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第3話 自信と不安
サークルの飲み会の後、すぐに響也 先輩からメッセーが届いた。颯紀 くんの連絡先と、先輩たちが知りうる限りの彼のこれまでの人生がそこに記されていた。
もちろん、それだって本人から聞いたわけでは無いから、それが本当か嘘かすらわからないし、もしかしたらそれは彼が周囲にそう思わせているだけであって、何か重要なことがもっと奥底に隠されているかも知れない。
そこを間違うと信用してもらえなくなって、本当に届きやすい状態へ持っていけないかも知れないから、俺はいつも依頼人の内面を深く知るように努めている。
颯紀くん本人とは、あの一度だけしか面識がない。けれども、俺は似たオーラを持っている梨花先輩を知っている。だからこそ、そのことが観察の邪魔をしてしまい、表面的なことで颯紀くんを判断する可能性があった。
そうなると、実際に調和させようとするタイミングで、変な思い込みに翻弄されてしまい、重要なところでミスをする可能性があるというのは予想できる。俺は、それを徹底的に潰しておきたかった。
「颯紀くん、同性の場合は慎重にいったほうがいいだろうから、颯紀くんと対象者のことを詳しく知りたいんだ。出来れば、二人が一緒にいるところに僕も同行させてもらって、その会話とか行動をチェックさせてもらってもいいかな?」
『わかりました。でも、二人で会うとなると映画に行くか、飲みに行くかなんですけど……後は部屋でゲームするとかですかね』
「えっと、颯紀くんは実家だよね。対象者は……快斗 さんだね。彼も実家暮らしってことであってる?」
『いえ、快斗は地元が少し離れてるから、大学の時から一人暮らしなんです。だから、快斗の家で二人で朝までゲームとかすることが多いですね』
「なるほど……」
俺は昼の休憩時間に、颯紀くんとチャットでのブリーフィングをしていた。本来は直接会って聞き取りをしたいところなのだけれど、次に二人が飲みに行く約束をしている日にちが明日で、颯紀くんが告白しようとしているのは、その時だと言うのだ。
あまりに時間が無くて、正直なところ引き受けたのを軽く後悔しそうになった。それでも、相手はお世話になった先輩の弟さんだ。恩を返したいと思い、できる限りのことはするつもりでいる。
そのため、今回は、ある程度のことはチャットで確認しておいて、それを元に、後から電話でのブリーフィングをすることにした。
ただ、颯紀くんからの情報だけで判断をするなら、この件はおそらく、ぶっつけ本番でもうまく行くだろうと俺は思っている。どう考えても、二人は両思いだとしか思えないのだ。
男同士で徹夜でゲームをするのは、よくある話かもしれない。二人で旅行をすることもあるかもしれない。でも、イベントに行くと手を繋ぐ、寒いからと抱き寄せられる等という、好きな人にしかしないであろう接触をされる事が、よくあるのだという。
もし仮に、快斗くんがそれを誰にでもしているのであれば、それは彼にとっては深い意味の無い事なのかもしれない。けれども、颯紀くんの話を聞く限り、快斗くんはどちらかというと控え目で、あまり積極的に人に接触することを好まないタイプらしい。
そんな彼が積極的に触れてくる、それだけでなく、二人で前向きな感情を共有しようとしているのであれば、それはおそらく恋だろうと俺は判断していた。
ただし、この話は颯紀くんサイドの話を聞いただけなので、まだ判断するには早い。快斗くんと颯紀くんが一緒にいるところを見て、そのオーラの形状や質感、色等を確認してから判断していく。さっきも触れたけれど、そうしないと思わぬ失敗を招く可能性が高くなる。
「颯紀くん、俺が付き添いする時って割とぶっつけ本番が多いから大丈夫だとは思うんだけれど、今回もし失敗しても、何度かチャレンジする気でいてもらってもいいかな? 最終的にきっちり調和できたら、成功するのは保証するから。気持ちを折らないでね」
俺は、いつもよりほんの少しだけ慎重になっていた。あの時の、あの低周波の抜け方がどうしても気になっていたからだ。あの感覚は、これまで一度も経験したことが無い。それに、音と振動は感じたのに、何も見えなかった。そんな現象は、これまでの付き添いの中に例を見ない。
前例が無いことが起きると慎重になるのは仕方がないし、それを予測することで対策が立てられるのだから良しとしたい。一抹の不安が過ったのは間違いないのだが、失敗することは無いだろうという妙な自信もあった。
『はい。わかりました。あの、俺の方こそ、やり切ったって思えるまでは、付き合っていただいてもいいですか?』
「うん。もちろんだよ。頑張ろうね」
颯紀くんの言葉を聞いて、俺は胸の中が僅かに温かくなるのを感じた。間違いなく成功するだろうということに挑戦しようとしているのに、どこまでも自信の無いその様子が、なんだか可愛らしく感じた。
『はい。よろしくお願いします』
仮にとは言え、うまくいかなかった時の話をしているにも関わらず、颯紀くんの声は僅かに弾んでいるように聞こえた。反応の仕方のズレが面白くて、俺は思わず吹き出してしまった。
『公音さん?』
颯紀くんはどうして俺が笑っているのかが理解できず、不思議そうに俺の名前を呼んだ。その声音に含まれているものに、思わず胸を掴まれるような感覚がした。それもまた、これまで経験したことが無いもので、俺は知らないことが起きすぎることに動揺した。
——このまま颯紀くんと話していると、明日もしかしたら失敗してしまうかも知れない。
そう思った俺は、「じゃあね。おやすみ」と言って、やや一方的に電話を切った。
「なんでこんなに不安なんだろうな……こんなこと、今まで無かったのに」
明日の夜、食事に行く彼らの近くの席に座って、会話を聴かせてもらう予定だ。その時、俺はじっとその音を聞き分けて、分析して、どれくらいオーラを近づけていけばいいかを決める作業をする。
そう言うことは、これまでにも何度か有った。竹内さんの時もそうだった。
十年来の友人への告白ということで、まずは対象者の梅野さんが、同性相手に恋愛の意識を持てるかどうかの確認が必要だった。そのために、依頼人の竹内さんの声やオーラの持つ波長を、恋愛感情がもつ波長とリンクさせて梅野さんへと届けた。
すると、それだけで、驚くほど簡単に話は良い方へとまとまっていった。
俺は存在しない気持ちをゼロから生み出すことはできない。でも、もし僅かでもそれがあるとしたら、そこに依頼人の気持ちがダイレクトに届くように道筋を立ててあげることが出来る。つまり、もともと梅野さんの中には、竹内さんへの好意が存在していたということになる。
梅野さんからの好意がいつの間にか竹内さんに伝わって、それが竹内さんの心の中で、自然と育っていったようだ。梅野さんはなかなかそれを伝えようと思っても行動に起こすことが出来ず、反対に竹内さんは早く伝えたくて仕方がなかった。
その違いがまるで竹内さんからの一方通行の片想いのように思わせていたのだが、本当は両片思いの状態が続いていたようだ。どちらかが言ってしまえば、すぐに両思いになれるという未来は決まっていた。ただ、それは簡単に出来ることでは無いから、梅野さんは告白に踏み切れずにいた。
「そうか、俺はお前を悩ませてたのか。俺が勇気を持って早く告白していればよかった。ごめんな」
竹内さんが俺に相談していた話をしたところ、梅野さんからそう言われたらしい。それを嬉しそうに報告してくれた竹内さんのように、颯紀くんにも幸せに笑ってもらいたい。
「明日も多分そうなる気がするんだよなあ……」
俺はモニターに映し出されている颯紀くんと快斗くんの笑顔の写真を指でなぞりながらそう独言た。
そして、その直後に生まれた心の澱に押されるように、はあーと長い息を吐き出した。
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