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少年ロレンツの青い使命 [9]

 ジェラルドとの話を終え、苛立ちながら廊下を歩いているとディーノに出くわした。 「愛のない結婚だって本気で思ってんのか?」  なんの前ぶりもなく突然そう切り出され、ロレンツはディーノを睨んだ。 「盗み聞きしてたのかよっ」  ロレンツの問いかけにディーノは肩をすくめるだけで悪びれる様子もない。ロレンツは無視してディーノの横を通り過ぎようとした。 「なあ、昨日の二人の喧嘩の原因、知ってる?」  その言葉にロレンツは足を止め、ディーノを見た。 「ついてこいよ。教えてやる」  ディーノはそう言うとロレンツの返事を待たずに歩き始めた。無視してもいいのだが、やっぱり二人の喧嘩の原因とやらが気になり、ロレンツは無言でディーノの後を追った。  着いた先はジェラルドの書斎だった。  ディーノはノックのせずにその扉に手を掛けた。 「お、おいっ、勝手に入って怒られないのか?」 「見つかればね」  ディーノはそのまま中へ入っていった。 (なんてヤツを使用人に雇ったんだ!)  主の書斎に勝手入る使用人なぞ信じられない。即刻クビにすべきだ。ロレンツはそう思いつつもディーノの後についてジェラルドの書斎へと入った。  ジェラルドの書斎は、本邸の父ロランドの書斎よりだいぶこじんまりとしていたが、本棚からは本が溢れ出し、書斎机や応接テーブルにも書類やよくわからない品々が高く積まれていた。 「これこれ、喧嘩のタネ」  夕暮れ時の薄暗い室内の片隅を、ディーノが半笑いで指し示した。 「レ、レオッ……!?」  それは豪華な額に入れられた一枚の人物画だった。まだちゃんと飾られてはおらず、壁に立てかけるように床に置かれた絵画。それはほぼ実物大の人物が腰から上の画角で描かれていた。そして描かれているのは若かりし頃のレオネだ。 「す、凄い……綺麗だ……」  絵の中のレオネは燕尾服を着て、月夜のバラ園の中で微笑んでいた。何より目を引くのはその美しく長い金髪。一つに編まれ胸に垂らされたその金色の束は月の光で輝いていた。 「レオってこんなに綺麗だったの?」  思わずディーノに尋ねた。ディーノは「さあね」と答えた。それはそうだ。ディーノだってレオネの若い頃を知っているわけがない。 「昨日の朝、これが届いてさ。ジェラルド様はレオネ様が喜ぶと思って、内緒で描かせてたらしいんだけど、レオネ様はなんか不満そうで。二人で話しているうちに、だんだんとレオネ様が興奮してきて、しまいには激怒しちゃってさ」  こんなに美しく描かれたら普通の人間は喜ぶだろう。でもなぜレオネが怒ったのか、ロレンツは考えてみた。そして行き着く答え。 「こんな若くて綺麗な時を絵にされたら、今が悪いって言われてるみたいだ」  きっとそれが正解だ。ロレンツは確信に近くそう思った。するとディーノはクスクスと笑った。 「俺もそう思った。なんならジェラルド様もそう予想してたと思う。でも違った」 「な、なに?」 「レオネ様一人で描かれてたから。だってさ」 「は?」 「今朝、すっかり仲直りしてたからさ、レオネ様にこっそり何が不満だったのか聞いたんだ。そしたら『どうせならジェラルドと一緒に描いて欲しかったから』って。『でももう一枚作るって約束してもらった』とも言ってた。嬉しそうに」  あまりの予想外な答えにロレンツは思考が停止した。  それではまるで、レオネがジェラルドを愛しているみたいではないか。 「レオネ様ってさ、ジェラルド様が先に逝くだろうことを最も恐れてるんだろうなって感じるよ。俺、ここに来てまだ一ヶ月だけど、レオネ様がジェラルド様に『身体大事にして』って言ってるの、何度も聞いた」  つい先ほど心の中で願ってしまったジェラルドの早い死。それはレオネの不幸を願ったも同然なことだったのだ。ロレンツはそう思ってしまったことを猛烈に後悔し、そして、それを口に出さなくて本当に良かったと思った。  何かが根底から崩れていく。  石のように固まり動かないロレンツの頭をディーノがポンポンと優しく叩く。撫でたと言ってもいいかもしれない。ロレンツはそれに怒ることもできず固まったままでいた。  絵画の中の若いレオネが微笑んでいる。  それはロレンツが知るレオネの顔ではない。若いからだけじゃない。レオネはいつも美しいのに、その絵の中のレオネはとても可愛らしかった。そして絵の中の青い瞳に映っているのは、きっと愛する誰かなのだ。

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