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第11話 霊現体の武器

 サイコロ状に切り分けられ、山になった肉を肴に、紗月が幸せそうに梅酒を飲んでいた。何のかんの、清人も手を伸ばしている。  直桜と護の前にも当たり前のように出された常陸牛をしっかりいただく。ミディアムレアに焼かれた肉は、いくらでも食べられそうなほど美味かった。  忍特製のタレのお陰で、どんどんいける。改めて、忍の料理上手に舌を巻くばかりだ。 「ねぇ、怪異対策担当の三人は誘わなかったの?」  片付けを終えて戻ってきた清人と忍に紗月が問い掛ける。 「峪口の双子は高校生だから、酒がある場所に夜遅くまで置いておくのはダメだ。水瀬は声を掛けたが、先約があるそうで断られたぞ」 「そっか、残念だな」  忍の答えに、紗月はあっさり答える。  執着がないだけなのか、それとも紗月も律に会うのは気まずいのか。今の反応だけでは、よくわからなかった。 「紗月の霊力って、基本は風使いなの? 今日、竜巻作ってたよね」  直桜の問いかけに、紗月は首を捻った。 「風だけじゃないよ。何でもできる、かな。今日は竜巻が妥当かなって判断しただけ」 「何でも?」 「んー、自分が知ってたり、想像できるものなら、何でも霊現化できるから使える、みたいな感じかな?」 「自然現象も?」 「そうだね。原理を知っていると尚、使い勝手が良いね」  呆然としてしまった。  直桜も生まれ持った自分の霊力で雷と水が使える。雷はより使い勝手を良くするために建御雷神《たけみかずちのかみ》に稲玉を分けてもらい使い方を習った。水は竜神である罔象《みつは》の加護を貰っている。  どうやら紗月の霊力の使い方は、直桜とは根本的に違うらしい。 「俺も雷と水を使うけど、建御雷と罔象に力を分けてもらってるよ。そういうのとは、違うんだね」 「いや、そっちの方が凄いでしょ。私のは霊力コネてるだけだから」 「コネるって」  紗月が右手を出して、掌を上に向ける。  手の中にカッターナイフが現れた。 「こんな感じ」 「全然わかんない」  説明も手順も省いて結果だけを見せられた気分だ。 「私は今、頭の中でカッターナイフをイメージして、霊気を凝集して、掌の上に霊現体を作った。だから、ほら」  紗月が掌を下に向ける。  いつの間にかカッターナイフが消えていた。 「消したい時にいつでも消せる。仮にだけど、わざと刃がないカッターナイフを作ることも出来る。でも、歯が柔らか過ぎるとか切れそうで切れないとか、自分が具体的にイメージしずらいモノや出来ないモノは作れないワケ。今日の竜巻も同じ」  何となく、紗月ならではだなと思った。  知識が豊富でイメージ力がないと、この力はきっと活きない。 「誰でも出来るんだよ。私の特異な能力って訳じゃない。得手不得手とか向き不向きはあるけどね。化野くんは、同じ方法で大鎌、使ってたよね?」  そういえば、前に老人ホームに清祓(せいふつ)に行った時、護が居座っていた怨霊を大鎌で切り刻んでいた。 「今でも仕事で使っていますよ。紗月さんにコツを習って、使い勝手が良くなりました」 「後衛向きの直桜に合わせるなら、化野は武器を見直してもいいかもしれないな」  忍が肉を摘まみながら、さりげなく提案する。  ふむ、と空を見上げていた紗月の目が直桜に向いた。 「直桜の術がどんなのか、わからないと判断しずらいけど。確かに前衛なら大鎌じゃ勿体ない気がするね。ふぅむ」  直桜と護を交互に見比べて、紗月が口端を上げた。 「実際に確かめてみようか。忍、訓練場、出してよ」 「はぁ? 今からか? 紗月、酒入ってるだろ」  後ろでチビチビ飲んでいた清人が、あからさまに嫌な声を出す。 「こんな量じゃ飲んだうちに入らないよ。清人は私と組んでね。いつもの感じで、よろしく」 「俺はソコソコ酔ってるけどな……」  紗月に笑顔を向けられて、清人が逆らえなくなっている。 「藤埜・紗月組と模擬戦か。いいかもしれないな。特に直桜は実戦経験が乏しいから、今のうちに化野とのコンビネーションを確かめておくのは、大事だ」  忍にも促されて、先に返事したのは護だった。 「私は、やりたいです。清人さんと紗月さんに相手をしてもらえる機会は、滅多にありませんから」  心なしか、護の目が輝いて見える。   「護がそう言うなら、俺は良いけど。実戦経験どころか、この前の訓練で忍と対戦したのが初めてくらいの初心者だよ、俺」   誰かと霊力を使って戦うなんて環境は、自分の人生の中に無かった。  13課にいればそういう機会も増えるのだろうが。 「戦闘系の技術って、(すだま)・怨霊担当でも、やっぱり必要なの?」  比較的、安全な部署だと思っていたのだが、怨霊への緊急対処など考えると、多少は武力が必要になってくるのかもしれない。 「あるに越したことはない。それに二人には、新部署の増設を含めた移動も考慮している。いずれは鍛錬してもらうつもりでいた」 「なにそれ、聞いてない」  忍から飛び出したビックリ発言に、嫌な予感しかしない。  直桜の隣で護も頷いている。 「具体的なことは何も決まっていないから、伝えていなかった。あくまで可能性の一つとして頭に置いておいてくれ」  忍が直桜の頭をポンポンと撫でる。忍にされると、こういう仕草も嫌ではないから不思議だ。  忍が天井を見上げた。 「上の十二階を使うか。あそこは今、何にも使っていないから。広い方が、色々試せるだろう」 「いいね。早速、移動しよう」  やる気満々に紗月が立ち上がる。  その後ろを面倒そうな顔をした清人が付いていった。  紗月のやる気が、直桜には不思議だった。 「紗月って、13課の仕事や霊力使うのが嫌いなわけじゃ、ないんだね」  少し前の直桜は、惟神の力を使うことすら嫌だった。  今日の雨雲の祓いといい、仕事をしている紗月は生き生きして見える。13課の他の面子とも仲良くやっているように見えるから人間関係も悪くなさそうだ。 「むしろ、好きなんだろうな。でなければ、あそこまで強くはなれない。今でも鍛錬はしていると思うぞ」 「じゃぁ、どうして、13課に来るのを拒むのかな」  漏れ聞いた清人との会話で、何となくはわかった気がしていた。  死にかけた恐怖、裏切られた恐怖、見捨てられた恐怖。  色んな恐怖がトラウマになって、戻ってこられずにいるのだろうと思っていた。 (でも、そういうトラウマなら、怪異に関わる仕事自体できなくなってそうなのに)    少なくとも、自分から直桜たちの訓練を買って出たり、ブランド牛に釣られて浄化の仕事を引き受けたりはしなそうに思えた。 「紗月なりの理由があるんだろう。アレの本音を聞き出すのは、骨が折れる」 「忍も、知らないんだ? 聞かないの?」  忍が迷いなく頷いた。 「13課は文字通り、命懸けの職場だ。本人が望まないのに無理強いする気はない。手伝ってもらえるなら、ウチとしては大助かりだ。それでいいと思っている」  つまり忍は、突っ込んで聞く気がないということだ。確かに誰にでも聞かれたくないことの一つや二つはあるものだ。忍なりの優しさなんだろう。  けれど、それはきっと、忍だけの理屈だろうなと思った。 (陽人の想いは、ちょっと違いそうな気がする)  紗月が13課を、怪異を、あそこまで拒む理由は何なのか。  直桜の心に小さな棘のように引っ掛かった。

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