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第16話 相棒締結式
「まずは辞令だ。瀬田直桜に警察庁公安部特殊係13課、霊・怨霊担当部署への配属を命ずる」
賞状のような辞令と警察手帳を渡された。
まるで警察官になったような気になって、感動する。
「続いて、相棒締結式を執り行う」
重田に呼ばれた護が、直桜の隣に並ぶ。
「じゃ、ここにサインして」
重田が指さした書類には、『相棒届』と書かれていた。
婚姻届のような書式の紙に、直桜は自分の名前を書いた。
(本当に結婚するみたいだな。なんか、緊張してきた)
書き終えたペンを護に手渡す。
硬い表情で受け取った護が、同じように名前を書いた。
「じゃ、後見人の二人も、名前を書いて」
清人と紗月が前に出て、それぞれに名前を書き記す。
「まるで清人と紗月が結婚するみたいだね」
ぼそりと零した直桜の言葉に、二人が同時に肩を振るわした。その姿を見て、重田が声を殺して笑っている。
「もっと言ってあげてよ、瀬田君」
楽しそうに揶揄っているあたり、二人の両片思い状態を重田も知っているのだろう。
(どれくらい昔から、ジレジレしてるんだろうな、この二人は)
紗月が重田の腹に肘を入れて戻ってくる。
腹を抑えながら重田が再度、直桜と護を呼んだ。
「ここに血判を押してね」
銀製のナイフをそれぞれに手渡された。
親指の腹を切って、名前の横に判を押す。
「互いの親指を、合わせてみて」
重田が自分の指で、親指と親指を合わせて見せる。
それに倣って、直桜は護の親指の腹に自分の親指を押し当てた。
「いっ」
一瞬、針に刺されたような、チクリとした痛みが走り、指から黒い煙が上がった。
「離していいよ」
そっと離すと、流れていた血も傷も消えていた。
「じゃ、この指輪をお互いの指にはめて」
重田が差したのは、書類の上だ。血判の上に一つずつ、指輪があった。
「この指輪、どこから……」
呆気に取られて呟く護に、重田が返事する。
「君たちの血と霊気が形になったものだ。二人の繋がりを表すものだけど、瀬田君と化野には、あまり必要がないだろうね」
重田が言う通り、惟神と鬼神という関係の直桜と護は、それ以上に強い繋がりが既にある。護の腹には直桜の神紋が刻まれている。
(それでも、こんな風にお互いに持てる物が形になるのって、ちょっと嬉しいかも)
護が指輪を手に取り、直桜の手をそっと握った。
「化野、左手、左手の薬指にはめるんだよ」
重田が慌てて護の手を止める。
「え? 左手の? 薬指?」
護の声が震えている。
緊張しすぎているのか、動きもカクカクしている。
「そう、自分の血判の上に浮かび上がった指輪を、相手の左手の薬指にはめるんだ」
重田が護の手をとり、握っていた直桜の手を離させて、改めて左手を握らせた。
「左手の薬指は霊元と繋がっている。指輪が消えるということは、術者としての死か、或いは人としての死を意味する。生存確認のためのアイテムだよ」
陽人の説明は合理的だが、雰囲気がない。
「桜ちゃん、もっと色っぽくやろうよ。そういう説明は、調印が終わってからでいいだろ。折角、化野がこんなに緊張してくれてるのに、雰囲気ぶち壊しだよ」
重田の苦言に、陽人が鼻を鳴らした。
「緊張を解してやろうと思ったんだけどね。間違ってはめたら、嵌め直すのは面倒だからね」
「雰囲気は大事だろ。ほら、化野、もっと緊張していいよ。一生に一度しかないバディ契約なんだから。愛する人に世界に一つだけの指輪をはめるんだから」
重田が護の緊張を煽っている。
「相変わらず優しい鬼畜だなぁ、重ちゃん」
紗月が小さく漏らした言葉で、何となく重田の為人が垣間見えた気がした。
(一見して柔らかい雰囲気の人だけど、中身は陽人と大差ないな、きっと)
直桜の緊張は一気に緩んだ。
「な、直桜、いいですか」
重田に煽られた護は、しっかり緊張感を取り戻している。
護の素直さに癒された。
「うん、いいよ」
自分から左手を出して、護が掴みやすいように指を開く。
直桜の誘導で、護は無事に直桜の指に指輪をはめた。
次いで直桜も自分の指輪を取り、護の左手の薬指にハメる。
直桜があっさりやってのけたので、重田は少々物足りない様子だ。
「瀬田君は緊張とか、あまりしないんだね。中々に肝が据わっている」
「陽人が茶々入れるまで、緊張してたよ。あれで、解れた」
解れた本当の理由は紗月の一言だが、それを言うと面倒そうなので、言わない。
不服な顔をする重田が陽人を振り返る。何故か陽人が得意げな顔をしていた。
「この指輪、赤いんだね」
自分の指にはめられた指輪を眺める。
「その色は、瀬田君と化野の霊気が混じった色だよ。二人でしか出せない色、文字通り、世界に一つだけって感じだろ」
重田が嬉しそうに説明してくれる。
「重田さんて、ロマンティックな発想する人なんですね」
指輪交換中の雰囲気重視宣言といい、今の発想といい、どこか乙女チックだ。
「こういうのは、雰囲気が大事だからね」
にっこりと笑顔を向けられて、何も言えなくなった。
「ともあれ、これで相棒締結式は終了だ。直桜と化野は今日から正式なバディだ。後悔しても、僕はもう何もしてやれないよ」
直桜を見詰めて陽人がほくそ笑む。
「後悔なんかしないよ。むしろ、バディ契約しないで護を誰かに取られるほうが後悔する」
言い切った直桜を、陽人が驚いた顔で眺める。
「男前だなぁ、瀬田君。その爪の垢、煎じて清人に呑ませてやってくれないかな」
「なんで俺なんすか、重田さん」
「ええ? それ、聞くのかい? この場で、言っていいのかい?」
「ちょっと!」
じゃれ合う重田と清人を呆れ顔で眺めていた紗月が、護を突いた。
「どうした、化野くん。指輪、何かあったか?」
じっと自分の手を見詰めていた護が不意に顔を上げた。
「あ、いえ。これで正式にバディなんだなと実感して。直桜と、これからもっと一緒にいられるんだんと思ったら、色々込み上げて」
泣きそうな顔になる護の頭を直桜は思わず抱きかかえた。
「何してる? 直桜?」
忍に諭されるが、手を離さない。
「護の可愛い顔は、誰にも見せたくない」
小さい声で忍にだけ聞こえるように言ったつもりだったが、遠くで重田が吹き出した。
「瀬田君も相当ロマンティックだよ。愛が深いなぁ」
直桜と護の間に陽人が立って、二人の頭を撫でた。
「まさか直桜がこれほど他人に執着するとはね。化野の不遇の時も、これで少しは報われるかな」
陽人の声は、いつもより柔らかく聞こえた。
ぐいと引かれて、直桜と護が陽人を見詰める。
「二人とも、これからの13課を頼むね。前にも話したが、僕はお前たちに期待しているんだ。相応に応えてもらうよ」
いつもの陽人の声が、直桜と護を鼓舞するように響く。
直桜も今日ばかりは表情を引き締めて、護と共に深く頷いた。
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