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映画館で手遊び

その日の仕事帰り、貞は国彦が愛読している少年誌を買いに職場近くの書店に立ち寄った。 雑誌コーナーに行くと、平積みになっている週刊誌の表紙に「18歳男性、失踪」と書かれているのを発見した。 手に取って読んでみれば、国彦に関わる情報や、昼の情報番組でも語られていた不審車両と不審な男の特徴についても書かれている。 『車は黒いミニバン(セダンという証言も)、運転していた男は眼鏡をかけていて長身、黒いコートを着ていて、B市駅周辺や土手道近くの道路でたびたび目撃されていた。 周囲の住民の意見には「この辺りでは見かけない人」「何度も見たことがある」「知り合いに似ている人が何人かいる」などバラつきがある。 警察による「土地勘がある人物による犯行」という見解が正しければ、犯人は案外、事件現場からさほど離れていないところで、今ものうのうと暮らしているのかもしれない。』 貞は国彦に頼まれた少年マンガの単行本と雑誌を買うと、ミニバンをスタートさせて、帰宅を急いだ。 ──どうしたものかな?このままだと、捜査範囲がこっちまで広がるかもしれない 週刊誌の「事件現場からさほど離れていないところで暮らしているのかもしれない」という記述を思い出して、鳥肌が立った。 今の今まで、国彦を外出させるのは、人目につきにくい早朝か深夜を選んできた。 顔がわからないようマスクをつけさせ、ときには帽子もかぶらせて、声も出させないように気をつけていた。 しかし、いつ誰に見られているとも限らない。 このまま何も手を打たずにいたら、事が発覚するのも時間の問題だろう。 若い男を連れていてもおかしくない理由を考えなくては。 あれこれ考えて出した答えは、「あの子は親戚の子」と周囲に吹聴することだ。 それなら、年齢差も「おじちゃん」と呼んでいることも辻褄が合う。 貞はミニバンを駐車場に停めると、エレベーターに乗り込み、1階のボタンを押した。 エレベーターが1階に着くと、次は管理人室の前まで向かい、窓をノックする。 ノックの音に反応して、赤ら顔で小太りな男の管理人がこちらを向く。 「3階に住んでる岩山です。すみません、ちょっとお話がありまして…」 「何でしょう?」 管理人は、重たそうな体をのそのそ動かしてこちらに近づいてきた。 「実は、親戚の子と一緒に暮らすことになりまして…」 「ああ、なるほど。」 管理人が呆けた顔で頷く。 「ですから、契約書の書き換えをお願いできますか?住人が1名のままになってますので。」 「ああ、わかりました。本社に伝えておきます。後ほど必要書類を渡しますので、必要事項に記載をお願いします。」 「ええ、わかりました。失礼します。」 しっかりと別れの挨拶を述べると、貞は足早にその場を去って行った。 失踪直後ならまだしも、2ヶ月も経ってから住人が増えるとなれば、疑われることはないだろう。 これでマンションの住民に見られても問題あるまい。 国彦を連れて歩いていて、その子は誰かと聞かれても「親戚の子です」と答えれば済む。 貞はホッと胸を撫で下ろして、いつものようにエレベーターで3階まで上がった。 玄関ドアを開けて靴を脱ぐと、廊下のドアの掛け金を外す。 「おかえり、おじちゃん。」 ドアを開けると、国彦が笑顔で出迎えてくれた。 「ただいま、国彦。ほら、買ってきたぞ。」 買ってきたマンガ雑誌と単行本を差し出すと、国彦はクリスマスプレゼントを貰った3歳児のように飛び跳ねて喜んだ。 「ありがとう!おじちゃん!!あ、ごはんにする?お風呂もすぐに用意できるけど。」 「先にごはん食べよう。国彦、それは後で読みなさい。」 コートとジャケットを脱ぎながら、国彦をたしなめる。 「ええー…もう、わかったよ。」 口をとがらせたものの、国彦は貞の注意を聞き入れた。 はたから見れば叔父と甥のようなやり取りだが、この2人には本来、何の縁もゆかりもない。 管理人に話をつけた翌週の土曜日の午前、貞と国彦はミニバンに乗ってA市の中心地にあるショッピングモールに向かっていた。 助手席に座った国彦は貞が買ったコート、トレーナー、ジーンズ、スニーカー、立体マスクを身につけ、スマートフォンゲームに夢中になっていた。 拐ってきたときに取り上げた国彦の荷物はもう返されていた。 というのも、国彦が家中を掃除したとき、クローゼットの奥に隠していたのを発見したからだ。 スマートフォンを返すのには抵抗があったが、国彦に「いざってときに連絡取れない方が困るよ」などと言われては、反論などできなかった。 そういった経緯から、貞は国彦に自分の連絡先を教えることになった。 今日、ショッピングモールに来たのは、国彦の希望で映画を見に行くためだった。 このところ、仕事が立て込んでいて休みなく働いていたせいで、近所のコンビニさえ連れて行く時間の余裕もなかった。 そんな状況でも文句ひとつ言わず、「こないだみたいに倒れないでね」と心配までしてくれる国彦の様子に、貞はますます愛おしさが込み上げた。 同時に申し訳なさも感じて、詫びる気持ちも生まれてくる。 埋め合わせをするつもりで、どこか行きたいところはないかと聞くと、いつも読んでいる少年マンガの劇場版を見に行きたいと言ってきた。 それならお安い御用、とショッピングモールに併設されている映画館で鑑賞することとなった。 ショッピングモールの駐車場にミニバンを停めると、まだ空きがたくさんあった。 混雑を避けるため、午前中に出発して正解だった。 「着いたぞ国彦、あ、映画終わったら服を買おう。今あるヤツだけじゃ足りないだろ。」 貞は車のキーを抜き取ると、シートベルトを外した。 「別にいいよ。めったに外に出ないし、服ってそんなに要る?」 国彦がスマートフォンをポケットにしまって、シートベルトを外す。 ショッピングセンターで売っているような服しか買い与えていないのに、国彦はそれに対して何も言ってこない。 今まで付き合った女は、このあたりでアレ買ってコレ買ってと強請ることが多かった。 それだけに、貞は国彦の欲の無さがますます可愛く感じられた。 「春物の服だよ。そろそろ暖かくなるから、それ用の服を買っとかないとな。」 「あ、そっか、そうだね。」 国彦が納得したような顔をした。 映画館に入ると、思ったより人がたくさんいて、チケットを買うのに少し手間取った。 「国彦、ポップコーン買うか?チュロスとか、クッキーもあるぞ。」 思えば、映画館などここ何年も行っていない。 ポップコーンやジュースの他にもいろいろ売っているのを見て、その品数の多さに関心した。 若者の映画離れを食い止めようと、あれこれ工夫した結果かもしれない。 ポップコーンだけでも相当な数のフレーバーがそろっている。 「うーん、何食べようかなあ?おじちゃんは?」 「このコンソメ味のポップコーンうまそうだな。」 「それにするの?」 「うん、ただ、量が多いな。食い切れないかもしれない。」 若者向けに作られたのであろうそれは、一番小さいサイズのカップでも貞が食べると胸やけしそうな量が入っている。 「じゃあ、オレとシェアして食べる?おじちゃんが残した分、オレが食べるよ。」 「ああ、じゃあ、そうしよう。お前は食べたいもの決まってるのか?」 「うん!」 国彦はコーラ、量り売りされているクッキー100グラム、チキンナゲット、チュロスを選んだ。 貞はウーロン茶とコンソメ味のポップコーンを選び、指定された劇場へ入っていく。 劇場内は家族連れが多く、子どもの声が騒がしかった。 40歳の男と10代の少年が2人で映画を見に行く、というのは他人から見たらどう映るのだろう。 不審がられるのではないか、と今さら不安を感じているうち、劇場内が暗転してスクリーンに絵が映し出された。 スクリーンいっぱいに、日本刀を持った少年たちが戦っている。 戦場は列車の中で、主人公たちはリーダー格の青年に倣うかたちで戦い続けていた。 ──血がたくさん出てるし、気持ち悪い化け物も出ているのに。子どもは怖くないのかな? 原作のマンガは読んでいたが、やはり面白いとは思えない。 一方、国彦は何かに取り憑かれたかのように、視線がスクリーンに釘付けになっている。 せっかく買ったクッキーもチキンナゲットも全く減ってない。 退屈した貞は、ちょっとしたイタズラを思いついた。 暗がりの中、隣に座っている国彦の腿に手を置き、股まで這わせていくと、指先で優しく撫でさすった。 「やだ、おじちゃんのエッチ。」 国彦が貞の手首を掴んで、軽く睨んだ。 「帰ったら、たっぷり可愛がってやる。」 貞がほくそ笑むと、国彦は赤面した。

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