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第2話 生きる伝説の保護
結局、その日は妖怪召喚と紗月召喚の二つの線で動く方向で固まった。妖怪召喚なら担当部署が変わるからと、清人が事件を持ち帰ったのだが。
後日、連絡が入り、直桜たちで紗月の保護をすることになった。
『連絡しても返事がないんだ。メッセージを読んですらいなくってね。迎えに行ってあげてくれないかな。槐に持っていかれたら、癪だからね』
そう連絡してきたのは、清人ではなく陽人だった。
警察庁副長官を務める桜谷陽人は、確かに13課の後見人だが、実際の事件に自ら関わるのは意外に思えた。
(陽人にとっても、それだけ価値がある人間ってことなのか。まぁ、槐に持っていかれて癪ていうか、困る気持ちはわかるけど)
車の後部座席の隣に座りこんだ紗月を、ちらりと窺う。
恐らく、日頃から霊力をセーブしているのだろう。それでも常人の比ではない。目に見えない圧迫感は肌に痛いほど伝わってくる。
(抑えても漏れ出てくる感じなんだろうな。清人の抑制した霊力とは、まるで違う)
枉津日神の神子の子孫である清人も人並みならぬ霊力を有した人間だ。故に日頃から霊力を抑えているらしい。清人のセーブの仕方は意識しなければ気が付かないレベルだ。しかし、紗月は違う。
内側に秘めた底が見えない力に、恐怖すら感じる。
直桜をじっと見詰めていた紗月が、直桜に向かって手を出した。
「私のこと、知ってるんだねぇ。化野くんを男前にしたのは、君かな」
差し出された手を握る。
何となく気恥ずかしくて、顔を背けてしまった。
紗月が直桜と、運転中の護を見比べる。
「あーっと。二人はバディ、なのかな? 化野くん、バディ見つかったんだねぇ。良かったね。これで心置きなく仕事できるね」
絶対に違う事実に気が付いているはずだが、そこは言葉にしないで、紗月が護に話を振った。
「……ありがとうございます」
護の声が照れている。
恋人だと悟られていることに気が付いているんだろう。
「別に気を遣わなくていいよ。俺と護はバディで恋人。俺が直日神の惟神で、護はその鬼神。そんな感じ」
直桜の説明に、紗月が笑顔を向けた。
「そっか、恋人か。じゃぁ、正式なバディ契約も出来るね。鬼神ってことは、神紋を与えたのかな。だったら、一生、離れられないね」
耳を真っ赤にしている護をチラチラと覗きながら、紗月が嬉しそうに笑う。
「惟神や神殺しの鬼のこと、詳しいの?」
「そこまで詳しくないけど、私の大学の先行は郷土史と宗教人類学でね。今でも趣味で歴史系や神道系は調べているから。桜谷集落にも、実は一度だけ行ったことがあるよ」
「え⁉ いつ⁉」
思わず、前のめりになってしまった。
これだけ霊力が高い人間が外から来たら、流石に気が付くはずだ。
「大昔だよ。それこそ、君が生まれるよりずっと前にね。あの頃は私もまだ子供だったから、よくわかていなかったけど。今だったら興奮しまくりだったろうなぁ」
「そんなに興味があるのに、13課の仕事は嫌いなの?」
直桜の問いかけに、紗月は笑みを仕舞った。
「あくまで学問として好きなだけだからね。私の仕事は看護師であって、警察じゃない。ましてや術者としての肩書もない私が、13課に籍を置くのは、おかしな話だよ」
「霊能力者になってますよ、一応。あと肩書は、警視正です」
「なにそれ、胡散臭い。てか、警視正、まだ取り消されてないの」
護の説明を紗月が一蹴した。
「俺も霊能力者は、どうかと思うよ」
思わず正直な気持ちを漏らしてしまった。
「だよねぇ。まぁ、他に適当なのがなかったんだろうけど。それくらい、特徴がないってこと」
「13課の生きる伝説って聞いてるけど。充分すぎるくらい特徴あるよ」
紗月の視線がゆっくり護に向いた。
「化野くんは、恋人に何を吹き込んでるの? 化野くんがそういうことするなら、私も化野くんの黒歴史、瀬田くんに全部暴露っていいよね?」
「私じゃありませんよ! 忍班長や神倉さんや清人さんが!」
盛大にため息をついて、紗月が頭を抱えた。
「あの野郎共め……」
低く呟いた紗月の声は、先ほどまでとは別人のように響いた。
「関東地方一帯で一番強い生き物を召喚しようとして引っ掛かるって、相当だと思うんだけど」
直桜の話に、紗月がピクリと肩を震わせた。
「それを話したのは清人さんですからね!」
護が慌てて言い訳している。
よほど黒歴史を話されたくないのだろう。
「瀬田くん、ここは関東地方・東日本なのだよ。西日本だったら私は絶対に引っかからなかった! もっとやべぇ奴らがいるからだ! 更に関東だけでなく東北や北海道も含めていれば!」
「そういう問題じゃない」
直桜の肩を掴んでグワングワン揺らす紗月を呆れて眺める。
「桜谷さんからのメッセージは、見ていませんか?」
業を煮やしたのか、護が唐突に本題に入った。
紗月の手が直桜から離れた。
「見てなかった。気が付いてはいたけどね。どうせまた、碌でもない話なんだろうと思ったからさ。未読で消しちゃおうかと思った」
「まだ消してないんですよね。今、読む気もないですか?」
意味深な問いかけに、直桜には聞こえた。
「ん、ないよ。化野くんが話してよ。どうせこの、保護についての話でしょ」
「違うかもしれません」
「だったら猶更、読みたくない。必要もないよ」
「……そうですか」
車内に気まずい空気が流れた。
それを一蹴したのは、紗月だった。
「関東各地で起きている連続爆破事件。微量の妖気が絡んだ呪術が爆炎で飛散されているね。アレだと、雲を伝って雨に術式が溶ける。呪いの雨が降る。霊力の弱い人間は浴びただけで死に至るよ」
「呪いの雨?」
護の表情が強張っているのが、バックミラー越しに見えた。
「召喚の儀式の副産物さ。恐らく、今行われている召喚の儀式は十年前に集魂会が行っていたものを模している。召喚したいのは、私。だから君たちは私を保護しに来た、だろ?」
直桜に向かい、紗月が首を傾げる。
直桜は素直に頷いた。
「次の雨予報は三日後だ。それまでに惟神全員で浄化すれば大事には至らない。すぐに準備するといいよ。その間くらいなら私も大人しく、13課にいてあげるから」
「霧咲さんを召喚したがっているのが誰かは、知ってる?」
「反魂儀呪。さっき迎えが来たけど断った。あの組織、好きじゃないんだ」
紗月が窓の外に顔を向けながら答えた。
窓に映るその顔は冴えない。さっきまで楽しそうに話していた女性とは別人のようだった。
初対面の人間とも屈託なく楽しそうに話す辺りは、きっと人当たりが良い人だ。直桜にも気を遣わせない距離感を保ってくれる。
しかし、引いた一線を決して超えさせない。見えない壁が、紗月を囲っているように思える。
(まるで、ちょっと前までの自分を見ているみたいだな。けど、この人には、もっと別の何かがあるように感じる)
さっきの護との会話も意味深だった。
梛木が話していた通り、紗月はきっと「普通に生きたい」人間なんだろう。しかし、それとは別に何か、13課に所属したくない理由がありそうに思えた。
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