し込んだ。 ゆっくりと奥に突き進むと熱い壁が寛太朗を包み込み腰が痺れる。 「んー、寛ちゃん、ああっ」 砕けそうになる美己男の腰を掴んで壁を擦るように律動する。 「あー、熱くて気持ちいい・・」 美己男の背中に額を押し付けた。 「寛ちゃんっ、もうダメ。立ってられない」 「今日はちゃんとベッド行こ」 浴室を出てベッドに腰かけると美己男を膝の上に抱えた。 ゆっくりと腰が沈んで奥深く繋がる。 固くなった美己男のモノを指で撫でると先から透明な液が溢れた。 「んっ、寛ちゃん、それ、出ちゃう出ちゃう」 そう言いながら美己男が腰を揺らした。 「みー、まだイクなよ?もうちょっと頑張れ」 カリカリと寛太朗の細い指先で穴を掻く。 「チューして、チューしてっ」 「んっ」 美己男の首を引き寄せ強く舌を吸うと美己男はビクリと震えて勢いよく白い液を飛ばした。 寛太朗は美己男の赤い髪を掴んで顔を引き離した。口から糸を引く。 「まだイクなっつったろ」 拳で口を拭うと、美己男はハッハッと呆けた顔で寛太朗を見た。 「ごめんなさい、寛ちゃん」 目に涙を浮かべている。 「後ろ向いてケツ上げろ」 美己男がベッドにうつ伏せになって尻を上げる。 寛太朗は自分のモノを押し付け、中に少しずつ深く挿れる様を凝視した。 ゾクゾクと堪らない快感が腰から背筋を上っていく。 「あー、寛ちゃん、前もっ、擦ってぇ」 「みー、待てって。もうちょっと、見てから」 ゆっくりと抜き差しするのを視覚で十分楽しんでから寛太朗は美己男の腕を掴んで引っ張り起こした。 「まだ擦り足んない?さっきいっぱい擦ってやったろ?」 美己男がもたれかかってくるのを胸で受け止め囁く。 「寛ちゃん、好き。好きぃ」 うー、と美己男が泣き出す。 「うん、だよな。みーは俺が好きだよな。なのになんでいなくなっちゃうんだよ」 寛太朗はそう言って美己男のモノと乳首を撫でた。 「寛ちゃん、寛ちゃん。ごめんなさい、ごめんなさい」 「ん?なんで俺に何にもいわないでいなくなっちゃたの?俺じゃあ物足りなかった?」 ズクズクと手前を浅く突く。 「違うっ、違うっ。俺、ずっと寛ちゃんだけのものだよぅ。ああっ、寛ちゃん」 美己男の体がビクビクと震え出した。 「んん、ダメッ。またイクっ」 再び決壊して腰が砕け、ベッドに顔を伏せる。 「待てって。みー、まだダメだよ」 寛太朗は引き抜くと、美己男の太ももを掴んで持ち上げ尻に顔を埋めた。 ハァッ、ハァッ、と激しく美己男が息をするのを聞きながら舌で後ろを探り中に差し込む。 「だめっ、それっ、やだっ」 美己男が泣き叫ぶのも構わず、ニュルニュルと舌で中を探った。 「あ、はぁっ、もう無理」 今度は腰を掴んでグルリと仰向けにすると中指を口に含み湿らせると滑り込ませる。 「んっ、寛ちゃん。もうやだぁ、離してぇ」 「んー?まだ離さないよ。俺、1年半も待ったんだから。知ってるだろ?俺がお前でしかイけないの」 「知ってるっ。ああっ、だめっ、そこ、だめだってばぁっ」 痙攣しながら美己男がまた射精してしまった。コリコリと指先に当たるしこりを擦ると体中を震わせ悶える。 「挿れるから気持ちいいまんま、飛ぶなよ」 寛太朗は膝の裏を掴んで腰を引き上げると一気に奥まで挿し貫いた。 「あー、寛ちゃん。大好きぃ。もっと奥にいっぱいチューしてっ。奥でイカせてぇ」 「みーっ。俺のみー」 泣き叫ぶ美己男を強く抱きしめ激しく腰を打ち付ける。 「出るっ」 寛太朗は熱く決壊し、ドクドクと精液を吐きながら突き続けた。 美己男の腹がビクビクと痙攣して中が締まり肌が赤く染まる。 「寛ちゃ・・すご・・。溺れる・・」 美己男がギュウと全身をのけ反らせ激しく体を震わせるとぐったりとなった。2人とも全身から湯気がでそうなほど熱い。 「みー?おいっ」 急にズッシリと重たくなった美己男に呼びかけ顔を覗き込んだ。 「え?まさか落ちた?」 汗で額に張り付いた髪をそっと除けると美己男がはぁ、と薄い唇の隙間から小さく息を漏らして目を開けた。 「あれ?寝てた?」 「寝てたっつーか落ちた。悪ぃ、久しぶりで頭ぶっ飛んだ」 冷蔵庫から水を持って来て美己男に渡すと 「ありがと」 と起き上がってゴクゴクと水を飲んでポス、とまたベッドに倒れ込む。 「大丈夫か?」 「平気。火花散って一瞬飛んじゃった。びっくり」 「こっちがびっくりだよ。息詰めるからだろ。ちょっと寝るか?」 「ううん。それよりすげー腹減った。なんか食いたい」 「あはは、だな。俺も腹減った。何か食いに行くか。っつってももう店、閉まっちゃったかな」 いつの間にか真夜中を過ぎている。 「そうだね。ファミレスかファーストフードしか開いてないかも」 「いいよ、何でも」 「ファーストフード行こっか。近くにあるから」 「ああ。それともコンビニで何か買って来ようか?買ってきてここでゆっくり食ってもいいけど」 「あ、それいいかも。ファーストフード買ってきてさ、ここで食べよ」 「ん、わかった」 大急ぎで身支度するとファーストフードへと向かう。 「なんか、いっつもこんなんだな、お前といると」 「えー?こんなんって?」 「いつも先を考えてないっていうか、衝動的っていうか」 んふふ、と美己男が笑う。 「言われてみればそうかも。寛ちゃん、思いついたらすぐ行動しちゃうんだもん」 「はぁ?計画性ないのはお前だろ」 「えっ?いやいや、違うでしょ。俺、いつも慌てて寛ちゃんの後、追っかけてるだけだって」 「何言ってんだよ、お前が何も考えずに大暴れするから俺が迎えに行くはめになるんじゃん」 「えー?そっかなぁ」 どちらからともなく手を繋ぐ。 「ね、寛ちゃん。昨日の話・・、寛ちゃんのそばにいていいってやつ。本気??」 「なんだよ、また?昨日から何回もそう言ってんだろ」 「本当に?俺、頭悪いし、母親あんなで借金あってデリヘルで客取ってんだよ?」 「そんなこと言ったらお前こそ俺といていいのか?俺、今すぐ養ってやるとか言えないし借金の肩代わりもできないし」 今の俺はみーに何にもしてやれない できることは昔も今もたった1つだけ 「一緒に逃げることしかできない」 俺じゃなく、もっとしっかりした大人の男だったら 例えば、
馨
(
かおる
)
さんみたいな・・ 「寛ちゃん、俺、明日、寛ちゃんと一緒に行く。今度は俺、寛ちゃんとこに逃げるから、だから明日連れてって」 「え?何?明日?」 「うん」 いや、それでも 「わかった。明日、一緒に逃げるぞ」 寛太朗は頷いて美己男の手をギュッと強く握った。 次の日、最後の講座を終えると寛太朗は教授と別れて美己男と待ち合わせした場所に急いで向かった。美己男の足元にはバックパックが1つだけだ。 「荷物、それだけ?」 「うん。別にどうしてもいるものなんてないし」 「お前、知愛子さんにはちゃんと言ってきた?」 寛太朗の問いに美己男が首を横に振る。 「いい。あの人にはもう話、通じないから」 とバッグパックを背負い歩き出す。 「みー。ダメだよ」 寛太朗は美己男の手を掴んだ。 「話、通じなくてもちゃんと言ってこい。でないと連れてけない」 美己男が目を見開く。 「なっ、寛ちゃんっ。何でそんなこと言うのっ。今更ひどいよっ」 「何も言わずに行くのはダメだ。置いていかれる方の気持ち、お前が1番わかってんだろ?」 「何言ってんのっ。母さんの事捨てろっていったのは寛ちゃんじゃんっ。それにっ、あいつ寛ちゃんの事を俺に捨てさせたっ。今度はあいつが捨てられる番だっ」 美己男の顔が赤くなり、はっ、はっ、と息が荒くなってくる。 「みー」 駅の大勢の人通りの中、寛太朗は美己男の頭を引き寄せた。 「大丈夫、お前を置いて行くって言ってるわけじゃないから落ち着けって。後で辛くなんないようにちゃんとしときたいだけだ。今度は絶対にお前を連れて逃げるから。な?」 「やだっ、今すぐ寛ちゃんと行くっ。俺を見捨てないって寛ちゃんが言ったっ」 「お前、ほんとに俺を選ぶんだな?」 美己男が頷く。 「俺を選んだらお前を知愛子さんとこには2度と返さない。それでいいんだな?」 美己男がギュウとシャツを掴む。 「いい。2度とあの人のところには帰らない。寛ちゃんとこに行く」 「うん。じゃあ、俺と一緒に行くってちゃんと言って、最後に2人でいるとこ見せつけてこようぜ」 美己男と知愛子が住んでいるアパートは路地奥の暗い場所にあった。 日当たりの悪い古いアパートの階段をギシギシと嫌な音を立てながら上がる。 「母さん?」 部屋の中は暗く、服があちこちに脱ぎ散らかされていてゴミが散乱しており、その中で知愛子がパジャマ姿でだらしなく座ってタバコをくゆらせていた。 「みーちゃん?お帰りっ、みーちゃん」 ヨロヨロと立ち上がった知愛子は美己男の後ろに立つ寛太朗を見て嫌そうに眉をしかめた。 「あー、またあんたなの」 寛太朗への嫌悪感を隠そうともしない。 「何、なんなの」 「お別れ言いに来ただけ。もう俺、ここには2度と戻らない」 美己男が知愛子に言った。 「何?みーちゃん、何言ってるの?お別れってどういう意味?ちゃーちゃんのこと、1番好きでしょ?ずっと一緒にいてくれるでしょ。どこにも行かないよね?」 「母さん、俺、寛ちゃんと一緒に行く」 「寛ちゃん・・?何言ってんのっ。あいつはいつもみーちゃんのこといじめてたじゃないっ。あの子っ、そうよ、いっつも真っ黒な穴みたいな目であたし見てっ。どうせまたみーちゃんのこと、言い包めてるんでしょっ。あいつらがあたしたちのこと見下してんの、わかんないのっ」 知愛子がヨタヨタと美己男に近づいて腕を掴んだ。 「違うよ。寛ちゃんはいつもあんたがいない時、俺のそばにいてくれて大事にしてくれた。俺はあんたよりも寛ちゃんのことをずっとずっと愛してるんだ」 「何バカなこと言ってんのよっ。そんなこと言ってみーちゃんまで、ちゃーちゃん捨てるの?そんなことダメよぅ。みーちゃんは私のものよぅ。みーちゃんを1番愛してるのは、ちゃーちゃんなんだからぁ」 知愛子が泣き喚く。 「母さんがいつも俺を置いていってたんじゃないか。それに、そう言って俺に寛ちゃんを捨てさせた。それを俺は許せない。このままだと母さんを憎み続けちゃうよ。これ以上あんたを・・嫌いになりたくない」 「知愛子さん、美己男をもう離してやって。俺が知愛子さんの分まで愛するから、俺に美己男を譲って欲しい」 寛太朗は知愛子にそう言った。 「もう、お互いを置いてかないって約束したから。ごめんなさい、こいつを連れて行く」 「ちゃーちゃん、今までお世話になりました。俺ね、寛ちゃんと出会わせてくれたこと、ほんとに感謝してる。ちゃーちゃんがあの施設に連れて行ってくれたから、寛ちゃんに出会えた。ちゃーちゃんのお陰だよ。ありがとう」 美己男は子供の頃のように知愛子にギュッと抱き着いた。 「でも、もう行くね。バイバイ」 何も言えずに立ち尽くす知愛子を部屋に残し、ギシギシと音を立てる階段を降りると寛太朗は美己男の手を握って歩き出す。 「みー、すごいじゃん。ちゃんと言えたな」 「寛ちゃんっ」 握った手が熱い。美己男は泣いているに違いない。顔を見て何か言ってやりたいのに寛太朗はどうしても振り向くことができなかった。 このまま逃げて平気か? ってかこんなんで逃げ切れんのか? くそっ、すげー怖い 母親を捨てさせてまで連れて行こうとしているのは、ただ自分がもう2度と1人になりたくないからではないか?この先、どうやって逃げていいかもわからない、何の解決法も見つけられてないくせに、と思うと不安な気持ちで吐きそうになる。 「みー、俺から絶対に離れるなよ」 前を向いたままそう言うと、寛太朗は震える足で、それでも前へと歩き続けた。 「腹減った。飯、食お」 予定よりもずいぶんと遅い列車に乗り込み、ようやく寛太朗の住んでいるアパートの最寄り駅に着いたのは夜の9時過ぎだった。 「駅前ならまだどっか開いてるだろ」 小さな定食屋の暖簾をくぐり、古びた椅子に座り込んでようやく肩の力を抜く。 「あー、久しぶりにちゃんとした飯食う気がする」 「寛ちゃんここ、よく来るの?」 「いや、初めて。外食はあんまりしないから」 「そっか。じゃあ明日からは自炊しようね」 「だな」 「ほんとに一緒に逃げて来ちゃった」 「おー、すごい3日間だったな」 まだジュウジュウと音を立てているから揚げととんかつが目の前に置かれると、とたんに腹が減り唾が湧いた。 「うまそ。から揚げととんかつ半分交換な」 「うん」 まだ瞳を濡らしたまま美己男がえくぼをへこませる顔に、寛太朗は少しホッとしてとんかつに齧りついた。 「ちょっとコンビニ寄ってから帰ろうぜ。飲み物とか、明日の朝飯とか何もないからさ」 「うん」 一通りのものをカゴに入れて、レジ前に行くと花火のセットが置いてあるのが目に入った。 「うわ、もう花火が置いてある」 「えー?ほんとだ。早いね」 「やる?」 「うん、やろっ」 あれこれと物色してから大きめの花火セットを1つカゴに入れた。 「どっかできるところあるの?」 「小さいけど公園がある。そこでやろうぜ」 誰もいない公園の真ん中にしゃがみ込み、ガサガサと袋を開ける。 「ねずみ花火、最後な」 「あ、爆竹もある」 花火と一緒に缶ビールも2つ取り出して、プシュッと蓋を開けた。 「乾杯しとく?」 「しとこっ。大冒険だったもん」 缶をぶつけてグビリと飲むと、早速花火に火を点けた。 シュウー、と勢いよく花火から煙と色とりどりの火花が散って美己男が嬉しそうに笑い声をあげる。 「なぁ、みー、お前の借金ってさ、すごい?すぐにもっと逃げなきゃならないくらいヤバいのか?」 「えー?ううん、大丈夫。ちゃんと言ってきた」 「え?言ってきたって?どういうこと?」 寛太朗は驚いて尋ねた。 「寛ちゃんが助けてくれたあの変なお客いたでしょ。あのせいでしばらくお店出られなかったんだよね。だから前から移動の話が出てて、丁度いいからって、こっちのお店に移動させてもらえることになった。ここで働いて借金、綺麗にする。借金からは逃げらんないからさ」 「みー、お前」 俺よりよっぽどすげえ奴 「あいつお前のこと、コウ君って呼んでたな」 「うん。店では口紅の紅って書いて、コウって名前にしてるんだ。赤い髪してるからってオーナーがつけてくれた」 「そっか、お前がまだ赤い髪でよかったよ。あの日も赤い髪見かけた気がしてあの路地追っかけたんだ」 寛太朗は花火の火を見つめながら言った。 「嘘でしょ」 美己男が驚いて寛太朗を見る。 「何が?」 「俺が何で赤い髪にしてたか知ってる?」 美己男の瞳に花火の光が映り込んで赤や緑に輝いた。 「え?髪?いや、知らない」 「寛ちゃんがいつでも俺を見つけられるように。寛ちゃんに1番に選んでもらえるようにだよ」 「俺に?何で赤?」 「施設に来て最初の頃、俺、コンビニで母さんに置いていかれたことあったじゃん」 「おお、お前泣きながら帰ってきてさ。あんまり泣くんで笑ったわ」 「寛ちゃん俺が泣いてるといっつも笑うよな。でもその後寛ちゃん、市場に連れて行ってくれてさ。あれ、すげー楽しかった。寛ちゃんと行った最初の冒険だったよ」 「冒険って。近所の市場に行っただけだろ」 「まあね。でも、あの頃の俺には大冒険でさ。あの頃俺、外の物なーんでも怖くて。踏切をあっという間に越えて、魔法みたいに寛ちゃん、メンチゲットしてさ、びっくりだったよ」 「あれは、俺じゃなくてお前の泣き顔とえくぼのおかげだろ」 あはは、と美己男が笑う。 「あの市場も1人じゃ通り抜けらんなかったと思う。暗いトンネルみたいで怖かった。なのに寛ちゃん怖いもんなしって感じで走って行って。寛ちゃんが走って行く姿、カッコよくて、すごいスピードで暗いとこ駆けてって向こうの明るいとこに飛び出してくんだよ。そんで最後に駄菓子屋で、でっかいガムボールもらってさ」 「おおー、お前、よだれ垂らして食ってたな。腹痛くなるほど笑ったわー」 寛太朗は思い出して笑った。 「あん時、寛ちゃん、迷わず赤いガムボール手に取ってさ。そん時の赤い色、俺の寛ちゃんの色なんだ」 美己男は新しい花火に火を点けた。 「はあ?それで赤い髪?」 「そ」 「じゃあ、赤いつなぎも?」 「そうだよ。寛ちゃんに見つけてもらいたかったから」 そう言ってえへへ、と笑う美己男を見る。 何だよ、たまたま手に取ったガムボールたった1個? それをずっと信じてたとか・・ 「バカじゃねーのっ。そんな回りくどいことしなくても直接言えばいいだろ」 寛太朗はねずみ花火に火を点けて美己男の足元に放った。 「わぁ、やめろって」 美己男がピョン、と飛び跳ね笑いながら寛太朗の足元にも投げ返す。追いかけ合いながらお互いに花火を投げ合った。 寛太朗は最後に爆竹に火を点けて、美己男の足元に放る。
バンバンバンバンバン
と盛大に音が鳴り、火花が散って寛太朗は声を出して笑った。 「だってっ。寛ちゃんが俺みたいなのと同じように好きになってくれるなんて思わないだろ、普通。寛ちゃん、ストレートだし、俺、ゲイだし」 すべての花火を使い切り2人は急に静かになった公園で立ち尽くし見つめ合った。 いつの間にか美己男が爆竹の煙の中で泣き顔になっている。 「でもキスして抱き合って、セックスも散々したし、だから伝わってると思ってた。俺も分かってるって思ってたから」 寛太朗は美己男に言った。 「だから俺、どんどん欲張りになっちゃって。そばにいられるだけで嬉しかったけど、そのうち体だけでもいいから寛ちゃんに愛されたいって思うようになって。そしたら、他にももっともっとって、欲しくてたまらなかった。寛ちゃん優しくって、どんどん欲張りになって、俺、寛ちゃんの1番になりたくなっちゃて、恋人になりたいって・・」 美己男の目から涙が溢れる。 「でも、逃げるしかなくなった時、バチが当たったって思った。俺が欲張りすぎたから。バカな俺がこれ以上、寛ちゃんのそばにいちゃいけないって神様が怒ってんのかなって」 「何言ってんだよ。バチって。お前は何1つ悪いことしてないだろーが」 バチが当たるんなら俺のほうだ 大人ぶってても何もできなくて 周りを傷つけてばかりで 施設で会った人も、
理貴
(
よしき
)
も、
百花
(
ももか
)
も 美己男も 「そしたら最後の日に寛ちゃん、会いに来てくれてっ。い、1日だけもいいから恋人にして欲しくなって。そしたら、寛ちゃんっ、もう、死んでもいいってくらい、甘くって、優しくしてくれてっ。そっ、そしたらもう、諦め切れなくて、赤い髪も、辞めらんなくて。いつか寛ちゃん、見つけてくれないかなって。そしたらほんとに寛ちゃん、また俺のこと見つけてくれて、あっという間に手、握って逃げてくれるんだもん。嘘だろって、もうマジでそんなん奇跡じゃんって、思ったらもう、俺、嬉しくて。嬉しすぎて無理ぃ」 うー、と泣いてはエグッと肩を震わせている。 「何だよ、なにが無理?」 「もう離れらんないよぅ」 近寄って美己男の頭を引き寄せた。 「ごめんな。お前の事、勝手に俺のもんだと思ってた。だから俺が何してもいいんだって、ずっと甘えちゃってたな」 美己男が涙に濡れた鼻を頬にすり寄せる。 「いいよ、俺、寛ちゃんのもんだよ。寛ちゃんだけのものだもん。寛ちゃんだけが俺に何してもいい人だよ」 「そういうこと簡単に言うなよ。俺、またお前のこと、傷つけちゃうかもしんないのに」 「簡単になんか言ってない。寛ちゃんが俺の事、傷つけたことなんて1回もない」 お互いへの気持ちがバチバチと爆ぜては火花を散らす。 「みーのこと、大好きだよ。お前が追いかけてきてくれて嬉しかった。お前が必要としてくれてたから、お前がずっと俺の事許してくれてたから、寂しくなかったし怖くなかった。みーだけが俺の全部を受け入れてくれた。ありがとな。みーはずっと俺の大事な恋人だよ」 「俺が寛ちゃんの恋人?」 「うん。1番大事な人」 「ずっと?」 「ずっと。みーは?ずっと俺のものだろ?」 美己男がうん、と頷く。 「みーはほんとすげーよ。ちゃんと向き合って、受け止めて、そんで全部受け入れて。逃げるだけの俺よりずっとすげー。お前のこと諦めないで追っかけて良かった」 「俺がずっと寛ちゃんのこと追っかけてんのに、寛ちゃんも俺を追っかけてたなんてウケる」 「お前いっつもウケてるなぁ。みーといるとほんと」 「平和?」 「うん。平和ですげー安心する」 「あはは、平和ってなんだよ。やっぱウケる。でもそれ聞くのなんか嬉しい。ね、寛ちゃんち早く帰って、しよ」 「バカ、だから外でそういうこと言うなって」 そう言って涙で濡れた美己男のえくぼに寛太朗は笑って思い切り唇を押し付けた。
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合瀬 由乃
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