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第11話
眩しい光が薄いカーテン越しに部屋に射し込んでくる。
目覚めた時には陽はすっかり高い位置まで昇っていて、なんとか朝と言えるような時間になっていた。
それを起き抜けのぼんやりした頭で眺めていた僕は、急にはっと我に返り慌てて起き上がった。
「しまった! すっかり寝過ごしちゃってる!!」
僕は、この公爵邸にお世話になる身だ。こんな自堕落な生活態度は許されない。
急いでベッドから飛び降りて、キョロキョロと辺りを見渡す。
「僕の服、どこにあるんだろう……」
ここは客間? よそ様の邸宅なのに、勝手にあちらこちらの扉を開けて探し回るのも憚 られる。
困ってしまった僕は取り敢えず誰かに聞こうと考え、廊下に繋がる扉に近付きノブに手を伸ばした。その時。突然背後から声が響いた。
「どこに行く?」
「ひ……ひゃいっ!!!」
しびびびびっ!! と尻尾の毛が逆立つ。聞き覚えのある声に恐る恐る振り返ると、すっかり身なりを整えたレグラス様が壁に寄り掛かり、腕を組んでこちらを見ていた。
装飾の少ない紺碧のスリーピースのスーツ、艶のある黒いシャツ、錫色のクラヴァットと装いはシンプルだ。でもシンプルな分、類を見ないほどに美しい顔が更に強調されてて、もはや人外レベル。
つい見惚れてしまいそうなくらい素敵なんだけど、僕の心臓はまだバクバクしていて、それどころじゃない。
ーーと……突然声をかけられると、ビックリする………っ。
激しく鳴る心臓を押さえ、遅ればせながら朝の挨拶をしてみた。
「お……おはようございます……」
「ああ、おはよう。で? どこに行くつもりだった?」
「あ、いえ、その……」
もじっと指を擦り合わせる。
「着替えようと思ったんですが、勝手が分からなくて誰かに聞こうかと……。あの、寝過ごしてしまってすみません………」
ペコリと頭を下げると、レグラス様は「はぁ……」とため息をつく。そして身体を壁から起こすと、ゆっくり僕に近付き熱でも計るみたいに指の背で軽く額に触れた。
「私が寝かせていたんだ。言っただろう? まずは身体を整えよう、と。まだ体調も万全ではないんだ、寝ることも大事だ」
「いえっ! そ、そういう訳にもっ!」
慌てて両手を振ると、彼は僅かに眉を顰めた。
「学園に行くようになれば、慣れない生活が始まる。こんなに細い君など、あっという間に疲弊して倒れてしまうぞ」
「う………」
それはご尤も……。思わず言葉に詰まらせていると、レグラス様は僕の額に当ててた手を下ろして口を開いた。
「サグ! ソル!」
「ここに」
「はーい!」
「……っ!」
レグラス様の声の後、突然人影が現れて跪 いた。
ーーいったい何処から!?
思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだけど、ビックリし過ぎて思わずレグラス様の腕にしがみついてしまっていた。
「驚かせてしまって申し訳ありません」
「あれ、何か怖がらせちゃった感じ?」
腕にしがみついたまま怖怖視線を向けると、二人とも困った様に眉を下げてこっちを見ていた。
改めてよく見ると、彼らは双子なんだろう。鏡に映したようにそっくりな青年達だ。真っ黒で艶々サラサラの髪はサイドだけが長いアシンメトリーで、サグと呼ばれた方が右側、ソルと呼ばれた方が左側を長く伸ばしている。
瞳も黒。切れ長の、少し吊り目がちな一重の目は、人を迂闊に近付けさせないような鋭い感じがするけど、今、眉を下げている姿を見ると、意外にそうでもないかもしれない。
「あ……すみません、怖がってしまって……」
無闇に怖がって失礼だったなと、レグラス様から手を離し頭を下げようとした。……けど、ぐっと肩を引き寄せられて、レグラス様の腕の中に収まってしまう。
ーーあ……あれ?
「サグとソルだ。フェアル、君の侍従となる」
「僕の?」
振り仰いでレグラス様を見ると、彼は頷いて彼らを顎で指した。
「君より少し歳は上だが、同学年として共に学園に通う。何かあれば頼るといい」
「私はサグと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
「俺はソル。なんでもするよ。任せて」
恭しく頭を下げる姿はそっくりだけど、随分性格の方向性が違う二人だ。そう思いながら、僕も改めて挨拶をした。
「よ……宜しくお願い致します」
「ではまずフェアルの身支度を整えてくれ。朝食後に出掛ける」
「どちらにお出でになりますか?」
「トーマ服飾店だ。フェアルの制服を合わせに行く」
「承知致しました」
丁寧な口調のサグが頷くのを見て、レグラス様が僕の背中を優しく押した。
「ダイニングルームで待っているから、着替えてこい」
「フェアル様、こちらへどうぞ」
サグがベッドルームから続く別の部屋への扉を開いて振り返る。僕は頷いて足を踏み出し、「そう言えば……」と後方を振り返った。レグラス様はどこから入って来たんだろう……。
今、サグが開けている扉がある壁の対面側、壁の一部が窪み短い通路のようになっている。その先に扉があるのが見えた。
この造り、まるで扉一枚で繋がる夫婦の部屋みたいだ……。
「………まさか、ね」
小さく首を振ると、待っているサグの元へと足を進めた。
サグとソルに手伝って貰って着替え、レグラス様と二人で朝食を摂った後、準備されていた馬車に乗り街に向かった。
上等な馬車は揺れも少ないし、座席も柔らかくて快適だ。
こんな素晴らしい馬車なんて初めて乗る!
窓から見える街並みも美しく整っているし、あんなに恐れていたラジェス帝国だというのに、何一つ怖くない。
そう思えるのは、多分レグラス様が何かと僕に配慮してくれているからだ。
制服だって、そう。留学の準備の一つなのだから、自分でやるべきだ。でも帝国についた早々意識をなくした僕の代わりに準備してくれた。感謝してもしきれない。
「あの……制服まで準備して頂いて、ありがとうございます」
ソロリとレグラス様に視線を向けて感謝の言葉を告げると、彼は少し眉を顰めてしまった。
「いや、礼には及ばない。本来ならとっくに仕上がって屋敷に届いているはずだったんだ」
「そうなんですか?」
あれ、『仕上がって』って、まさかオーダーメイド?
生まれて今まで服を仕立てて貰ったことがない僕は、軽く目を見張った。
あ、そうか、貴族が通う学園だし、オーダーメイドが普通なのか……。
驚きつつ納得する。
……でも、あれ? 準備してくれてたって言ったけど、サイズが分からなかったんじゃ……?
「アステル王国に君のサイズを問い合わせて作らせたんだが。実際に君を見たら、明らかに大きさが違ったからな」
ぺらりと渡された紙を見て、僕は何とも言えない気持ちになった。だって、そこに記載されたサイズは弟のものだったから。
ーーだよね……。だってサイズなんて測ったことないし。
五歳も年下だけど、獅子の獣人の特徴を備えている弟は、僕と身長はそう変わらないけど、体格は比べ物にならないくらいガッチリしている。これで仕立てたんじゃ、確かに見て分かるくらいにサイズは違うだろう。
「すみません……」
迷惑かけちゃったな、とションボリ肩を落とす。
「あの、僕はこのままでも……。まだ成長期なので、そのうち合うようになるかも……」
「……………」
その言葉にレグラス様は大きく瞬くと、じっと僕を凝視した。
はちょっと大きいかな? ってくらいで着るのに何の問題もないその服は、レグラス様が急いで準備してくれたものだとサグが話してたよ?
服を作る必要、なくないですかレグラス様??
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