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執事ドナートの懸念[1]

 バラルディ家の執事、ドナートは音を立てないよう慎重にその扉を開けた。 「んぁっ、ジェラルドっ」  その書斎には誰も居ないが、書斎の奥にある(あるじ)の寝室からは艶めかしい声が響いてくる。 「あっ、あんっ! も、もうっ」  高い声に混じり、低い声がボソボソと何か言っているがその声までは聞き取れない。 「そんなっ、奥までっ……あんっ、また、イっちゃうっ!」  具体的な状況を説明されるかのような喘ぎ声にドナートは慌てつつもそっと扉を閉じた。  扉を背に一人廊下に立ち、懐中時計で時刻を確認する。  只今の時刻、午前10時半。 (二時間後にまたお越しに来ますかね……)  ドナートは朝食の伺いに来たのだが、あの調子では昼食まで起きてはこないだろう。 (まったく、ジェラルド様は……)  ドナートは鼻から大きく溜息を付くと、足音を立てずにその場を立ち去った。  バラルディ商会会長であるジェラルドが、地方貴族の若き青年レオネを妻に迎えてから、来月で一年になる。  と言っても、二人が想いを通わせたのはつい二ヶ月前のことで、今がまさに新婚ほやほや状態だ。  事業提携目的の政略結婚で嫁いできたレオネは、入籍当初からジェラルドにベタ惚れだった。  それは執事ドナートの目からも明らかで、健気に夫を慕う姿は実にいじらしく、屋敷の使用人皆が何とかして差し上げたいと思っていたくらいだ。  そんなにも妻から想われている当のジェラルドは、レオネが十五歳年下と言うことや、政略結婚に反対していたことなどから、自身のレオネへの想いをひた隠しにし、レオネの良き保護者であろうとしていた。  しかし、二人から溢れ出る相手への想いは、周りから見ると明らかだったが、様々な事件や出来事を乗り越え、やっと結ばれるに至った。  それは本当に喜ばしいことで、実に良かったと思っている。  思っているのだが……  バラルディ夫妻は営みが少々多すぎると言うか……。  長すぎると言うか……。  毎晩ドナートが就寝前に屋敷全体の見回りをしていると、大抵ジェラルドの部屋からはレオネの鳴く声が微かに聴こえてくる。  それは二日と空ける事は無く、ほぼ毎日と言っても良いくらいだ。  そしてジェラルドが休みの日は、今日のように昼過ぎまで起きてこない。  正確な状況はドナートにも分からないのだが、二人で寝室に籠もっていることが実に多いのだ。  レオネはもはや盲目的にジェラルドを愛している。  ジェラルドに求められられれば身体は辛くとも気持ちでは喜びを感じ、求めに応じてしまうのだろう。  そんな状況にドナートはレオネが心配になっていた。

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