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第8話 呪いの雨②

「俺もやんの? 峪口(さこぐち)家の双子-ズが頑張ったら、終わるよね? 俺、結界張ったしさ。もう良くない?」  持っていた缶コーヒーを落としそうになりながら、清人が弱々しく主張する。 「清人も今は惟神なんだから、体感できるときにしといたっ方が良いって。この規模の浄化にあたることって、滅多にないよ」  説得する紗月とされる清人を眺めて、智颯が呟いた。 「藤埜家に枉津日神が戻った話は、本当だったんですね。俄かに信じられませんでしたが。しかも、神降ろしでなく魂重という難しい術法だと」  値踏みするような目で、智颯が清人を見詰めている。 「良かったよね~。これで惟神、全員集合じゃん。何百年振りの快挙? なんでしょ?」  瑞悠に振られて、律が頷いた。 「そうね。総ての惟神が揃う世代は滅多にないと聞くから、凄いことね」 「お会いした時から隠し持った力が凄い人だと思っていましたが、まだ何か隠していそうですね、藤埜統括」 「それは考え過ぎなんじゃない?」  呆れ半分に直桜は、智颯の言葉に相槌を打った。  さすがに清人自身に、これ以上の隠し玉はなさそうだ。 「それは、そうと、直桜様はバディを組まれたって聞きました。本当ですか?」  智颯の目が護に向いた。視線がかち合って、護がぺこりと頭を下げる。 「霊・怨霊担当の化野護です。お会いするのは、初めてですよね」 「怪異対策担当の、峪口智颯です。祓戸四神・三ノ神、気吹戸主神の惟神です」  護の挨拶に、智颯が俯き加減に挨拶を返した。 「俺は今月までバイトだけど、来月から正職員になるから、同時に正式なバディ契約する予定だよ」 「正式な⁉」  智颯が慌てた声を上げた。 「護は|直日神の惟神《俺》の鬼神だし、ちょうど良いだろ。時々なら二人で、怪異対策担当に手伝いに行くよ」  敢えて恋人という説明は省いた。何となく、高校生にゲイカップルの紹介は刺激が強いかなと思った直桜の配慮だったが。 「眼鏡、だからですか? 直桜様、集落にいた頃から眼鏡の男性によく惹かれ……、憧れていましたよね? タイトスーツも格好良いとか言っていたし」  智颯が小さな声で早口に捲し立てる。  顔が俯き加減で、表情が良くわからない。 「そうだっけ? 嫌いじゃないけど、そんな理由でバディ選ばないだろ。護だからバディになったんだ。眼鏡でいうなら、智颯の眼鏡もお洒落だと思うよ。それ、伊達だろ? 惟神って神力で視力落ちないし」    言い当てられたといった驚愕の表情を一瞬見せた智颯の耳が染まっている。  大人びた雰囲気になったと感じたのは、眼鏡のせいもあるかもしれない。高身長だし、元々整った顔をしているから、さぞモテることだろう。 「惟神同士でバディを組むのは、どう思いますか? やっぱり他の術者と組むべきでしょうか? 直桜様はそういうことも考えて、化野さんを選んだんですか?」  智颯に食い気味に言い寄られ、直桜は思わず一歩引いてしまった。 「そういう風には、考えなかったな。俺の場合、バディを選ぶというより護を選んだだけだから。護と生きるって決めたから、今、13課にいるんだよ」  「そう、ですか……」  しゅん、と俯く智颯を、どうしたものかと眺める。 「智颯は今、瑞悠と組んでるんだろ。双子だし、やりやすい面もあるだろうけど。慣れてきて他のスタッフに会えば変わるかもだし、今は所属したばっかりだから、その辺はまだ悩まなくていいんじゃない?」  顔を上げた智颯が、よくわからない顔をしている。何かに驚いているような、がっかりしているような、変な顔だ。  直桜は小首を傾げた。  気が付けば、隣に立つ護も智颯と同じような顔をしている。 「僕にも可能性、ありませんか? 直桜様とバディを組める可能性。僕もタイトスーツ、似合うと思いませんか!」  強い圧が迫って、直桜はもう一歩後ろに引いた。 「え? うん、似合うと思うよ。智颯、背が高くなったし細身だし、格好良いと思う。俺はもう、護とバディ組んでるから、ごめんな」    嬉しいような悲しいような複雑な表情をした智颯の肩に、護が手を置いた。 「良かったら、私と少しお話しませんか?」 「化野さんと話すことなんか」  一瞬、強い視線を向けた智颯に、護が耳打ちする。  智颯の目が、ちらりと直桜を窺った。 「まぁ、少しなら、話してもいいですけど」  護が直桜に目配せして、智颯を離れた場所に連れて行った。  首を傾げて見送る。  後ろの方で、瑞悠が歓喜する声が聞こえた。 「すごい、すごーい。藤埜統括、本当に初めて? 私ら、出番ないかもなんだけど」  パチパチと手を叩く瑞悠の目の前で、清人が不安そうな顔で神気を操っている。  両の掌を上に向け、バルーン大に輝く神気が粒子になって空の雲に呑まれていく。 「本当に、これでいいわけ? いつもの浄化と変わんないけど?」 「良き良き。清人はいつも通りにしておれば良い」  清人の背に掴まって、枉津日神が神力を放っている。 「そもそも神子なんだから、今までだって神気使って浄化してたようなもんでしょ。そう、大きくは変わらないよ。変わるのは、神気の絶対量の多さだ」  紗月が何気なく話す言葉が、直桜には引っ掛かった。 (紗月は清人が神子だと知っていたのか。それとも、誰かに……忍に聞いた? 一昨日の俺たちの会話も聞いてたみたいだし。そこで知った可能性はある。けど)  それにしても、惟神や集落の事情に精通し過ぎている。  さっき、流離が来られないと話した時も、碌に理由も聞かずに作戦変更にあっさり舵を切った。  人の事情に踏み込まないのは紗月らしいが、それだけではないような気がしてくる。 (紗月の霊元の特定、急いだ方がいいかもしれないな)  ぼんやりそんなことを考えていると、紗月が振り返った。 「これ、清人だけで終わりそう。直桜、ちょっと手伝ってよ」 「あ、うん。何すればいいの?」  紗月に駆け寄って、空を見上げる。  雲の隙間から神々しい光が漏れている。並々ならない量の神気が含まれているのは、一目でわかった。 「あれ全部、清人と枉津日神がやったの?」 「そうだよ! すごいよね! 量がやばい! まだまだ全然イケそうな感じとか、もっとヤバい!」  瑞悠が興奮している。  気持ちはわかる。直桜ですら、あの巨大な雲に同じ質量か、あるいはそれ以上の神気を昇らせるのは、骨が折れる。 「枉津日神がさ、やってみたいことがあるんだってさ」  紗月の言葉に、枉津日神を振り返る。  意味深な顔で、視線を送られた。普段、あっけらかんとしている枉津日神には似合わない表情だ。 「紗月に竜巻を起こしてもらう故、直桜の神力で後押ししてやってくれ」 「どうすればいい?」 「紗月の背に両の手をあてよ。紗月に直接、神気を流し込め」 「わかった」  枉津日神に言われた通り、紗月の背に手をあてる。目を閉じて神気を送り込む。 (ついでに霊元も、辿ってみるか)  気を研ぎ澄まして、紗月の体の隅々まで探る。 「んじゃ、いくよ~」  右手で紐を引くような仕草をして、腕を大きく空に伸ばした。紗月の手から生まれた風が、渦を巻いて徐々に大きくなっていく。  添えた左手から、白い霊気が竜巻に流れた。  その瞬間、紗月の胸のあたりに強い何かを感じた。 (今、直霊《なおひ》が、開いた……?)  それだけではない、四魂《しこん》が震えている。 (こんな状態、続いたら不安定過ぎて、魂が体から離れる)  思わず枉津日神を振り返る。さっきと同じような顔で、枉津日神が頷いた。  紗月の霊力が大きく膨れ上がる。それは清人が雲に込めた神気にも負けない量だ。普通の人間が流したら確実に致死量だと思った。 「えぇえ! ヤバイ! すごい! 竜巻が、雲を食べてるみたい!」    確かに、そう見えた。  竜巻が本物の竜のように畝って、神気を多分に含んだ雲を飲み込んだ。しっかり腹の中に収めた瞬間、パンと弾けた。  神気の残影が粒子のようにハラハラと舞い落ちる。雲が消え、陽の光が差し込むと、金色を纏った光の粒子が雪のように舞い降りた。 「綺麗……」  うっとりと見上げる瑞悠の隣で、律が息を飲んでいる。  同等に、清人も呆気に取られていた。  枉津日神だけが、満足そうにその光景を眺めていた。

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