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第14話 永遠にそばにいるからね

「翔馬……あの世で改めてプロポーズする予定だった、おまえが腕の中にいる。まさか、キツネが化けているんじゃないだろうな」 「まんじゅうが泥団子に変わる、的な? キツネにこんな芸当ができると思う?」  内壁全体で猛りをあやすように後孔をすぼめた。螺旋を描く要領で交わりを深めておいて、最愛の男性(ひと)をじっと見つめる。そして魂に刻みつけるように言葉を継ぐ。 「これからもリスのマグカップを大切にしてほしいんだ。あのカップは、おれと外界を結ぶ〝窓〟。窓を通して、ずっと明良を見守っているからね」 「ちんぷんかんぷんだが、カップが命運を左右するんだな? 了解、ほら、恋人流の指切りだ」  (さね)を突きのめされたはずみに、いななくようにペニスが跳ねた。 「おやじくさあ……もっと、突いて?」  引っくり返したが最後、砂時計の砂は落ちつづける。そう、四万三千二百秒ぶん冷酷なまでに淡々と。  三つの願いを叶えたランプの精はランプに、持ち時間が尽きた翔馬は再びカップに囚われた。 〈やりおさめにしてもアンアンと、お下劣な。怒濤の何ラウンドだったのでしょうねええ〉  と、けなす底に優しさがひそんでいた。 〈うん、バテた。少し、寝る……〉  そう応じるそばから水面(みなも)をたゆたうように意識が遠のいていく。しばらくして目覚めたものの、まちがいさがしの世界に迷い込んだように感じて、きょとんとした(っぽく見えた)。  おれはローテーブルの上に載っている、でも北欧調のものだったはずが、いつの間に南国テイストのそれに買い替えた……?  そのときカップ──躰が宙に浮いた。慣れ親しんだ軌道を描いたあとで、思慮深げな顔がコーヒーの表面に映し出された。  明良だ。白いものが混じった口髭をたくわえているのも相まって、渋みが加わった。 〈新入りくん。いいえ立派な古株さん。きみのの単位は四半世紀なのですね〉  ふた回り大きな鉢に植え替えられたサボテンの棘が、嘆息するように揺らめいた。  つまり眠りこけている間に、明良がシニア世代に突入するほどの歳月が流れたのだ。  ずっと見守っていると誓ったくせしてバカバカ。しゅんとなった(ふうな)翔馬に引きかえ、明良は夕べの一杯をゆったりと愉しむ。翔馬の姿が鮮明に見えているように、微笑みながら。 「あしたのモーニングコーヒーはテラスで飲もう。(つい)住処(すみか)は断然海辺、約束を守ったぞ。どうだ〝窓〟越しに太平洋が見えるか」  カップは、すっかり古びた。金継ぎをほどこした箇所が増えて、満身創痍というありさまが、むしろ愛用ぶりを物語る。  翔馬は思った。太古の昆虫を抱いて艶やかな琥珀さながら、風変わりな形でも添い遂げられるのは幸せなことだ。  夕陽が満天をきららかに染めあげて、至純の愛を寿(ことほ)ぐ。     ──了──

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