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第27話 意外な真犯人
「なら、行基を呼び出した人がいるってことだよね。今回は何で呼び出されたの?」
直桜の質問に、蜜の顔色が変わった。
「それが、もう一つの交換条件だ。俺たちの仲間を止めてほしい」
直桜は護と顔を見合わせた。
「正確には、止めるのを手助けしてくれりゃぁいい。アイツは13課も反魂儀呪も潰そうとしてる。それじゃぁ、十年前と変わらねぇ」
楓の思惑は直桜の予想通りだった。
反魂儀呪と肩を並べる集魂会が本気で潰しに来たら、さすがの槐も手を焼くはずだ。13課と反魂儀呪を同様に狙う敵ならば、武力に長ける13課に潰してもらうのが得策だろう。
だが、集魂会は噂に聞くような組織とは違った。あくまで行基は行き場のない人や妖怪の生きる場所を守ろうとしている。
「最近多発してる連続爆破事件、アレは集魂会の仕業だって聞いた。本当なの?」
行基が俯きがちに頷いた。
「霧咲紗月を召喚するための爆破だ。それ以上に大きな獲物を釣るための贄としてな」
「それじゃ、十年前と同じだろ。なんで、そんなこと」
「模倣しているから、同じになる。だが、本気で召喚するつもりは、恐らくない」
「恐らくって、どういう意味だよ」
割って入った黒介の言葉に問い掛けながらも、直桜の言葉は弱くなった。
(実際に紗月を召喚したのは、集魂会だった。紗月を贄にして大きな儀式をしようとしていたのは、反魂儀呪だった。両方の事件を知り得て、実行できる人物は、多分、一人しかいない)
俯いた直桜を、護が心配そうに覗き込む。
「呪術や妖力を混ぜた爆破事件を起こせば、13課は十年前の事件を想起して紗月を保護するよな。それは逆に、紗月を手が届く場所に軟禁したかったからか」
「直桜……?」
護が心配そうに手を伸ばす。
「バディの正式契約の調印式から二週間前って言ったら、ちょうど紗月を保護した頃だ。同じ時期に、警察庁に戻ってきてる。偶然じゃなかったんだ」
直桜に向かって伸ばした護の手が、ぴたりと止まった。
顔を上げて、直桜は行基に向き合った。
「行基を召喚したのは、重田優士か。紗月を贄にして召喚したいのは、十年前に速佐須良姫神の惟神が根の国底の国に葬った、久我山あやめ。あの呪物を使って、13課と反魂儀呪を潰そうとしている」
行基が驚いた顔で直桜を眺めている。
「優のこと、やっぱり知ってたか。しかし、この会話だけで気が付くとは、頭の回転、速ぇなぁ。それとも前から目星でも付けてたかい?」
直桜は首を振った。
「出来れば、違ってほしかったよ。紗月も陽人も、重田さんのこと、大事な仲間だと思ってる。俺だって、これからも二人の大事な仲間でいてほしい」
直桜自身は優士と一度きりしか会っていない。
それでも、調印式の場で、紗月が、陽人が、どんな顔で声で優士と話していたか、はっきり覚えている。
(楓が言ってたのは、こういうことか。心がバキバキに折れるのは、紗月だけじゃない、陽人もだ)
「優は俺と同じ、理化学研究所の出身なんだよ。彼も俺とは違う特異性を持ってるけど、社会に出られる範疇だ。だから、13課に入った」
蜜の言葉に直桜は顔を上げた。
「どういう意味?」
「優には人工的に霊元が移植された。でも十年前の事件で桜谷陽人に霊元を壊されてしまった」
「え……?」
直桜よりも、護の方が怪訝な顔をしていた。
「でも、重田さんは十年前の事件の後も、時々には13課での仕事に出向いていました。その時は、ちゃんと霊力があって」
蜜が悲しそうな顔で微笑む。
「もう一度、移植したんだよ。死んだ奥さんの霊元をね」
「そんな……」
絶句する護の隣で、直桜が呟いた。
「それって、陽人がやったんだろ。霊元の移植は、魂に干渉する術だ。誰にでも出来るものじゃない。理化学研究所には、今でも出来る人がいるの?」
それこそ、直霊術が使える人間でなければ不可能だ。
蜜が首を振った。
「俺も詳しくは知らないけど、多分、いない。そもそも霊元自体が、本来なら理化学研究所の守備範囲外だからね。優が生まれた当時、変わり者の科学者がいた、程度にしか知らないよ」
直桜は両の手を強く握った。
(重田さんは陽人に奥さんを殺されてる。13課を潰したい動機は充分だ。だけど、本当にそれだけか? 陽人が呪詛で操られていたことだって、知っていたはずだろ)
状況証拠は揃っているのに、何かが引っ掛かる。
「あのさ、十年前に理化学研究所を爆破しようとした人って、今でも生きてるの?」
ぽそりと零れた直桜の疑問に、皆が息を飲んだ気配がした。
「……死んだよ。事故みたいなものだった」
短い言葉で、黒介が答えた。
皆の顔を見まわす。それ以上は答えてくれそうにないと思った。
「そう、わかった」
直桜は立ち上がり、行基を振り返った。
「重田さんの件は、交換条件に含めなくていいよ。俺たちの問題でもあるから。もう一度、ここに来る。その時は、紗月の魂の件、詳しく教えてもらうよ」
「今じゃなくていいのかい?」
行基が不思議そうな顔をする。
「俺たちがここでの会話を誰にも漏らさないって、今じゃ証明できないだろ。だから、次で良いよ」
ぽかんと口を開けた行基が盛大に笑った。
「そうかい、そうかい。そんじゃ、コレを持っていきな」
白い蛇の根付が付いた木札を投げて寄越した。
「ウチの鍵だ。来たいと思ったらそれ持って念じればいい。迎えに行くぜ」
つくづく家庭のようだなと思って、直桜は吹き出した。
「ありがと。重田さんの件、何かあったら力を借りるよ」
行基が手を上げた。
護に掴まり、体をぴたりと添わす。視界が白くぼやけて空間が凝集していく。
「やっぱり乗ってみて、正解だったね」
護の空間術で移動しながら呟く。
「そう、ですね」
歯切れの悪い返事をする護に、それ以上は何も言えなかった。
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