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第42話

 いつの間にか寝てしまったらしい。  目覚めると、窓から西日が差し込んでいた。煌が警察に連れて行かれたのも、これくらいの時間帯だった。  階下で物音がしたような気がして、玲衣は身構えた。  耳を澄ますと、微かだが、足音が聞こえてくる。何かを警戒しているような忍び足だった。  やがて、小さく階段を軋ませながら、足音が上ってきた。  玲衣は細心の注意を払い音を立てないよう、部屋のクローゼットの中に身を隠した。  わずかに開いた扉の隙間から、そっと外を覗く。  心臓がうるさく騒いだ。  足音は部屋の前で立ち止まった。  ゆっくりとドアが押し開かれる。  部屋に入ってきた人物は、玲衣に背を向けて中をうかがっていた。  その後ろ姿に見覚えがあった。  玲衣が知っているものよりもっと背が高く、肩幅も広く、背中も厚くなっていた。  けど玲衣は確かに知っている、この後ろ姿を。  いくら時間が経って変わっていても、玲衣には分かる、この頼もしい後ろ姿が誰のものなのか。  気づくと玲衣はクローゼットのドアに手を伸ばしていた。  細い音を立ててドアが開く。  その音で、部屋の入り口に立っている人物がこちらを振り返った。  顔つきが前より男らしくなった。  眼差しがあの頃より鋭くなった。  どれだけ時が過ぎても、どれだけ離れ離れになったとしても、玲衣にはひと目で分かる。  玲衣が狂おしいほど会いたかった相手が今、目の前にいた。 「玲衣……?」  声も、前より少し低くなっていた。 「煌」  玲衣の声は涙で震えていた。  煌の黒い瞳がみるみる大きくなっていく。  一歩、二歩。  煌はゆっくりと足を踏み出し、玲衣に駆け寄ると、強く抱きしめた。  息ができないくらい強く抱きしめられながら、玲衣はその背中にしっかりと手を回した。 「煌」「玲衣」  二人ともそれ以上の言葉は出てこなかった。  二人は抱き合って、だただた、強く抱きしめ合って、泣いた。  煌も泣いていた。  玲衣は声を枯らして泣き、泣き止んだかと思ったら、また声を上げて泣き、そして泣き疲れて静かになったと思えば、また泣き始めた。  そんなことを幾度も繰り返した。 「煌、ごめん」  玲衣は嗚咽まじりにやっと言葉を絞り出した。  泣いてばかりいる場合ではない。自分は煌に伝えなければいけないことがたくさんある。 「なんで謝るんだ?」 「だって僕のせいで煌が……」 「玲衣のせいじゃない。玲衣は何も悪くない。それより、顔をもっとちゃんと見せてくれないか」  二人の間に少しだけできたスペースで玲衣が顔を上げると、すぐそこに煌の顔があった。  部屋に入ってきた時の鋭い視線とはうって変わって、蕩けるような優しい眼差しだった。 「俺の玲衣だ」  そうだよ、僕は煌のものだよ。  そう返したくても熱い塊が込み上げてきて、涙でむせて言葉にならない。  煌の胸に頭を押し付けると、煌は頭ごと玲衣を再びきつく抱きしめた。 「玲衣がいなくなったって聞いた時は、本当に怖かった」  玲衣の耳元で煌が囁いた。  放心したように寮を出て行った玲衣を心配した颯太が、学校と玲衣の家に連絡したのだった。  玲衣の家族が、もしかしたら煌の所に行ったのかもしれないと、少年院に電話したのは今朝になってからのことだった。 「それで、なんで煌がここに? 僕を連れ戻すように家族から頼まれたの?」 「俺は模範生で出院も近いから、ときどきだったら自由に外出できるんだよ」  煌は嘘をついた。  本当はこっそり抜け出してきたのだったが、それを言うと玲衣が心配すると思ったからだ。出院が近いのは本当だが、多分これで延期になるだろう。  今日の昼頃、院長室に呼ばれた煌は、玲衣がいなくなったことを伝えられた。  少年院にいる煌と外部の玲衣が連絡を取れるはずはないのだが、玲衣がなんらかの手段で煌に連絡してきたら、すぐに報告するようにと言われた。  そしてその後、初老の院長は煌に今日一日敷地内の草むしりを一人でするよう命じた。  煌が院長室を出て行こうとした時、院長が語りかけてきた。 「月城玲衣君は、男の子なのにずいぶん綺麗な子だね」  院長のその言葉で、煌は玲衣がここに来たことを悟った。

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