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「18歳男性、失踪」のニュース
行為が終わった後、国彦はほーっと天井を見つめていた。
まさか初体験の相手が親子ほど歳の離れた男になるとは、夢にも思わなかった。
指を挿入されたときは体内の異物感や圧迫感がひたすら怖かったし、大人はこんなに辛いことが好きなのか、と理解に苦しんだ。
初めての感覚はこれまでにないほどの恐怖さえ感じたが、終わってみると何ということはない。
それどころか、自分の手でする自慰行為とは比べものにならない快感を得て、奇妙な達成感すら感じていた。
──依存症になるくらいにコレにハマっちゃう人の気持ち、少しわかっちゃったな…
貞は行為が終わった後も優しかった。
「国彦、シャワー浴びようか。汗かいただろ。」
「うん…」
お互いフラつく体で浴室まで歩いていき、一緒にシャワーを浴びた。
翌日の土曜も日曜も、国彦は貞から求められるままに体ごと受け入れ、お互いを貪り合うようにして交わった。
「おじちゃん、いってらっしゃい。」
「うん、行ってくる。」
月曜日、廊下とリビングを隔てるドアの前で、国彦は笑顔で手を振った。
それに応えるように、貞も手を振り返す。
まるで新婚夫婦か、仲の良い親子のような風景だ。
貞はドアの掛け金をかけると、靴を履いて家を出た。
ここ最近、手も足も口も拘束していない。
家事はもっぱら国彦の役目になり、室内を好きに移動させるようになった。
程度が監禁から軟禁に変わっただけで、まだ自由に外出することは許していないが、貞はそれすら可哀想に感じてきていた。
廊下のドアの掛け金をかけるのにも、抵抗を感じ始めている。
──掛け金は、そろそろ外してもいい頃だな。もういい加減、自由に外に出してやってもいいだろう
貞が去った後、国彦はタブレットを開き、動画を見ながらコーヒーを飲んで一服していた。
タブレットを渡されてからというもの、テレビはほとんど見なくなった。
最近のテレビ番組は面白くないと感じるし、動画サイトで配信されたバラエティ番組や可愛い猫の動画のほうが見応えがある。
それを見終わると、今度は朝食を乗せていた食器を洗う。
基本的に朝食の用意は国彦がやっていて、今日はバターをたっぷり塗ったトーストと、ベーコンエッグ、ベビーリーフのサラダを出した。
貞はいつも「いただきます」「ごちそうさま」とちゃんと言ってくれるので、食事の支度をするのがとても楽しい。
──おじちゃんは最初の頃よりずっと優しくなったなあ…一度だけ、作った親子丼の味が濃くなり過ぎたことがあったけど、そのときも「白米を足せばいい」と全部食べてくれたっけ。ときどき、奮発してステーキや鯛の刺身、有名店のケーキやマカロンなんかを買ってきてくれる。でも、なかなか運動できないせいで少し太っちゃった
でも、おじちゃんは「国彦は太っても可愛い」って言ってくれる。セックスするときは、いつもコンドームをしてくれるし無理強いもしないし。おじちゃんとセックスするのは気持ちがいい、けど、ちょっと恥ずかしい…やっぱ、まだ、慣れないかも
食器洗いを終えると、貞が買ってくれたハンドクリームを手に塗った。
貞は国彦専用のハンドクリームはもちろんのこと、タオルや洗顔フォーム、シャンプー、リップクリームなんかを仕事の合間に買ってきてくれた。
髪が邪魔くさい、と訴えたところ、ヘアゴムと髪留めなんかも用意してくれた。
思えば、ここに来てからずっと髪を切っていない。
──さあ、今度は洗濯だ
洗濯物を干そうとベランダに出ると、少し向こうで若い男が2人、楽しそうに談笑しながら歩いているのが見えた。
これから講義に出る大学生だろうか。
それを見た国彦は、ふと親友の冬也のことを思い出した。
──植野さんや高田先輩も元気かな…
今ごろ何してるんだろう?オレが抜けたことで、仕事に支障が出てるかもしれない。
みんなのことは今でも大事に感じているし、できることなら帰りたい。でも、きっと、元のオレには戻れないだろうな。冬也が今のオレを知ったら、ショックで泣き出してしまうかもしれない。もし今帰ったら、どうして逃げなかったんだ、と聞いてくるだろう。それには、どう答えるべきなんだろう?理由を言うのは、かなり恥ずかしい。何より、おじちゃんはそんなに悪い人じゃないと言っても、きっとわかってくれないだろうし…だから、みんなのことは極力考えずに過ごそう。おじちゃんは家族も友達もなくて、孤独で可哀想な人だし、オレがいなくなったら、おじちゃんはひとりぼっちになってしまうから
部屋をある程度掃除してテーブルに着くと、またタブレットを開いて10時くらいまで動画を見たり、マンガ雑誌を読んだりして過ごす。
それが今の国彦の日課となっていた。
平凡な主婦とそう変わらない生活だが、国彦の知らないところで、警察による捜査の手はどんどん進んできていた。
貞の勤務先の食堂には大型テレビが設置してあって、基本的に情報番組を放送しているチャンネルに設定されていることが多かった。
昼食を摂るために食堂に行ったとき、大きなテレビ画面に目をやると、情報番組で国彦が話題に上げられていたのを見て、貞は青ざめた。
貞は動揺した。
テレビ画面いっぱいに国彦の写真やイメージ映像が写し出されて、機械的なほどに丁寧なナレーションが流れてくる。
『1月某日、勤務先からの帰宅途中で行方不明になったのは、B市に住む河井国彦さん(18歳)。
最初に異変に気づいたのは、同居している友人でした。
いつも19時半には必ず帰宅してくるはずの国彦さんが帰ってきておらず、スマートフォンに連絡しても繋がらない。勤務先に連絡しても「もう帰りました」と返されたため、20時ぐらいまで帰りを待ち、心当たりも探してみたものの、まったく見つからず帰ってくる気配がまるでないため、警察に通報。
友人からの失踪届けを受けて警察が捜査したところ、職場がある工場街を出て行くところを他の工場の従業員が目撃しており、自宅がある住宅地の近隣住民たちは国彦さんを見ていないと言います。
したがって、国彦さんは勤務先から自宅に続く土手道周辺で何らかの事件、事故に巻き込まれたと見られ、現在も捜査中です。』
画面が切り替わり、女性アナウンサーがマイクを持って歩いている映像が写し出された。
アナウンサーの背後に、警察犬を連れた警官の姿が見える。
『こちらは、国彦さんが帰宅する際、いつも歩いていた土手道です。明るい時間帯であれば、登下校中の中高生や、ジョギングをする人、犬の散歩をする人など、たくさんの人や車が通りますが、夜間の場合はほとんど人気がなく、閑散としています。
また、この周辺には転落するような崖や河川はないため、事故の可能性は低いと見られています。
この土手道の道幅は車が1台通れるくらいの広さがあり、付近の住宅地、工場、学校、隣町へ通じている上、不審な車や人物の目撃証言が多数得られていることから、国彦さんは何者かにより連れ去られた可能性が高いと見て、警察は捜査を進めています。』
また画面が切り替わり、イメージ映像を交えた不審な車両についての説明がなされた。
『この付近の住人によると、12月頃からこの辺りを不自然に徘徊する黒い車と、その車を運転する男の姿がたびたび目撃されていました。
男は身長180センチくらい、眼鏡をかけていて、年齢は30代後半から40代前半、黒っぽいコートを着ていたといいます。
この人物の関連ははっきりしないものの、付近の飲食店やコンビニなどでの目撃証言はなく、監視カメラにも国彦さんの姿は見当たらなかったということです。
これら全ての証言や現場の状況などから、何者かによる連れ去りの可能性が非常に高く、犯人は土地勘があり、犯行には車を使ったと考えられています。』
映像が終わると、コメンテーターたちがさまざまな意見を述べた。
その中には元刑事もおり、司会者に意見を求められた際、次のように答えた。
『土地勘がある、というのは正しいと思います。はじめから特定の人を狙っての犯行かもしれませんね。被害者がいつどこを歩いているか知っていた人間の犯行なら、短時間のうちに車やバイクで連れ去るのは難しくありません。あの土手周りが、夜は人通りが少ないことも計算済みだったんでしょう。』
『なるほど…失踪から2ヶ月が経過し、ご友人も、勤務先の皆さまも、国彦さんの帰りをずっと待っています。何か情報をお持ちの方は、B市警察署まで連絡をお願いします。どんな些細なことでも構いません。』
司会者はカメラ目線で画面の向こうの視聴者にそう訴えて、次の情報に話を進めた。
少し離れたところから、別の部署の社員2人組の話し声が聞こえてきた。
「早く見つかるといいですよね、この子。」
「そうだよなあ、それにしても、若い男の子が誘拐される理由って何だろ?女の子だったら乱暴するつもりで、ってことも考えられるけど…今のところ身代金の要求の電話とかは来てないらしいよ。」
「いやあ、わかんないですよ。教師が小学生の男の子を性的に虐待してた事件もあるし。あの子、小柄でキレイな顔してるから、それで狙われたのかも。」
「そうか…どのみち、早く帰れるといいよな。」
「ホントホント、あんな若い子が知らないところで酷い目に遭ってるんじゃないか、って思うと胸が痛みますし。殴る蹴るとか乱暴までしてるんだったら、犯人は死刑でもいいぐらいですよ!」
会話を聞いていて焦りと後ろめたさを感じた貞は、2人組から目線を逸らした。
国彦が勤めていた工場には、不穏な空気が漂っている。
「クニちゃん、ホントにどこにいるんでしょうね?」
昼休みの喫煙所で、国彦の先輩にあたる高田が、上司の植野に話しかけた。
「ホントに。車に押し込んででも送ってやれば良かった…」
ふーっとタバコの煙を吐き出しながら、植野はうなだれていた。
「こないだ、クニちゃんと住んでる友達がこっちに来たんですけど、ホントに辛そうでしたよ。今も不安で仕方ないだろうなあ…クニちゃんとすっごく仲良しだったみたいだし…」
高田は吸い殻を灰皿に捨てながら、後輩の親友の身を案じた。
「ただいま。」
午後18時半、帰宅した冬也は誰もいない部屋で帰りの挨拶をした。
返事など返ってこないことはわかっていても、言わずにいられない。
国彦がここに帰ってきてくれるという希望を、まだ捨てられないのだ。
電気をつけると、生活感にあふれた狭いリビングがパッと明るくなる。
冬也はリビングの真ん中に置かれた安物の2人掛けソファに、ドカッと音が鳴るくらいの勢いで体を乗せた。
以前、これと同じことをしたとき、「それやってソファが壊れたらお前のせいだぞ。」と国彦に小言を言われたことを思い出した。
「国彦、どこにいるんだよ……」
肘掛けに頭を乗せて、ソファに寝転がった冬也の頬に涙が伝った。
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