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第24話 十年前の事実

 シャワーを浴びて一息つくと、直桜と護はまたベッドに横たわって絡まっていた。  腕を背中に回して、足を絡み合う。  肌と肌を寄せ合って、気怠い体を預け合った。 「枉津楓と、どんな話をしたんですか? 何か、言われましたか?」  直桜の髪を梳きながら、護が心配そうな声で聞いた。 「爆破事件の真犯人。反魂儀呪じゃなくて、集魂会らしい」  護の指が動きを止めた。 「それは、虚偽ではなくて? 13課を欺くための罠かもしれません」  護の疑いは尤もだ。初めは直桜も、同じ考えが頭を過った。 「恐らく、それはない。証拠資料、貰ったよ。あの様子じゃ、集魂会が再結成する前に13課に潰させたくて焚きつけてきたんだ。何より、十年前の事件が絡んでるみたいなんだ」  動きを止めていた護の指が、ピクリと震える。 「やっぱり、知らなきゃならない。十年前の大事件の真相。知らないと、先に進めない」 「直桜……」  さっきより憂いを帯びた声に、直桜は護を見上げた。 「護はどこまで知ってるの? 俺に話してくれたのが、全部?」  紗月を保護した日、事件のあらましは簡単に聞いた。  反魂儀呪の儀式の現場に潜入した捜査員を助け出すために、陽人率いる一隊が飛び込んだ。陽人は紗月に銃口を向ける羽目になって、殉死した職員も出た。  他の現場を優先した清人と護は到着が遅れて、全員は助けられなかった、という話だった。 「凡そ総てです。自分が見たもの以外は、あまり知りません。あれは13課にとっても大事件でしたし、内部でも有名な話ですが、伏せられた真実が多いのも事実です。清人さんは、恐らく私より詳細な話を知っているでしょうけど」 「どうして、清人は知ってるの? 護と一緒だったんだろ?」 「清人さんは先行して桜谷さんの部隊を援護しに行きましたから。私はまだ経験が浅くて、置いて行かれてしまったんです」  護が眉を下げて気まずそうに笑んだ。  それはつまり、清人が護を守ったからだろう。  これからを担う年若い術者を危険に晒さないよう守るのもまた、上に立つ者の務めだ。何より清人は、そういう人だ。 (けど、置いて行かれた護は、悔しかっただろうな)  今の直桜なら、素直に悔しいと思う。当時の護の気持ちを考えると、胸が締まる。 「その時、清人が守ってくれたお陰で、俺は護に会えたのかもしれないね」  もし、あの現場にいたら、護も死んでいたかもしれない。陽人に殺されていたかもしれない。そう考えたら、もっと辛い気持ちになる。  護の腕が直桜を頭を抱き包んだ。 「そんな風に考えるなら、清人さんに感謝しないといけませんね。今のこの幸せは生きているからこそ感じられるものですから」  いつもは冷たい護の指が、今日は少しだけ熱い。  生きている熱を感じた。 「やっぱり俺は、そんな風に感じてくれる護が好きだよ」  好きだから殺したいと話す楓の気持ちには、共感できない。  生きて触れ合う幸せを共に感じてくれる護だからこそ、愛おしいと思う。  「枉津楓と話したのは、爆破事件だけですか?」  護の声が、何となく怯えて聞こえる。  直桜は首を振った。 「十年前の事件現場に、楓はいたんだ。少しだけ、話を聞いた」 「どんな、話を?」  護の声が強張っている。こういう所まで不器用で正直だなと思う。 (そういう護だから、俺は好きなんだけど)  楓と話した後だからなのか、久々に触れ合っているからか、どうにも今は愛おしさが溢れて止まらない。  護の言葉も仕草も総てが好きだと感じる。 「潜入捜査に入っていた仲間を殺したのが、陽人だって」 「それは、呪詛で操られていただけで、桜谷さんの意志ではありません」  護が自分の口を手で覆った。  見上げた直桜から目を逸らす。  諦めたように肩を落として、護が直桜の頭に顔を埋めた。 「ごめんなさい、直桜。私は、知っていました」 「うん、そんな気がしてた。俺に遠慮して言えなかったんだろ。陽人も口止めしただろうし」  護が何度も首を振る。 「直桜に話すなと桜谷さんに口止めされていたわけじゃない。私が直桜に話したくなかったんです」  直桜にとって親族である陽人の汚れた過去を隠したがった護の気持ちは、理解できた。直桜を傷付けないための配慮だったのだろう。 「護は清人に置いて行かれたのに、どうして知ってるの?」 「……追いかけたからです。どうしても待っていられなくて、清人さんの後を追って飛び込んだ。だから、私が見た現場は……、もう、何もかもが、終わったあとで」  当時を思い出しているのか、護の言葉がとぎれとぎれになる。 「何の役にも、立ちはしなかったんですよ」  直桜は護の手を握った。 「護はそこで、何を見たの?」 「私が到着した時には、既に反魂儀呪の姿はなくて。その場に残っていたのは、紗月さんを抱きかかえる清人さんと、銃を手に項垂れた桜谷さん。それに」  言葉を止めて、護が目を伏した。 「既に息絶えた英里さんに覆いかぶさる重田さんの姿と。倒れた榊黒さんです」  直桜は息を飲んだ。  英里はきっと十年前の事件で亡くなったのだろうと考えていたが、その場に優士もいた事実に愕然とする。 「英里さんて、重田さんのバディで奥さんだって聞いた。英里さんを殺したのは……」 「……呪詛に操られた桜谷さんだと聞きました」  直桜が残した沈黙を埋めるように護が答える。 「あの場所には、私を含めて七人しかいなかった。何が起きたのかは清人さんが後から教えてくれたんですが、あの現場で起きた事実には緘口令が敷かれました」 「じゃぁ、知ってるのは13課の中でも紗月を含めれば五名だけ?」  護が悲痛な面持ちで頷く。 「忍班長と神倉さんは勿論、事情を把握しています。それ以外で知る者は、桜谷さんと重田さん、清人さんと紗月さんと、私だけです」  直桜の中で腑に落ちた。  陽人が何故、護を特別に可愛がっているのか、実のところ不思議だった。自分のターニングポイントともいえる事件に関わっていたからなのだろうと思った。 「助けるために踏み込んだ現場で、自分の手で仲間の霊元を壊して死なせてしまった事実を、桜谷さんは今でも悔いています。だから、立場を欲しているんです」 「立場?」  直桜の問いかけに、護は目を伏した。 「あの時、上に許可を得るのに時間が掛かって突入が遅れたんです。もし、もっと早くに突入できていたら、久我山あやめの準備が整っていなかった筈でした。桜谷さんに呪詛が掛かる可能性も低かった」 「久我山あやめ……。陽人に呪詛を掛けたのは、あの女ってこと?」  久我山あやめは反魂儀呪のリーダー兼巫子様で、槐と楓の母親だ。  集落にいた頃、直桜も面識がある。直桜に向かい「災禍の子」と言い放った女だ。 「直霊術を操る桜谷さんは、本来なら呪詛を跳ね返す術を持つ。そんな桜谷さんに呪詛をかけた久我山あやめは、呪物そのものです」  桜谷集落の代表である桜谷家が代々継承する直霊術は、魂に干渉する術だ。呪詛くらい容易に跳ね返す。  直霊術に長ける陽人に呪詛をかけられるくらい、久我山あやめの呪術が勝っていた、ということだ。 (楓が自分の母親を巫蠱の腹と呼んでいた。呪い、そのもの……) 「修吾おじさんが根の国底の国に抑え込んでいるのは、久我山あやめ?」  口を吐いて出た推論に、自分で驚いた。しかし、そう考えれば、納得できる。 「それについては、私も詳細を知りません。ですが、私も直桜と同意見です。だから、確かな事実を知りたいんです」  護の目が、直桜を見詰める。  直桜はスマホを取り出した。 「陽人にアポ取る。なるべく早くに、話を聞かないと」  急いでメッセージを送り、飛び起きた。 「陽人が生き急ぐみたいに出世してる理由、知れて良かったよ。話してくれて、ありがと、護」  本来なら出世など見込めない13課から副長官まで異例の速さで上り詰めた。その動機が、もう誰一人死なせないため、13課の特殊な術者たちを守るためなのだとしたら。 (陽人の役に立ってやろうって、少しは素直に思える)  直桜は護を振り返った。 「護、そろそろ服、着たほうが良いかも」  護が起き上がり、直桜に倣って服を着始める。 「この気配、気のせいではなさそうですね。どうしますか?」 「乗ってみようかなと思うんだよね。タイミングが良すぎるし。今回に限り、反魂儀呪は13課の味方らしいよ」  護が、あからさまに険しい顔をした。 「13課ではなく直桜の味方の間違いでしょう。念のため、清人さんに連絡しておきます」  手早くメッセージを送信して、護が気配を探る。  腰掛けたベッドの上に、丸い呪印が現れた。 「派手な迎えだね。呪術を使える工作員がいるんだ」 「悠長ですね、直桜。かなり危険な賭けですよ」 「連携訓練の成果、試せるかもよ?」 「そんな危険な試用はいりませんよ」  護が眉間に皺を寄せて頭を抱える。  呪印が赤く光り、やがて黒い靄が上がった。ベッドに穴が空いて、直桜と護は黒い闇に呑み込まれた。

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