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第20話

 その日は日曜日ということもあって、町には人が多かった。  午後遅くになって、スマホの充電と食料を調達しにやって来た二人だったが、煌が百円ショップで売り物の爪切りでを使って爪を切っている間に、玲衣とはぐれてしまった。  玲衣を探して歩き回っていると、公園で数人の男たちが夕方から宴会を開いているのを見かけた。  その中に、なんと煌の父親がいた。  煌はとっさに物陰に隠れ、様子を窺った。  この町から煌の住んでいた町までは、距離にして百キロはあるが、高速道路を使えば二時間もかからない。  父と一緒にいるのは、どうやら同じ仕事仲間のようだった。父の職場はその時々によって違い、遠くの現場に行くこともあることは知っていたが、まさかこの町がその圏内だとは思わなかった。 「親父のやつ、生きてやがったんだな」  自分が親殺しにならずにすんだことに安堵はしたが、父が生きているのを見ても嬉しくもなんとも思わなかった。  父はすでにいい具合に出来上がっていて、上機嫌でベラベラと同僚と話をしている。 「でもって息子の友だちをめっけりゃ、百万くれるって言うんだよ。少し前にアクセサリー売りの男が浜辺で二人らしき人物を見かけたと言っててさ、どうにかして探し出せないもんかなぁ」 「百万はすげぇな」 「だろぉ、男の子なのにえらいべっぴんさんでよぅ」  煌はその場から駆け出した。  息子のことなどこれっぽっちも心配せずに呑んだくれ、金のことしか考えていない父のことは、今さらどうでもよかった。  玲衣!  煌の頭にあるのは玲衣のことだけだった。  玲衣を探している。百万円もの賞金をかけて。まるで狩りをするかのように。 「煌!」  玲衣の声がした。見ると道を渡ったところに玲衣がいた。  玲衣はひとりではなかった。玲衣のすぐ後ろに背の高い男がいた。その男の手が玲衣の細い手首を掴んでいる。 「うおっーー!」  煌は車が走って来ているのにもかまわず、道に飛び出した。クラクションが鳴り響く。  煌には車も見えていなければ、クラクションの音も聞こえていなかった。煌には玲衣しか見えていなかった。  煌は男から玲衣をひったくると、そのまま玲衣を連れて走った。  がむしゃらに走った。人にぶつかり、舌打ちされても怒鳴られても、煌は立ち止まることなく、しっかりと玲衣の手を握り締め走り続けた。  通りの先に駅が見えると、煌は駅をめがけて猛ダッシュした。  ポケットから小銭を取り出すと、切符を二枚買った。焦っているものだから、小銭が手から滑り落ちて地面に転がった。  それを拾ってくれたのは玲衣だった。  改札を抜け、タイミングよくホームに滑り込んできた電車にそのまま飛び乗った。  煌の荒い呼吸が落ち着いてきても、玲衣はまだ肩で息をしていた。  長い距離を走ったので玲衣には苦しかったはずだ。それなのに玲衣は何も言わずに煌と一緒に走ってくれた。 「玲衣、さっきのあの男」 「何か、あったんだよね、警察?」  二人は同時に言った。  玲衣と一緒にいた男は、玲衣を女の子だと勘違いした、ただのナンパ男だった。  煌が公園で見かけた父のことを話すと、玲衣は眉間に短いシワを作った。 「もしかしたら、義父は警察には届けずに、探偵を使って僕を探させているのかもしれない。それだったら全て内密にことが運べるから」  探偵。警察よりも手強い響きだ。アニメや漫画でしか知らない存在に、まさか現実で自分が追われることになろうとは。 「でも、どうして俺たちがこの町にいることが分かったんだろう」  警察みたいに大がかりな調査ができない探偵は、S N Sや聞き込みが主な調査方法だという。 「僕らはずっと徒歩で移動していたから、目撃情報や町の防犯カメラに映っていたのかもしれない」  探偵はもうすぐそこまで来ている。  もっと、もっと早く電車よ、走れ。  煌は手の中の切符を握りしめた。けれどこの切符で行ける距離はたかが知れている。  もっと遠くに、ずっと遠くに逃げなければ。

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