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第19話
お盆を過ぎても浜辺には海水浴客たちの姿がまだまだ見受けられ、空には大きな綿菓子のような入道雲がいくつも浮かんでいた。
浜辺をぶらぶらと歩いていると、自作のアクセサリーを売っている男が煌に話しかけてきた。
「ねぇねぇ、お兄さん、夏の思い出に彼女にブレスレット送ってあげようよ」
「彼女なんていないから」
煌はそのまま男の前を素通りしようとした。
「え、横の彼女、彼女じゃないの? だったら俺に紹介してよ」
煌は男を振り返った。
「絶対ダメだ!」
「なんだよぉ、やっぱ好きなんじゃねぇかよ。ねぇねぇ、すっげぇ美人の彼女にブレスレットプレゼントしてやろうよ」
煌は玲衣の手を取ると、その場を足早に立ち去った。
「何がおかしいんだよ」
さっきからクスクス笑っている玲衣を煌は睨んだ。
「女に間違われたのは僕なのに、なんで煌が顔を真っ赤にして怒んの? なんか可愛い」
煌がカッとなったのは、男に煌の玲衣への気持ちを見透かされたからだ。
「可愛くなんてねぇよ」
可愛いのは玲衣の方だ。もともと洒落た長めの髪型だった玲衣は一ヶ月少しで髪が伸び、ますます女の子に見えるようになった。
アクセサリー売りの男だけじゃない、今日、何人もの男たちが玲衣をジロジロと見ているのを煌は知っていた。煌が横にいなかったらナンパされまくっていたに違いない。
「うん、可愛くはないかも、けどすっごいカッコいい。さっきから女の子たちがみんな煌のこと見てるもん」
「そんなことねぇよ」
「本当だよ、煌はまた一段と背も伸びたし、すごく大人っぽくなった。とても中学生には見えないよ」
「老け顔かよ」
けどその自覚はあった。この一ヶ月少しで顔つきが厳しくなったように思う。玲衣を守らなければという責任感が、煌の精神面を大きく成長させたのもあるかもしれない。
大人びて見えるようになったのは玲衣も同じだった。玲衣の場合は子どもっぽさが抜け、たおやかな色気をまとうようになった。
今まで以上に玲衣への淡い恋心を隠すのに煌は苦労した。
「煌は年より大人っぽく見えて、僕は女の子に間違われる。これって逃げている僕たちにとってはいいことだよね」
同じ日に姿を消した二人が一緒にいることは予想されているだろう。クラスは違うが、学校で聞き込みをすれば、二人が一緒のところを見た者も出てくるはずだ。
そうでなくとも、玲衣のスマホを調べれば二人が親しい友人なのは一目瞭然だ。
警察が写真を見ていたとしても、彼らが探しているのは二人組の男子中学生だ。
この夏、家を出て自分たちの力だけで生き抜くという経験をした二人は、急速に大人になった。玲衣が女の子に間違われるのも都合がいい。
人の持つ固定概念が捜査の邪魔をすることを祈った。
七万五千円あった所持金は、約一ヶ月半で二万五千円になっていた。
最初に立てた計画では、もう少し残っている予定だったのだが、虫除けスプレーを買ったのと、欲望を抑えきれずにモスでバーガーを二回食べたことが原因だ。
このままだと、あと一ヶ月もしないうちにお金はなくなり、自販機コイン頼みの生活に戻ってしまう。そうでなくともいずれ所持金はなくなるのだ。
なんとかしなければいけない。
昼間はそうでもないが、夜中にふと目覚めた時など、不安と焦りが夜の闇と一緒に煌の胸を覆い尽くすことがあった。
相変わらず、煌はスマホのカメラでどうでもいい動画を撮り——煌の本当の目的は玲衣を見つめることなので——YouTubeにアップしていたが、言い出しっぺの玲衣はすっかり動画で稼ぐという意欲を失っていた。
けれど、煌が動画を撮っている間、玲衣はぼんやりしているようで、実はこれからのことを真剣に考えているのが、こっそりカメラ越しに覗くその横顔から窺えた。
それを言ったのはほぼ二人同時だった。
「なぁ、俺たち働けねぇかな?」
「ねぇ、僕たち働けないかな?」
早速スマホで求人サイトにアクセスしてみた。
身分証明書なし、現住所なしで雇ってくれるところがないか検索をかけてみる。出てきたのは建設会社や警備会社といった、どれも体力的にキツイ仕事ばかりで、とてもじゃないが玲衣には無理そうだった。
寮付きで面接交通費支給なんていうところもあり、訳ありの男たちがわんさといそうだった。煌はまだしも、どのみちこんなところで玲衣を働かせるわけにはいかない。
「とりあえず俺だけ応募してみるよ」
「なんで!?」
分かっていたことだが、煌だけ働くことを玲衣が承知するはずがなかった。
そのうち玲衣が、これだったら自分もやれるんじゃないかとキャバクラの求人を見始めたので、煌は慌てて求人サイトを閉じた。
その日は自販機の下で二百円を見つけ、食パンの耳とレトルトのカレーで早めの夕食にした。
ジュッと音を立てて海に落ちていくような夕日のあと、水平線から空が薄紫色に滲むのを眺める。
煌はそっと隣の玲衣を盗み見た。
横から見るとまつ毛の長さと美しい鼻梁のラインが際立った。
こんな綺麗な玲衣を煌は独り占めしている。心配事も多いけれど、これ以上ないほど幸せだと思った。
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