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第9話

「なんで先に行っちゃったの?」 ノックもなく楽屋に入ってきた拓人に、とりあえずドアを閉めるように促す。 「…気まずくないほうがおかしくないか?」 「気まずさなんか俺にはなかったよ。すっげーすっきりしてる。」 その顔はめちゃくちゃセクシーでどうしたらこんな男に育つのかとうっかり見惚れかけてしまった。 「言っておくけど一夜限りの関係にする気、俺は無いからね。」 そう言われて、そこまで固執される理由が解からず有人は心の中で首を傾げた。 「ちなみに誘ったってどういう感じで?」 「愛してとか欲しいとかいいながら俺をぎゅって抱きしめてきてしてきて、離さないどころかすり寄ってこられて…あの色気、無理!俺の若さであれは耐えられない!」 どう見ても若い男をたぶらかす痴女と罵りを受けそうなセリフに頭痛が再発する。俺は犯罪者に等しいのだろうか。 「すまない。許してほしい。謝ることしかできないが、なんか妙な責任はかんじなくていい。むしろ俺が本当に悪い。悪夢を見たと思って忘れてくれ。」 「だから、一夜限りにしないって言っているだろ。付き合ってよ。責任とかじゃないから。有人のことが元々好きだからだよ。」 そこまではっきりと好意を伝えられると悪い気はしないが、だからといって弟と付き合うことなどできるわけがない。 「…どう見てもお前は男も女も選り取り見取りの選ばれし人間なのになぜアラサーの男に目がいくんだ? そう怪訝な目をして有人が聞いてみると、意外な答えが返ってきた。 「ずっと思っていたけど有人は自分の事がわかっていないよね。なんで?」 さらりと髪に触れられて、首を傾げられては身動きがとれない。ずるい。 「あ、さてはお前ファザコンか!ゲイのファザコンか!俺は顔が似ているだけでお前の父親ほど素晴らしい人間じゃないぞ。」 動揺しているのか、つい有人の口調が砕けたものになってしまう。 「父さんは俳優としても父親としても尊敬しているけれど、さすがにそういう対象じゃないよ。あと俺バイだと思う。男は今まで一人だけだし。というかそれが素?はは、やっぱり好きだわ。」 なかなかの力強さで抱きしめられ、ついときめきかけたが、自分を律して体を離した。 口を開きかけたところで出番が来てしまったので、しかたなく話は後にした。 ♦♦♦  シーンは一家団欒。昨日指摘された箇所。幸せだった頃の家族の記憶。上手くできるだろうか。ふとみると拓人がただ笑って手を振っている。それだけなのになんとなくほっとする。 ほっとする、この感じなのかなとぼんやり考えていたら本番が始まった。妻と子とただ飯を食べる。上手く演じるのではなくて、ただほっとする。 「いいね。今のよかったよ。休日の成果がでたのかな。」 カメラチェックを一緒にさせてもらっていると、いつの間にか雄人が隣にいてにっこりと笑った。 「そうかもしれません。先日はありがとうございました。」 「二人で何話してんの?ね、父さん俺はどう?」 人懐っこい笑顔ですっと会話に入ってくる拓人に、 「お前はまだまだそれ以前の話だ。とにかくひたむきに一個一個こなしなさい。」 と声をかける雄人の姿は父親そのものでほほえましく、自然と有人も微笑んでいた。その様子は2時間後にはSNSの映画の宣伝用アカウントにUPされていた。最初のコメントはイケおじ父に褒められる兄弟。きゃわわ。だった。どうやら瀬名家というくくりでのファンがいるようだった。

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