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第41話

 飛行機の最終便はもう終わっていたので、電車で行けるところまで行った。  一歩でも煌の近くに行きたかった。長い眠りから覚めたような気分だった。  どうして自分は煌を過去にできるだろうか。どうして煌と過ごした日々を、ただの思い出にできるだろうか。  颯太を含め、高校で知り合った友人や先輩たちはみんな素晴らしく、充実した毎日は刺激的で楽しい。玲衣はみんなのことが大好きだ。  けど、それらがいくら束になっても、煌と過ごしたあの夏にはかなわない。  煌ほど玲衣の心に寄り添い、一つになれる相手はいない。煌は玲衣の唯一の家族であり、玲衣の魂を分けた親友だ。  煌は玲衣にとって世界で一人、かけがえのないたった一人、誰にも渡したくない大事な大事な人。煌は玲衣だけの煌で、そしてまた玲衣も煌だけのものだ。  自分は煌以外、誰の何者にもならない。  好きという言葉だけでは言い表せない煌へのこの気持ちの名前を、玲衣は知っている。  人はそれを、〈愛〉と呼ぶ。  それほど、玲衣の煌への想いは重く深い。  その夜は終着駅でビジネスホテルを見つけて泊まり、翌朝、まだ暗いうちにホテルを出発した。  昼前に煌のいる少年院にたどり着いた。  そこには、以前来た時と同じのどかな田園風景が広がっていた。広い敷地は木々に囲まれているため中の様子は分からないが、すぐそこに煌がいると思うだけで嬉しかった。  入り口から少し離れたところに腰を下ろす。  前に来た時、少年院の職員らしき人や業者の人が時々出入りをするのを見かけた。今日も待っていれば誰か来るに違いない。  一時間ほどたった時、中から人が出てきた。  青色がかったグレーの作業着を着た初老の男性だった。玲衣は男に駆け寄った。 「あの、すみません。ここに周防煌という院生がいると思うのですけど、僕は彼の友人です。三親等以外の者が面会できないのは分かっています。会えなくてもいいんです。彼が元気にしているかどうかだけでもいいので、教えていただけませんか?」  男は玲衣を頭の先からつま先まで、まじまじと見つめ、最後にしょぼくれた目で玲衣の顔をじっと見た。 「君は……、月城玲衣君かね」 「は、はい! そうです」  期待で胸が膨らむ。  しかし男性はそう言ったきり黙り、くるりと玲衣に背を向けた。 「帰りなさい。彼のことは教えられません。規則違反になりますから」  痩せた薄い背中なのに、それ以上玲衣に何も言わせない頑とした迫力があった。  玲衣は男性の背中を見送ることしかできなかった。  その後も、出入りする人を見かける度に玲衣は駆け寄って同じことを尋ねたが、誰も答えてはくれなかった。  そのうち、中から二人の若い男性職員が現れて、これ以上玲衣がここにいると、中の煌に迷惑がかかるぞ、と忠告された。  それでも、それから数時間、玲衣は辺りが暗くなるまで少年院の前に居座った。  夜の春風に指先が冷たくなってきた頃、ようやくその場から立ち上がり、バス停に向かって歩いた。  バスはもうなかったので、駅まで二時間以上かけて歩いた。  駅に着くと電車も終わっていて、駅前のファストフード店で朝まで過ごした。  そうして乗り込んだ始発の列車は、さらに南へ向かう列車だった。  煌の破片が一欠片も落ちていない学校には帰りたくなかった。  玲衣が向かったのは日本最南端の、白い壁と青い屋根の家だった。  まるで時間があの夏から止まっているかのように、家はそのままだった。  あんなことがあったのに、立ち入り禁止の張り紙もなく、鍵が壊れた勝手口のドアは今も開いたままだった。  家の中に入った途端、胸が張り裂けそうになった。  今にもあの時の玲衣と煌の笑い声が聞こえてくるのではないかと思うほど、家の中の時間は止まったままだった。  食堂のテーブルの上には皿とコップがそのままで、台所のコンロには鍋が、その横には中身の入ったパスタの袋があった。  二階に上がると、段ボールを重ねて作ったベッドもそのままだった。  そこに、あの日玲衣が抱きしめて眠っていた煌のシャツが落ちていた。  玲衣はあの時と同じようにシャツに顔をうずめ深く息を吸い込むと、そのまま横たわった。  スマホを取り出し、煌の写真を眺めた。  次にマテ貝を獲っている動画に入り込んだ煌の声を聞く。  同じ写真と動画を何度も繰り返し再生した。  煌に会えないなら、このまま煌が出院して来るまでここで眠って待っていたい。  もうこれ以上、煌のいない世界に一人でいたくない。  玲衣は静かに目を閉じた。

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