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アップルティー

こぽこぽこぽ・・・ 心地よい音を弾ませながら、淵の欠けたカップに紅茶を注ぐ。 それから、おそらく昼食の席から拝借してきたであろうリンゴを手に取りナイフを入れる。 サクっと音を立てるとリンゴの片割れがころんと揺れた。 半分に切られたリンゴの片方を皿に伏せて、もう片方を一口大の大きさに切っていく。 リンゴの皮を剥き終わると、そのひとかけらをカップに差し込む。 徐々に色が変わっていく様を、目を細めながらリーマス・ルーピンは眺めていた。 カップに立ち込める湯気を追うようにリンゴの香りが部屋中に広がっていく。 しばらくほんわりとする匂いに浸る。 そこへ・・・ ドンドン ドアを叩く音がする。 はて、誰だろうと思考を巡らせているとドアの向こうから声がした。 「我が輩だ。ルーピン、聞こえておろう?早く開けたまえ。」 甘い香りに酔いながら、ゆっくりとソファから立ち上がりドアの方へと向う。 カチャ ドアを開けるとともに嫌な薬草の臭いが鼻をついた。 急に酔いから覚まされて、暫く呆然とする頭で訪ねてきた客を確認する。 目の前には全身真っ黒の魔法薬学教授が立っている。 その手にはいつもの見慣れた器。 「やぁ、セブルス。そろそろ頼もうと思っていたところだったんだ。」 朗らかに笑いながら、彼は心の内でため息をついた。 薬草の臭いは嫌いだ。 むっとするような臭いがその器から漂ってくる。 彼に悟られないように、目が器を追わないよう努力しながら平静を装う。 「ちょうど良かった。今紅茶を入れたところでね。」 土気色の顔が何か言いかけようとしているのを気にも止めずに、部屋に招き入れドアを閉める。 それからてきぱきと新しいカップを取り出すと紅茶を注いだ。 「セブルス。立ってないでここに来て座りなよ。」 にこやかに茶会に誘う。 相変わらずマイペースに事を運ぶリーマスを彼は横目で見た。 しかし、彼に対抗する術が無い事を知ると、そこにあるソファに腰を降ろす。 それから聞こえるか聞こえないかの短いため息をついた。 「昔と全く変わらんのだな。」と悪態をつくと、「君も変わらないね。」と笑いながら返事を返した。 なんて暢気なのだろう。 この空気のような掴み所の無い生物は一体何だろう。 我が輩の目の前にいる男は。 何故こうも楽しげに笑っていられるのだろう・・・。 シャリシャリと陽気にリンゴを剥いているリーマスを見ながら彼は思った。 「君ってリンゴが嫌いだったかい・・・?」 その視線に気付いたのかリーマスが口を開いた。 急に質問されたので考える間もなく言葉が口をついて出る。 「いや、そんな事はないが。」 「そう?それにしても眉間にシワが寄ってるよ。」 「失礼な。我が輩は元からこの顔だ。」 ふふっと笑うのが聞こえる。 小刻みに震える肩を、セブルスはこれでもかと睨みつけた。 「ごめん。いや、君があまりに昔と変わらないから・・・。つい。」 朗らかに笑ってはいたが、目は遠くを見つめていた。 昔の記憶を。 語尾には憂いを含んでいて、どこか儚げですらいた。 リンゴを見つめる視線の先に、彼は何を見ているのだろうか。 しかし、セブルスは彼が賢明にリンゴを剥いているのだと思っただろう。 続けざまに彼は極めて明るくこんな言葉を発した。 「ウサギさんできたよ。」 リンゴから頭をもたげた彼が唐突に言った。 見ると皿にウサギのように皮を残したリンゴが5つほど乗っている。 セブルスが何も言えずにいると、「リンゴは嫌いではないんだよね。」と追い討ちが降ってきた。 「確かに嫌いでは無いと言ったが。我が輩は子供ではないんだぞ。」 心なしか眉根が痙攣している。 「でも、中身はリンゴだよ。」 間髪入れずに答えると「しかし・・・」と言ったきり押し黙ってしまった。 そんな様子をリーマスは可笑しく思い、なお勧める。 やんわりと、半ば強引に。 何か言おうとしているようだが、口をもごもご動かすだけでなかなか言葉が出てこない様だ。 勧めれば勧めるほど眉間の皺が深くなっていく。 その様子を楽しそうにリーマスは眺めていた。 「我が輩の用は済んだ。もう帰らせて頂こう。」 突然そう言い放つと、勧められていたウサギを向こうへ押しやった。 「そう?残念だね。一緒にお茶をするのは久しぶりだというのに。」 「あいにく我が輩は貴様と茶会をするために来たのでは無いのでな。」 どうやらやり過ぎたらしい。 彼の虫の居所を悪くさせてしまったようだ。 彼はリーマスを一瞥すると、まだ一度も手を着けていない冷めた紅茶をグイと飲み干した。 「では失礼する。」 のそりと立ち上がり、さっとマントを翻しながらドアへと向う。 その背中にリーマスは「ありがとう。」と投げかけた。 「礼には及ばん。」 振り返りもせずに言葉を返した彼は、後ろ手にバタンとドアを閉め出て行った。 残されたのはカラになった紅茶のカップと、彼の持ってきた器。 今夜は満月が昇るだろう。 懐かしい記憶、懐かしい匂い。 打ち寄せてくる孤独。 全てを振り払うかのように深く息をつくと、そこにある器の中身を一気に飲み干した。

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