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少年ロレンツの青い使命 [10]
翌日、ロレンツは帰ることにした。
やるべき使命がそこには存在しないとわかったからだ。
ジェラルドが駅まで車を出してくれると言った。その車を待っている間、ロレンツはレオネに尋ねた。
「ねえ、レオ。お祖父様のどこが好きなの?」
「へ?!」
突然の問いにレオネは頬を赤く染めながら、考えを巡らせているようだ。
「う、うーん、全部好きだけど、うーん、そうだなぁ……えーっと……」
「ええー、本当に好きなの?」
もうレオネのジェラルドに対する思いを疑うことは無いが、ロレンツは笑いレオネをからかった。
「もちろん好きだよ。そうだな……ジェラルドは私が初めてしっかり話した商人なんだ。その考え方に衝撃を受けたことを今でもよく覚えているよ」
「ふーん。でもそれってさ、初めて会った商人が別の人だったら、その人を好きになってた可能性もあるってこと?」
それは少し意地悪な質問だったと思う。しかしレオネは笑ってあっさりと「そうかもね」と言った。
昨日ロレンツはレオネがジェラルドを愛している事実に打ちのめされた。なのにレオネの想いが思いのほか軽そうで、ロレンツは少し残念に感じた。しかしレオネは気にした素振りを見せず話を続ける。
「可能性と言う意味では否定できないよね。人生の分岐点はたくさんあるもの。違う道を歩んでいたら違う人生があっただろう。でもね、過去は変えられないんだ。私はジェラルドに出会って、ジェラルドに恋をして、今も愛してる。そして今、それが幸せなんだ。それが事実だ」
レオネはそう語りながらロレンツに微笑みかけた。
レオネの青い目を縁取る微かな皺。それはきっと、レオネがジェラルドと共に笑顔で過ごしてこられた証でもあるのだろう。
「レオが幸せなら……それなら良かった」
ロレンツは心の底から思ったその言葉を口に乗せた。
やがて車が到着し、ロレンツは後部座席に乗り込んだ。するとなぜかロレンツに続いてディーノまで乗り込んできた。
「はぁ? な、なに? 何してんの?」
昨日とは違い、きっちり髪を撫でつけ結び、ピシッと身なりも整えたディーノは、ロレンツに顔を向けるとニッと白い歯を見せた。
「坊ちゃまの護衛」
「は、はぁ?! いいよっ、駅まで十分程度だぞ」
ロレンツが驚き動揺していると、ジェラルドが車の中を覗き込んで口を挟んだ。
「ロレンツ。本邸から宝飾品を色々持ち出して来たんだろう? 危ないからディーノにサルヴィまで送らせる」
「なっ!」
このロッカから王都サルヴィまで汽車で五時間。その間ずっとディーノが一緒だと知り、ロレンツは絶望した。
当のディーノはジェラルドに「よろしく頼むよ」と声を掛けられ、従順な使用人のように「かしこまりました」と返事をしている。
「ロレンツ、また来てね」
窓越しにレオネが笑顔で声を掛けてきて、ロレンツはむくれた顔を引っ込めた。
「うん、今度はちゃんと連絡するから、レオもまた予定空けておいてね」
「ああ、もちろんだよ」
そしてロレンツはジェラルドにも顔を向けた。
「お祖父様も……お身体に気をつけて」
ロレンツが照れながらも思い切って口に出したその言葉に、ジェラルドは実に嬉しそう微笑んだ。
「ロレンツもな。また元気な顔を見せてくれ」
仲睦まじく並んだレオネとジェラルドに見送られ、車は駅に向かって走り出した。
使命は達成できなかったが気分は悪くなかった。心の底からレオネとジェラルドが幸せならそれでいいんだと思えた。
自分にとってレオネの存在は、恋人と言うよりは、甘えられる親兄弟のようなものだったのだとロレンツは理解し始めていた。
無言でそう考えていたロレンツの頬に『チュッ』と何かが触れた。
「はっ?」
驚き横を向くと間近にディーノの顔。ディーノが頬にキスしてきたのだ。しかも唇の端、ギリギリの位置に。
「なななっ、何すんだよっ!」
ロレンツは頬を押さえ、ディーノを怒鳴りつけた。だが怒鳴られたディーノは何てことはないように飄々と答えた。
「大失恋した坊ちゃんを慰めてやろうと思ってさ」
さらにニヤニヤと笑いウインクまでしてくる。
ロレンツは渾身の力で怒鳴りつけた。
「あ、相手の意思を確認せず、勝手にキスするなんてっ、卑怯だっ!!」
ロレンツは祖父ジェラルドからの教えをそのままディーノへぶつけた。
ロレンツの胸はバクバクと激しく鳴っていた。
その鼓動は、レオネにキスしようとした時とは比べものにならないくらい激しかった。
完
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