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第10話 仙人の直霊術

 警察庁の地下十三階に戻ると、忍が食事の準備をして待っていた。  キッチンに持ち込まれた大きな鉄板の上では、肉が焼かれている。食欲をそそる、何とも良い音が響いている。 「ご苦労だったな。あれだけの規模の呪いの雨を事前の防いだのは、見事だった。枉津日神の惟神としての藤埜のポテンシャルを測るには、些か足りなかったようだが」  テーブルにステーキを並べながら、忍が淡々と語る。護がすぐにキッチンに入る。エプロンに描かれている猫のイラストが可愛いな、などと思いながら、直桜も護に倣ってキッチンに入った。 「手伝います」 「助かる。これを運んでくれ」  焼き上がったステーキをカートに載せる。まるで店のようだ。  護がそそくさとカートを運んでいく。  テーブルに着いた紗月と清人は、さっそく並べられた常陸牛と酒を物色していた。   「もしかして、清人の実力を測るために紗月に行かせたの?」  こっそりと忍に聞いてみる。 「それも、そうなんだが、どちらかというと名目だ。藤埜のポテンシャルの高さには、気が付いていたからな」  忍が直桜を振り返る。それから後ろを振り返る。  護が運んできた肉に夢中な紗月と清人を尻目に、直桜に視線を戻した。 「お前たちに指摘された話の方が、気になっていた」 「紗月の霊元の話?」  忍が鉄板の上の肉から目を離さずに頷く。 「何か、わかったか?」  忍の問いはまるで、直桜が何かを突き止めて帰ってくると知っていたようなニュアンスだ。 「紗月が霊力を使っている時、直霊が開いて四魂が揺れているように感じた。手から白い気が流れた後に、そうなった」 「白い、気?」 「うん。左手から煙みたいに流れて、自分の作った竜巻に吸わせるような仕草に見えたかな」  鉄板の上の肉をひっくり返し、裏側の焼き加減を確認すると、皿に移す。  直桜が塩コショウした分厚い肉を、また鉄板に載せる。 「霊現体の増強としては、よくある手法だな。直霊を開く術も、霊力を底上げし増強する法としては存在する。修験者や仙人が使う術だ。決して一般的ではないし、頻繁に出来る技でもないが、なくはない」  つまり紗月は仙人レベルの術を息を吸うようにこなしているということだ。  目の前にいる忍も使う術なのだろう。何せ忍は、役行者本人で、死ねないから千三百年も生きている、本物の仙人なのだから。 「そうなんだね。あとは、直日が起きたら聞いてみるよ。俺と同じ感覚を覚えているはずだから。直日の方がわかってると思う」  直桜の感覚は魂を通して直日神に伝わる。  何かあれば、直日神の方から伝えてくるだろう。紗月の中の違和感を指摘したのは直日神だ。 「寝ているのか?」 「うん。今日は一日、大人しいよ。紗月に初めて会った日は、引っ張られて出てきたって顕現してたけど、それ以降はそんなこともないし」 「そうか。今度また、酒でも酌み交わそうと伝えておいてくれ」 「わかった。きっと喜ぶよ」  直日神も枉津日神も、忍が小角《おづぬ》と呼ばれていた頃からの知り合いらしい。忍との訓練以降、直日神が忍と親し気に話している姿は、何度か目にしていた。 「忍さん、また肉、焼いちゃった?」  清人がキッチンに顔を出した。  心なしか、げんなりした顔をしている。 「もうすぐ今のが焼き上がるが?」  鉄板の上の肉を忍が指さす。  それを見て、清人が指でバツを作った。 「もう無理、もう喰えない」  忍が解せない顔をしている。 「まだ二十枚程度しか焼いていないぞ。しゃぶしゃぶは、これからだ」 「しゃぶしゃぶは、今日は無しでいいよ! またの機会にしてくれ」  悲鳴に近い声を上げる清人を忍が眺めている。  どことなく、がっかりしているように見えた。 「この厚さの肉を二十枚も焼いたの?」  優に五センチ以上はあろう肉の塊は、直桜の顔くらい大きい。  リビングを覗くと、既に出来上がっている紗月に護が絡まれていた。 「紗月が酒の方にスイッチ入ったから、食える奴がもういない。まだ五枚分くらい残ってるよ」 「それなら、仕方ないな。続きは後日にしよう」  忍がそそくさと片付けを始める。直桜もそれを手伝い始めた。 「手伝いは良いから、直桜も肉を食って来い。熱いうちが美味い」  最後の一枚を手渡される。  料理上手な忍は肉の焼き具合も絶妙だ。 「これを二十枚、いつもなら紗月は食べるってことだよね?」 「酒が入っていなければ、もっと喰うぞ。しゃぶしゃぶも今日で無くなったはずだ」  ぞっとした。  紗月の霊元は食欲なんじゃないかと思った。  忍がリビングを指さす。 「片付けは藤埜に手伝わせるから、気にするな」  指名されて、清人がキッチンに入る。  特に嫌がりもせず、洗い物を始めた。 「ゆっくり片付けるから、紗月のお守り、よろしくな」  解放されたような穏やかな顔で、スポンジに洗剤を垂らす。  よっぽど嫌な絡み酒でもされたんだろう。 「ああ、そういえば」  忍が思い出したように直桜を振り返った。 「直桜と化野が泊まれるように部屋を増やしておいた。確認しておいてくれ」  その言葉に、清人があからさまに反応した。 「は⁉ お前ら、同じ部屋で寝泊まりすんの?」 「一先ず、護衛の任のためだが……、藤埜の分の部屋も増やすか?」 「そうじゃねぇだろ!」  清人のツッコミに、忍が首を傾げる。 「ある意味で最も安全な二人だと思うが?」  忍の反応は正しい気がする。  直桜と護は恋人なワケだから、紗月に食指が伸びる危険はない。 「清人の部屋を作る方が危険だよね。危険でも、いいんだろうけど」  神子の子孫を繋げたい陽人の思惑からしたら、間違いが起こってくれた方がいいのだろう。清人が夜這いに入っても、紗月なら軽く一蹴しそうだが。 「俺は夜はちゃんと帰るよ」  小さく零れた言葉には、「泊まりたい」というニュアンスが丸見えだった。

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