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第17話
暦の上では秋になっても、まだまだ暑い八月のその日は玲衣の十五歳の誕生日だった。
玲衣は特別なことは何もしなくていいと言ったが、煌はなんとホールのバースデーケーキとキャンドルを調達してきた。閉店間際に行ったケーキ屋で、その日客が予約したバースデーケーキが急なキャンセルになって余っていたのだ。
ケーキに名前が入ってしまっているため、他に売りたくても売れず、店側も処分するしかないと困っていたところに煌がやって来たというわけだ。
「でもこれ、ちゃんとRE Iって書かれてるよ」
玲衣はチョコレートで書かれた『HAPPY BIRTHDAY REI ちゃん』という文字を指さした。もともとはKE Iだったのが、Kの上の部分を繋げてRにしてもらったのだと煌は説明した。
ケーキにはピンクのうさぎが乗っていて、女の子のために用意されたバースデーケーキだろうと思われた。
「どうして取りに来られなかったんだろう。今頃、KE Iちゃんは悲しんでるだろうなぁ……。本当に僕がもらっちゃっていいのかなぁ」
「このケーキはそういう運命だったんだよ」
KE IとRE I。
一文字違いで、それも少し手を加えるだけでKをRにすることができる。煌はこのケーキは神様から玲衣へのプレゼントのように思えた。
神様から特別大事に作られた玲衣は、だからこんなに綺麗で、そして神様のお気に入りなのだ。
「僕、こんなに嬉しい誕生日は初めてだ」
それまで玲衣は、毎年自分の誕生日は家族で高級なレストランで食事をし、有名店の洒落たケーキで祝ってもらっていた。
けど、玲衣にはこのちょっと不格好なRの文字のバースデーケーキが嬉しくてならなかった。
ただ同然の廃棄寸前のケーキが、世界で一番素敵なケーキに思えた。それもこれも全て、煌が玲衣のために用意してくれたケーキだからだ。
「煌、ありがとう」
玲衣は煌に抱きついた。
「めっちゃ嬉しい、嬉しいよ、煌」
そのまま玲衣はおいおいと泣き出した。
「そんな、泣くほどのことじゃ……」
煌は呟きながらも、玲衣の背中に手をまわし、子どもをあやすようにポンポンと叩いた。
「僕もう煌がいないと生きていけない」
それは煌も同じだった。
「じゃあ将来俺と結婚する?」
冗談で言ってみた。
「する」
「馬鹿、日本はまだ男同士じゃ結婚はできないよ。それに、俺と結婚したら玲衣は女の子と結婚できなくなるよ」
「女の子と結婚なんかしないよ。煌はするの? 煌は女の子と結婚したいの? 嫌だよ煌、女の子と結婚なんかしないでよ。僕をひとりにしないで」
煌はなんだか不安になってきた。
玲衣の煌への依存は、今のこの特殊な状況のせいだ。二人だけの閉鎖的な毎日の中で、玲衣の頼る相手は煌しかいない。
そしてまた、自分も玲衣に依存していないと言えるだろうか? 本当に自分たちはこのままでいいのだろうか? 今の自分たちは間違った方向に流されていっているのではないか? こんな共依存ではなく、本来あるべき正しい関係性を築くべきなんじゃないだろうか。
けど本来あるべき正しい関係性ってなんだ? そもそも玲衣も自分も正しいものなんか何も持っちゃいない。
弟に性的虐待をする義兄。それを容認する母親。息子を殴る父親。息子をおいて家を出て行った母親。
そんな間違いだらけの大人たちの中で、どうやって自分たちだけが正しくなんてなれるのだ。
「煌……。今のは嘘だよ。煌が女の子と結婚したかったらしていいよ。僕、煌には幸せになって欲しいから」
煌の中で固く結ばれていたものがホロリとほどけた。
「しないよ、女の子と結婚なんかしない。玲衣が嫌がることはしない。俺は玲衣が喜ぶことしかしない」
お互いを思いやるこの気持ちのどこが間違っているというのだ。
たとえこれが今だけの一過性のものだとしても、二人が大人になるにつれ消えゆくものだとしても、今、この瞬間に自分たちはこんなにも互いを思い合っている。
間違っていてもなんだっていい。
本来あるべき姿じゃなくても、正しくなくても、だって、自分たちのこの気持ちはこんなにも綺麗だ。
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