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ビター

「ルーピン。何をもたもたしているのだ。行くぞ。」 「あぁ。後少しでボタン付けが終わるから、それまで待っててもらえないかい?」 今日は生徒達の待ちに待ったホグズミートに出かけるその日。 それなのに、闇の魔術の防衛術の教授の部屋で立ち往生している影が二つ。 ホグズミートに生徒の引率として出かけようとする魔法薬学教授と、ほつれたボタン付けに勤しむ闇の魔術に対する防衛術の教授である。 会話の通り、一方は苛立ちを隠せず部屋を右往左往しているし、一方はそんな事にはお構いなしにわき目も振らず針と糸に神経を集中させている。 全身真っ黒な姿の教授に睨みつけられても身じろぎ一つしないのは校長とこの人くらいだろう。 それにしてもリーマスがあちらをを振り向きもせずに暢気に返事をしたものだから、かなり御冠なご様子。 その証拠にいつもの2倍眉根がつり上がっている。 最も、機嫌を損ねた張本人はボタン付けに忙しくてそんな事に気付いてはいないのだが。 「そんなもの帰って来てからすればよかろう。これでは予定の時刻に遅れてしまうではないか!」 「んー。でもボタンは小さいし失くしてしまうと困るんだよ。」 相変わらず振り向きもしないで針と糸に向って杖を振っている。 リーマスにとって相手の機嫌を取る事より、ボタンのほうが大切らしい。 そんな様子についにしびれを切らしたようだ。 吐き捨てるように言葉を向ける。 「新しいものを購入したらよかろう。」 いつもよりすごみを効かせたので、普段から低い声が一層低く響いた。 ふとリーマスは杖の動きを止める。 そして彼のほうにゆっくりと頭をもたげる。 リーマスは透き通るような目で、彼の目をしっかりと捕らえた。 彼にとって予想外だったのか、少し戸惑っているようだった。 しかし、リーマスは気にするふうもなくにこりと笑う。 「古いものが、好きなんだ。」 それだけ言うと再び視線を針に戻す。 リーマスにとってそれは十分すぎる理由だった。 それでも彼は何か言いたそうにもぞもぞと動いたが、結局何も言わなかった。 「うん。出来た。さて、時間も迫ってきたしそろそろ行こうか。」 1、2分の沈黙が続いた後、リーマスがボタン付けが終わった事を告げた。 それまで彼は黙ってその様子をしげしげと眺めていた。 終わった事を告げられると、さっとマントを翻しながら部屋を出て行く。 そして、リーマスは黙ってその後を追った。 三本の箒から出てきたときには、もう時間は3時半を回っていた。 「うむ。そろそろ帰りの時間だ。我々は生徒達よりも先に集合場所に行っておいたほうが良かろう。」 時計を見ながらセブルスは低い声で言った。 外が寒いせいか、吐き出される空気が白く立ち上る。 「しかし、何故貴様となんぞ、組まなければならんのか。」 それはダンブルドアからのお達しだった。 校長じきじきの申し出に、セブルスは上手い言い訳が見つからなかったらしい。 いつまでも事あるごとに、思い出した様にブツブツ文句を言っている。 当番制となっているので、いずれは自分の番が回ってくる事は承諾している筈なのだが。 流石にいつも温和なリーマスも一日中嫌味を言われ続けてげんなりしていた。 顔には決して出さなかったが、いつにも増して疲れた顔をしている。 朝のツケが回ってきたかなと、ため息をつく。 彼に気付かれぬように、そっと。 何しろそんな事を彼に気取られでもしたら2倍嫌味が返ってくる。 ずんずん足を速めるセブルスをチラリと盗み見る。 深い漆黒の瞳と、それに良く似た色の髪。 そして「へ」の字に曲がった口元、深く眉間に刻まれた皺。 果たして彼は今日どんな日なのか知っているのだろうか。 知っていたとしても、彼には関係ない事として消化されているのだろうか。 むしろ、邪魔なものとして扱っているのかもしれない。 と、突然頭の上から低い声が降ってきた。 「我が輩の顔に何かついているのかね?」 見ると、訝しげに自分の顔を覗き込んでいるセブルスの姿があった。 「いや、何も?」 そ知らぬふりをして、肩をすくめてみせる。 今だ疑わしげな表情のままだったが、納得したのか、セブルスは再び目的地へと歩き出した。 リーマスは遅れを取るまいとセブルスの後を追う。 と、彼の目にある看板が飛び込んできた。 「ハニーデュークス菓子店」 ふとある事を思いつく。 「セブルス!!」 突然、リーマスは彼の名前を呼び止めた。 すると、今度は何だという顔がこちらを振り返る。 「悪いけど、ちょっと用を思い出したんだ。すぐ済ませるからそこで待っていてくれるかい?」 その言葉をかけると同時に、みるみる顔つきが変わっていく。 明らかに迷惑だと語っているのが分かる。 それを見てリーマスはもう一言付け加えてみる。 「それとも、私と一緒に来るかい?」 見る間に、とんでもないという顔つきに変わった。 それを見てリーマスは内心ほっとする。 何しろ、ついて来られたら計画が台無しだ。 「それじゃ、すぐ戻ってくるから。」 セブルスの険しい顔つきを了解とみなし、店に入っていく。 店のドアを開けると、外の空気とは一変し甘い匂いが彼を包んだ。 両脇からお菓子の山が彼を出迎える。 ビンに詰まった百味ビーンズ、金色に輝くハチミツサンド、長い棒の先端についた様々な色・形の飴。 彼に気付いたのか店の奥から「いらっしゃい。」という主人の声が聞こえた。 彼は店の中にあるものにざっと目を通すと、すぐさま目的の棚を見つける。 どれにするかしばらく悩んだ後、店の主を呼んだ。 「すみません、これを100gほど頂けませんか。」 店の外に出てみると、何だか通りが騒がしかった。 リーマスはおや?と小首をかしげた。 セブルスの姿が何処に行ったのか、通りの向こうまで見回したが見つからない。 その代わりさっきまで彼の立っていた場所には人だかりか出来ていた。 と、人だかりの中心に全身真っ黒な衣装を身にまとった人物を発見する。 なんと中心にいたのはリーマスの探し人、セブルスである。 よく見るとセブルスの周りにいるのは女の子ばかりで、ホグワーツの生徒らしい。 制服を見るとスリザリン生が多かったが、中にはレイブンクロー生、ハッフルパフ生も混じっている。 一番驚いた事に、グリフィンドール生までその中に混じっていた事だった。 女の子達はそれぞれの手に何かの包みを持っていた。 その光景を見てリーマスの口元が緩んだ。 考えるのは僕だけじゃないって事か。 自分の手に乗っているモノを眺めながら、心の中で可笑しく思う。 何も僕が気を使う事なんて無かったのに・・・。 簡素なラッピングに包まれたそれを右の手から左の手へと転がす。 視線を人だかりに戻し、タイミングを見計らう。 途切れ途切れに、生徒達の会話が聞こえる。 「先生。これ昨日一生懸命作ったんです。どうぞ受け取ってください。」 「あの、一番良く出来たモノなんです。是非、食べて頂きたくて。」 「これ、日頃の感謝込めて焼いたんです。形は悪いですが・・・」 口々に、贈り物を受け取ってもらおうと賢明になっている少女達の声が聞こえる。 多勢に無勢とはこの事を言うのだろうか。 彼はいつもの威圧感が薄れ、しどろもどろな口調で受け答えしている。 「いや、我が輩は。・・・あまり。」 いつもなら自分の事を怯え、遠巻きにしている彼らが今日に限って押し寄せてくる。 そのギャップに順応しきれず、目を白黒させている。 何しろいつもの彼女達とは気迫が違う。 四方八方を塞がれ逃げ道を失いながらも、なんとか切り抜けようと辺りをキョロキョロしているのを見てリーマスは思わず吹き出しそうになった。 その様子を見ると、どうやら今日という日が本当に自分には関係の無い事だと思っていたらしい事が良く分かる。 予想外の展開に戸惑うセブルスを十分に楽しんだ後、リーマスは助けへと向う事にした。 ただし、彼女達と何ら変わらない事をしに近づいていったのだが。 「セブルス。君がこんなに人気者だったとはちっとも知らなかったよ。」 少女達のとは違う声質が、生徒の頭の上を通る。 一斉に、生徒の目がリーマスに注がれた。 突然の訪問者に戸惑ったのか、彼女達はさっと道を空ける。 やっと助けが来た事に気付いたのか、セブルスは半テンポ遅れながら声をかけた。 「ルーピン。遅かったではないか。」 今だ戸惑いの色を隠せない響きを帯びた声に、リーマスは肩をすくめる。 「選ぶのに手間どってしまってね。」 そしてふっと笑ってみせる。 その笑顔がうそ臭い事に気付いたのか、もう良いという仕草をみせる。 「このままでは時間に遅れる。足早に行くぞ。」 そう言うなりさっさと生徒をどけて歩き出した。 しかしリーマスはそれを呼び止める。 「セブルス。ちょっと待ってくれないか?」 「まだ何かあるのか。」 いつの間にか本調子を取り戻したセブルスがリーマスを睨みつけながら振り返った。 と、リーマスはすかさず何かを押し付ける。 ピンクのリボンが巻かれただけの簡素な包装。 「何だ。これは?」 眉間に深く皺を寄せながら唸るのを気にも止めずに、リーマスは歩き出した。 「ほら。私たちが遅れる訳にはいかないだろう?」 「それはそうだが」と一瞬流されそうになる。 しかし、凄みを効かせながら尋ねた。 「だから、これは何だと聞いているのだ。」 「どうやら君にはクソ爆弾に見えるらしいね。」 リーマスは、相変わらずクスクスと笑っている。 その様子を見て質問にマジメに答える気が無いのだと悟ったのか、今度は今渡したものを押し返そうとする。 自分の腕を掴んで離さない。 仕方なく、リーマスは質問に答える事にした。 「その中身はチョコレートだよ。ほら、君、今日がバレンタインデーって知ってたかい?」 いい加減青アザが出来るほど力をこめて掴む手を離してもらおうと、ため息混じりに答える。 一瞬掴まれた腕が緩むのを感じて安堵したが、それは間違いだった。 困惑と疑いの眼差しを向けられた腕は一層強く締め付けられた。 「何故貴様がこんなモノを寄越すのだ。」 明らかに嫌悪の眼差しを見て取ったリーマスは、心底やり切れない思いで一杯だった。 まだ根に持っているのか・・・。 否応なしに、学生時代の事を思い出す。 今は、名残を惜しめる唯一の同僚だというのに・・・。 彼の心に根強く枝を張っている憎しみは、いつになれば消化できるのだろうか。 心から素直に喜ぶ事の出来ない彼。 そうした原因は自分達にあるものだったが。 ただ久しぶりに彼の笑顔を見たいと思った。 いつもむっつり一文字に結んだ口。 その表情をたまには変えてみたいと思った。 苦々しく思いながら、心の奥で舌打ちをする。 後ろめたい思いに駆られながら、努めて明るく振舞う事にした。 「どんなものが好みなのか分からないけれど、きっと君の口に合うものだと思うよ。」 そういうとニッコリと微笑む。 相手は咎めるつもりだったのに笑顔を返されたので、驚いたようだった。 すぐにそれを隠したが。 「ブラックチョコレートにリキュールが入ってるんだ。君の紅茶に合うと思ったんだけれど。」 「しかし・・・」 やはり断るつもりなのだろう。 リーマスは続けてこう言った。 「ちなみに私に返されてもブラックは苦手なんだよ。要らなかったら捨ててもらっていいから。」 そう言い置くと再び彼は歩き出す。 何を言っても受け取らないと諦めたのか、セブルスは珍しくも後に従った。 誰もが後ずさる、ものすごい形相のままだったが。 一体何を企んでいるのかという顔つきでこちらをジロジロと睨み付けている。 「お店で買ったものだから、大丈夫だよ。」 その警戒心に半ば感銘を覚えたリーマスは言った。 「私はジェームズ達と違って調合が苦手な事は、君が一番良く知っているだろう?」 なんたって、薬の調合を君に任せているのだから。 君をだませるほど上手く作れない事は君が一番良く知っているはずだよ、セブルス。 やっと納得したのか「それもそうだな。」と呟くのを聞いた。 「有り難く頂戴しておこう。」 そしてスタスタと自分を抜かしていった。 リーマスがその瞬間をチラリと盗み見する。 通り過ぎる瞬間、口元に笑みを浮かべているのをはっきりと捕らえたのであった。 3月14日、朝食の時間。 いつものようにフクロウ便があちらこちらに届く。 教職員テーブルについていたリーマスの元にも、小さな小包とカードが届いた。 茶色い小包を開くと、中には「自動裁縫道具」が入っている。 最初驚いた顔をしたが、すぐにイタズラっぽい笑みを浮かべる。 カードには短い文が書かれていた。 「仮は返しておく」

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