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第18話

 ケーキに十五本のキャンドルを立て、煌はハッピーバースデーの歌を歌った。  煌は知らなかったが、キャンドルを一息で吹き消すと願い事が叶うというジンクスがあるらしく、玲衣は頬を風船のように膨らませて勢いよく息を吐き出した。  しかし、最後の一本というところで玲衣の息は文字通り息絶え絶えになった。それでも顔を真っ赤にして諦めない玲衣があまりにも苦しそうなので、煌は見ていてハラハラした。  そんなに叶えたい願い事なのか。玲衣の願いを叶えさせてあげたい。何よりも今、この場で玲衣を喜ばせたい。 「玲衣! あそこ!」  煌は適当に海の方を指差した。  チラリと玲衣の視線がそっちを向いた隙に、煌はフッと最後の一本を吹き消した。  ケーキに視線を戻した玲衣は、キャンドルの火が全て消えているのを見て大喜びした。煌はちょっぴり罪悪感を覚える。 「僕ね、来年も煌と一緒に誕生日を祝えますようにってお願いしたんだ」  もしジンクスが本当なら、その願いは叶わないことになる。 「来年もおっきなケーキ用意するよ」 「ううん、来年はケーキじゃなくて欲しいものがあるんだ」 「欲しいものって?」 「秘密、来年の誕生日に言う」 「来年まで待たなくていいよ、今年叶えてやるよ」 「今年は……まだいい」  玲衣は頬を赤らめて俯いた。  玲衣が欲しいものってなんだ? 秘密にされるとますます知りたくなってしまう。  それに本当はキャンドルの火は全部消えなかったのだ。もしかしたら来年は一緒じゃないかもしれない。  けど、そんなことを玲衣に言えるはずはなかった。 「ね、それより早くケーキ食べよう」  二人はワクワクを抑えきれないといった様子で、お互いの顔を見合わせた。 「これ、一度してみたかったんだよね」 「俺も」 「いっただきま〜す」  二人はホールのケーキにそのままフォークを突き刺した。苺ジャムが挟まれたケーキは甘くて、どこか懐かしい味がした。  二人で3/4ほどを完食した。口の中が甘ったるくて、身体を砂糖漬けにされたような気分になる。  潮風が心地よかった。二人はその日はそのまま眠りについた。  これまで何度か補導員らしき大人に声をかけられたことがあった。  いずれも二人はダッシュで逃げ切り、すぐ他の町に移動した。  補導員がいるのは繁華街が多い。食料調達やスマホの充電など必要な時以外は近づかないようにしている。  補導員や児童福祉に携わるような仕事をしている大人以外の一般の人たちは、煌たちに無関心だった。  彼らがこちらに注意を向けるのは、たいてい何か悪さをするのではないかと警戒している時だった。  大人もみんな自分のことで精一杯なのだ。なんの得にもならない、面倒なだけなことには関わりたくない。  自分じゃなくても誰かがなんとかしてくれるだろう。そんなふうに思っているようだった。  警察庁のサイトで公開している行方不明者リストを覗いてみたが、二人の名前がそこに載ることはなかった。  ちょうど同じ頃、山梨の男子中学生が三ヶ月前から行方不明になっていて、警察が大々的な公開捜査に乗り出したと、いろんなニュースサイトに書かれていた。 「これは特異行方不明者って言って、事件性があると判断されたケースだよ」  玲衣は妙にこの手の話に詳しかった。玲衣もまた、煌と同じに過去に家出を考えたことが何度もあるのかもしれない。 「俺たちも特異行方不明者にされるかな」 「どうだろ……、世間体を気にする義父が僕を特異行方不明者として公開捜査に踏み切る可能性は低いと思う。息子が家出なんて聞こえが悪いし、事件に巻き込まれたとしても、それはそれで義父に恨みを持つ人の犯行かも知れないと話題になりそうだよね。それでも、義父が僕を探すのは間違いないから、用心するのに越したことはないけどね」  玲衣も少しは家族から心配されている自覚はあるのかと思ったら、そうではなかった。 「僕がいないと義兄が他所(よそ)で問題を起こすでしょ。そうなると困るからだよ。義父にとって大切なのは、自分の立場を守ることだけだよ」  何も言えなかった。確かに本当に心配ならとっくに特異行方不明者だろうが、公開捜査だろうが必死になんだってやっているはずだ。  玲衣がいなくなってからもう一ヶ月は経っているのだ。  絶対に玲衣をあの家に帰したくない。改めてそう思った。

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