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第98話
カタン、コトンと馬車の車輪の音がする。その音を、僕は窓に目を向け、流れていく景色をぼんやりと眺めながら聞いていた。
たった半日の学院だったのに、得た情報が多すぎて既に頭が大混乱だ。
精霊様が話していた四大聖獣に、ニケ神官が話していた聖魔獣。
精霊様のお話は途中で切れてしまったけど、次にお会いできたら詳しく聞いてみよう。
ニケ神官は……。
正直、彼の僕を見る目が気持ち悪くて、会って話を聞きたいとは思えないんだよね。
彼は、聖魔獣についてアステル王国の古い文献で読んだと言っていた。
その文献を読むことができたら、何か分かるかもしれないけれど……。
古い文献と言うくらいだし、アステル王国でしか読めないのかな?
そこまで考えて、僕はぱちりと瞬く。
窓から目を離し、正面を向くと思わず居住まいを正した。
ーー待って? ニケ神官って、その文献を一体どこで読んだの?
創世神は人族を唯一として、獣人を認めないと聞いた。ニケ神官の僕を見る目からも、獣人を下に見る雰囲気をひしひしと感じる。
そんな彼が、わざわざアステルに足を運ぶとは思えない。なら、彼はどこで文献を目にする機会があったというんだろう。
アステルに限らず、古い文献は歴史を知る上でとても貴重なものだ。
だから、持ち出す事も視写することも禁じている国が多い、と書物で読んだ覚えがある。
国外に出ることのない古い文献を、ましてや創世神に使えるニケ神官が、読む機会なんてあるはずが無いんだ。
じわりと、僕の中に不安が浮かぶ。
「フェアル?」
僕がじっと一点を見つめて考え込んでいたせいか、真向かいに座っていたレグラス様が声を掛けてきた。
「どうした? 気分が悪いのか?」
すっと立ち上がったレグラス様は、動く馬車の中ふらつくことなく移動して僕の隣に腰を下ろすと、僅かに眉毛を寄せて顔を覗き込んだ。
彼の綺麗なアイスブルーの瞳をじっと見つめ、僕は湧き上がる不安を押さえる事ができずに口を開いた。
「ニケ神官はアステル王国と繋がっているんでしょうか?」
僕のその言葉に、レグラス様が目を見開く。
「何故そう思う?」
「彼が学院長室で聖魔獣について語った時、アステル王国の古い文献を読んだと言ってました。創世神を祀る神官が、読めるものでしょうか? 誰かが意図して彼に見せたとしか思えなくて……」
「……そうか」
レグラス様は自分の顎に指を掛けると、小さく呟いた。
暫く考え込んだあと、ゆっくりと口を開く。
「その考えはなかったな……。創世神と獣人はそもそも信念も理念も違う。手を組む利点などないと思い込んでいた。確かに、ニケの言葉は不可解な点があるな」
そして僕の髪を優しく指で梳くと、珍しく柔らかな微笑みを浮かべた。
「よく気がついたな、フェアル。固定された概念に囚われて、私にはその発想が持てなかった」
「あ……いえ……」
こんなに褒められた事がなくて照れてしまう。
もじもじと指を遊ばせ俯いた僕に、レグラス様は言葉を続けた。
「もし何らかの利害が一致して、アステル王国の誰かが創世神側のニケに文献を読ませたのだとしたら……。その可能性があるのはネヴィ公爵かもしれない」
「僕の生家ですか?」
「トーマに奴属紋を刻んだのがネヴィ公爵家、ここラジェス帝国で不穏な動きを見せていたコストリア伯爵が密かに繋がっていたのもネヴィ公爵だ。そしてトーマが留学するにあたり、身元引受人となっていたのがコストリア伯爵だった。トーマは、そのコストリア伯爵から、奴属の種を受け取ったと証言している。断言するには証拠が足りないが、無関係というには符号が合いすぎている」
その言葉に、僕はトーマさんの言葉を思い出していた。
『ネヴィ家は、獅子より猫の貴方が強いと評される事を忌み嫌っていました。例え貴方が使徒で、アステル王国が喉から手が出る程欲したとしても。それでも奴隷として創世神側へ渡してしまおうと考える程に、ね』
あの時は、そんなに嫌われていたのかと悲しく、そしてとても苦しかった。でもよく考えてみれば、あの「強者が正義」と考える父が、「嫌い」だという感情だけで創世神側と手を組むだろうか?
もっと他にネヴィ公爵家に利点があると判断したからこそ、創世神側と手を組んだ……と考える方が納得できる。
じゃあ、その利点って何だろう?
そんなことを考えていると、くしゃっと髪を乱すくらいの雑さでレグラス様が僕の頭を撫でてきた。僕がふと顔を上げると、レグラス様はすっと目を細めてみせる。
ーーこれ、僕を心配する時に見せる顔だ。
そう気付いて彼をじっと注視すると、レグラス様はふぅっと小さく息を吐き出した。
「情報が不足している状態で考え込んでも、君の不安を増長させるだけだな。不用意な発言をして悪かった」
その言葉に、僕はちょっと嬉しくなる。こんなに僕の事を考えて、心配してくれるのはきっとレグラス様だけだ。
そう思って、僕ははにかみながら首を振った。
「一人で抱え込むしかないなら不安だけど、今はレグラス様が側にいて下さるから。レグラス様が一緒なら僕は大丈夫です」
そう言った途端、くっと肩を引き寄せられた。あれ、と思う間もなく身体は傾ぎ、レグラス様の胸元にすっぽりと収まってしまった。
ぎゅっと抱き締めながら、レグラスが僕の頭上で大きなため息をつく。
「レグラス様?」
突然どうしたんだろう? と顔を上げようとすると、その頭も大きな掌に押さえられてしまう。
頭の中が疑問符でいっぱいになっていると、もう一度ため息が聞こえた。
「これは可愛すぎるだろう……」
ぽろりと零れ落ちたレグラス様の囁きを、僕の猫耳はしっかりと拾ってしまっていた。
「一刻も早く、私だけの猫にしてしまいたい……」
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