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第17話 怪異対策担当の狂犬と駄犬

 地下十三階に戻ると、白雪と剣人が待機していた。  紗月の姿に気づいた白雪が、遠慮なしに飛びついた。 「紗月ー! わーい、紗月だぁ! 会いたかった、紗月ー!」  抱き付いて来た白雪を抱えて、紗月がぐるんぐるん回る。 「おー、白雪だぁ。全然変わってなーい。むしろ若返ったんじゃないの?」  それは、幼くなった、ということなんだろうか。  白雪はどう見ても十八歳前後といったところだし、見目に比べて性格が幼い。 「紗月は変わってないね。見た目はちょっと老けた?」 「そりゃまぁ。多少はね」  三十六歳だと言っていた紗月も、見目は二十歳程度にしか見えない。多すぎる霊気のせいであまり老けないらしい。  じゃれあう二人を扉から身を半分出して剣人がじっと見詰めている。 「剣人、こっちにおいで」  気が付いた紗月が手を伸ばすと、剣人が思い切った顔でその胸に飛び込んだ。 「紗月さん、会いたかったです」  紗月にしがみ付いて、剣人が涙ぐむ。 「二人とも元気そうで良かった。刀との関係も、変わってないんだね」  安堵したような、それでいて心配そうな顔で、紗月が二人の気配を探る。  白雪と剣人はそれぞれ別件で紗月が事件現場から保護し、13課所属になった二人だ。  白雪は刀と同化して、剣人は刀に憑り付かれて、それぞれに今も生きている。 「変わってないけど、困ってもいないよ。紗月のお陰で、僕も剣人も刀と上手に付き合えてるから」  白雪の隣で、剣人も頷いている。 「そっか。それなら、良いんだけどね」  屈んだ紗月が二人の腹に手を添える。  その姿はまるで母親のようだった。 「二人とも、どうしたの? 紗月に会いに来た?」  直桜が白雪と剣人に歩み寄る。  白雪が直桜に抱き付いた。 「僕たちは、瀬田さんと化野さんが訓練している間の紗月さんの護衛です」  剣人がもじもじしながら直桜の袖をきゅっと握る。  二人の姿を見て、紗月が嬉しそうに笑った。 「二人とも直桜に懐いてるね。直桜は人誑しだなぁ」 「紗月に言われたくないよ」  この二人が直桜に懐いた理由は「直桜が紗月に似ているから」だ。  直桜自身は、自分がそこまで他人に好かれる人間だとは自覚していない。  そもそも、実際に紗月に会ってみると、「直桜が紗月に似ている」説も否定したくなるが。  白雪や剣人が言うところの「似ている」は性格や人格ではないのだろう。 (それにしても、この部屋にいても護衛って必要なのかな)  直桜たちが訓練している部屋はこの真上の地下十二階だ。特殊係13課が使用している地下フロアはすべて結界が張ってあるし、この十三階に至っては二重結界になっている。そこまでの厳重な護衛が必要とも思えないが。 (むしろ、紗月が逃げないように見張りって感じかな)  外敵に襲われる危険より、紗月が自分からこの部屋を離れる危険の方が高い気がした。 「はいはーい。直桜は、さっさと着替えて移動な。護は忍さんと先に準備してるから、合流するぞぉ。怪異対策担当のワンコーズ、紗月を頼むぞぉ」  既に着替えを済ませた清人が直桜たちを急かすように手を叩く。 「ワンコーズって」  確かに白雪と剣人は律にも「狂犬と駄犬」と呼ばれていた気がするが。 「いいの、いいの。僕ら、その呼び名、気に入ってるから。それより直桜、化野と結婚したんでしょ? 良かったね」 「おめでとうございます」  紗月に並んでソファに腰掛けた白雪が、直桜に向かって両手を広げた。  反対側の隣を陣取った剣人も、直桜に向かって拍手をくれた。  二人に真っ直ぐに祝福されて、照れた心持になる。 「正式なバディ契約、結んだだけ、だよ」  何となく、言葉が途切れてしまった。  気恥ずかしくて思わず口元を手で覆って目を逸らしてしまった。 「だから、それが結婚でしょ? 13課でも久しぶりだって噂になってたよ。優士と英里以来だって」  13課における正式なバディ契約は制度が婚姻に似ているため、通称で「結婚」と表現されるらしい。それは清人に聞いて知っていた。 「優士って、重田さんのこと?」 「うん、そうだけど?」  白雪が不思議そうに首を傾げる。 (重田さんの左手の薬指、指輪なんかなかった)  それはつまり、バディ契約をした相手が命を落としたか、術師として使い物にならない状態になっているかの、どちらかだ。 「重ちゃんのバディだった英里さんは、十年前に亡くなってるんだ」  押し黙った直桜を見兼ねてか、紗月が答えてくれた。  声は淡々としているが、重い何かを含んで聞こえる。 「だから直桜と化野くんのは、13課でも久々のお祭りなのだよ。会う人皆にお祝いされるはずだから、覚悟するんだね」  にしし、と笑って、紗月が振り返った。  憂いを含んださっきの声など吹き飛ばすように、いつもの明るい紗月の顔だった。 「……俺、こう見えて人見知りなんだけどな」  顔を隠す振りをして、直桜は自分の部屋に入った。 「十年前、か」  扉に凭れ掛かり、ぽそりと呟いた。  十年前の紗月召喚事件、反魂儀呪への潜入失敗事件、重田のバディの死、総てが十年前だ。   「未玖を保護した事件も、確か十年前くらいだった、よな」  護の腹の中で呪詛になりかけていた魂魄は護の元バディだった未玖のもので、人の霊を使った呪詛だった。未玖の魂魄を祓わせるために、清人は直桜を探し出して護のバディに付けた。  その未玖が呪術に使われそうになっていたところを護たちが保護した事件も、十年前だったはずだ。 (十年前に、大きな何かがあったってことなのか? それとも、ただの偶然? それにしては重なり過ぎてる)  思考を整理しながら、直桜は着替えを始めた。

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