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遭遇
こんなほほえましさすら感じる会話を誰かが聞いていることに、2人はまったく気づいていなかった。
──「クニヒコ」って呼んだな。あの子、男の子だったのか
クローゼットの中、ハンガーパイプにかかった服をかき分けて、壁に耳をぴったりつけて、甲貴はずっと2人の睦言を盗み聞いていた。
──やっぱり始まったな、お盛んなこった
隣人の親戚の子だというその子に、遊び半分でちょっかいをかけたところ、隣人の男が帰ってきた。
いつまでもそこにいたら面倒なことになりそうだったので、さっさと家に入って行く。
家に入ったら即座に壁の向こうから男の怒鳴り声が聞こえてきて、しばらく言い合いをしていたかと思うと、今度は喘ぎ声が聞こえてきた。
男にしては高い声だったから完全に少女だと思っていた。
ついさっき、その子が男の子だと知って甲貴は軽い驚きを感じていた。
──アイツ、ロリコンじゃなくてショタコンだったのかよ。しかも、親戚から引き取った子に手を出すなんて、あのオッサンろくでもないヤツだな
隣人の男への嫌悪感を強めるのと同時に、先ほど出くわした小柄な少年の、マスクをはずした顔を想像してみる。
目は大きくてまつ毛は長かったし、太めで平行な眉も愛嬌があって、好感が持てる。
茶色い髪はサラサラ艶めいていて、わずかに露出させていた肌は白くてなめらかだった。
だぶだぶの大きなマスクをしているように見えたが、あれはあの子の顔が小さいからだろう。
それを踏まえると、きっと「美少年」と形容したくなるような、キレイな顔つきをしているに違いない。
甲貴はそう推測していた。
甲貴は子どもの頃から、マスクをした人に興味をそそられる性質 だった。
マスクで顔の大半が隠れている人は、みんな美しく感じられた。
中学生の頃に好きだった同級生の女の子が、花粉症の時期になると必ずマスクをしていたことが影響しているのかもしれない。
バスや電車、スーパーなんかでマスクをしている人を見ると、自然と興味が湧いてきて、そばに寄ってみたくなる。
薄布の向こうに大きな秘密が隠されているような気がして、そこに興奮を覚えるのだ。
マスクを取ってみるとがっかりしてしまうような顔つきをしている人もいるが、あの子は違うだろう。
たとえ期待はずれな顔つきであっても、華奢な体つきや大きな瞳をしているのは確かだ。
顔が可愛ければ男でも女でも構わないという性的指向をしている甲貴は、まだ見たことのない隣人の男の子の肉体を想像した。
まだ幼さを残した体は丸みを帯びて柔らかく、乳首は陥没している。
全体的に色素が薄いみたいだから、乳首の色も薄いかもしれない。
唇はぷっくりしていて、口で奉仕されたら最高の気分だろう。
小さな手で男根を握らせたり、柔らかい腿やふくらはぎに男根をはさんで貰うのも悪くはない。
男同士のセックスは肛門を使うらしいが、甲貴はそれに抵抗があった。
そんなところに男根を挿入するなんて考えられないし、相手の体への負担も凄まじいと聞く。
肛門を使わずとも、性的に楽しめる方法はいくらでもある。
甲貴は尻たぶに男根をこすりつけて射精する、という楽しみ方を思いついた。
きっと、あの子は丸くて可愛いお尻をしているに違いない。
揉みしだくだけでも楽しそうだ。
18歳の子なら、あんなお高くとまった中年男の貧相でたるんだ体より、筋骨隆々な自分の方が望ましいだろう。
性急で情熱的な、激しい愛撫を悦んで受け入れるはずだ。
隣人の美少年が自分に組み敷かれている姿を想像すると、あっという間に勃起してしまって、ズボンが窮屈にさえ感じた。
昂った体を鎮めるため、甲貴はベッドに寝転がってズボンとパンツをずり下げると、そこで自慰を始めた。
──おじちゃんって意外と嫉妬深い人なんだなあ
余裕ある大人だと思っていた貞が、隣人の若い男と話しただけであんなに取り乱すなんて、国彦には意外だった。
──昨日のおじちゃんのアレはすっごいしんどかったけど、妬いてくれるのはちょっとだけ嬉しいかも…あ、そうだ!今日は天気がいいから、布団やシーツも洗濯しよう。おじちゃんとひっきりなしにヤッてるから汚れも溜まってるし。枕やクッションも干しておこう。おじちゃんのシャツもアイロンかけてあげなきゃ
連れて来られたばかりのとき、この部屋は最低限の家具しかない殺風景なところだった。
ここに来てから約3ヶ月経った今は、国彦用に貞が買ってくれた若者向けの服や靴、少年マンガや関連グッズがところどころに置かれていて、子ども部屋のような雰囲気を醸し出している。
出勤した貞を見送った後、国彦は洗濯を始めた。
洗濯を終えれば冷蔵庫の中を確認してからスーパーに向かい、今日の昼食と夕食を買いに行くつもりだ。
近所のスーパーまでは徒歩で約5分。
料理と買い物はすっかり国彦の役目となっていた。
貞はそのための費用もいつも多めに出してくれるし、余った金で食玩なんかを買っても文句ひとつ言わない。
貞は本当は和食が好みだが、国彦の好みに合わせてもくれる。
この日はスーパーに入る前に、少し寄り道していくことにした。
スーパーの近くにある書店やディスカウントストアをひと通り巡って、これから何を買おうかと考えながら歩いていく。
そうしているうち、マスクのゴムがかかっている耳が痛くなった。
正直な話、マスクをつけるのは好きではない。
こんなふうに耳の後ろが痛くなるし、鼻と口を塞がれて息苦しくなるし、つけてから10分もすると、すぐにはずしてしまいたくなる。
1月頃は防寒のためと思えば我慢できたが、4月ともなれば結構に陽気がいいから、マスクの内側も湿りやすくなった。
──ちょっとの間くらい、いいよね
国彦はマスクを取って、着ているジャケットのポケットに突っ込んだ。
そのときだった。
「あら?こんにちは、確かキミ、国彦くんだよね?名前を聞いたよ。」
声をかけられて絶句した。
隣人の津田甲貴だ。
どうして平日の真っ昼間からこんなところにいるのか。
いや、それを言うなら国彦も同じだし、彼は大学生だと聞いていたから、こんな時間にうろついているのも大して不自然ではない。
「キミの顔、初めてちゃんと見たけど、キレイな顔してるねえ。アイドルになれそう。」
あわててマスクをつけ直そうとしたが、手遅れだったようだ。
「……ありがとう。」
外見を褒められても別に嬉しくないはないが、念のため礼を言っておく。
「ねえ、今空いてる?こないだも言ったけどさ、良かったらウチに来ない?」
「友達と約束あるから…」
貞が隣家に苦情を入れたというのに、この男は懲りないのか。
それとも苦情がちゃんと届いていないのか。
内心イラつきつつ、国彦は甲貴の誘いを断ろうとした。
「へーえ、友達ってどこの人?」
甲貴の言葉に、国彦はムッとした。
暗にお前に友達なんかいるわけないと言われたような気がしたし、言い様がどことなくイヤミっぽく感じたからだ。
「教える理由無いでしょ。」
国彦が眉間にシワを寄せる。
「ねえ、キミの顔見て思ったんだけどさ、キミとあの眼鏡の人、ホントに親戚?全然似てないけど?ひょっとしてキミかあの人が養子とか、そんなカンジ?」
下衆の勘繰りもいいところな甲貴の質問には一切答えず、国彦はマスクを付け直して足早に去って行った。
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