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第32話 惟神を殺す毒

「二柱の神様に会ってから、時々話し掛けてくれるようになったんだ。あ、言葉ではないんだけどね。でもね、もう一個、課題があって。十年前に反魂儀呪に贄にされそうになった時、魂に呪詛を掛けられてるんだわ。それ、解けてないの」 「はぁ⁉」  ははっと笑う紗月に、思いっきり近付いた。  胸に耳をあてて、心拍と魂の鼓動を確認する。 (魂の鼓動が聞こえない。かなり厚い膜を張られているような感じだ) 「そんなにピッタリくっ付かれたら照れるよぉ」  くねっと体を動かす紗月の顔を見上げる。 「なんで、もっと早くに教えてくれないワケ?」 「誰にも解けなかったんだよ。命に係わる不具合はないし、何かの罠が仕込まれているかもしれないから、そのままになったんだ」  清人がやや不機嫌気味に直桜の体を紗月から離す。  直桜は清人の手を振り払って、紗月の胸に手をあてた。 「罠があるならそれも含めて全部、浄化すればいい。跡形もなく、消してあげるよ」  当てた手に神気を込める。 「おい、直桜! 何の下準備もなく始めるのは危険だ」 「清人は紗月と俺の外の気を浄化して。俺が取り込んで、聞食すから」  清人の言葉は無視して、手から紗月の中に神気を送り込む。  魂に絡まる呪詛を溶かすようなイメージで、神気を絡めていく。 (この呪詛を掛けた奴の呪力を知ってる。久我山あやめ、伊豆能売の魂を贄に使うために、本当は紗月の中から魂だけ取り出すつもりだったんだ)  あの女なら、紗月に伊豆能売が移植された事実を知っていてもおかしくない。その頃は、八張の妻として集落に身を置いていたはずだ。 (伊豆能売ほどの高位の魂を使った儀式で、一体何がしたかった?)  直桜の神気が呪詛ごと紗月の魂を包み込む。  剥がれ落ちるように、呪詛が解ける。  当てた手から、直桜の中に呪力が流れ込む。  脱力した紗月の体が、後ろに倒れた。護が咄嗟に背中から支える。  護に体を預けた紗月は、目を半開きにして呆然としていた。 (紗月の中の呪詛は全部、取り込んだ。体の中も全部、俺の神気で満たして浄化した。もう、大丈夫……)  どくり、と心臓が下がるような嫌な気配に襲われた。 「っ!」  吐気がして、口を手で押さえて蹲る。 「直桜!」  護の叫び声と同時に、清人が直桜に寄る。 「だから無理すんなって言っただろ」  背中に手をあてて、清人の神気が直桜の中を浄化する。  頭の中に、何かの映像が見えた。  まるで、古い時代のテレビのような、ざらついた画面が脳に浮かび上がる。 『巫蠱の腹からは蠱毒が生まれる。私の可愛い蠱物たちが、いずれお前を殺すだろう。災禍の種、忌子、お前さえ生まれてこなければ、直日神は惟神を得なかった』  目の前に、いないはずの女の顔が浮かび上がる。 (久我山あやめ、何でアンタは、そこまで俺を……)  意識が遠くなり、途切れ始めた。  いないはずのあやめの手が、直桜に伸びた。 『お前はきっと、大切な者を守る。お前を守るはずの鬼の腹内の魂魄、伊豆能売の魂に絡まった呪詛。取り込んで聞食して浄化するだろうなぁ。それこそが、惟神を殺す毒よ』  あやめの手が直桜の首を掴み、締め上げる。 『根の国底の国で待っているよ、直桜。お前が直日神を手放すその日まで、ずっと。ずっと呪い続けてやろう』  あやめの両手が直桜の首を絞める。  息ができずに、意識が途切れる。 (惟神を殺す、毒……。護にも、紗月にも、出会う前から俺を殺すために、仕込んでいたのか? まるで、未来が視えているみたいに……)  闇雲に腕を振り回す。直桜の背中から神気を送り込んでいた清人の手を振り払った。 「俺に、触れないで、清人。誰も俺を、浄化しちゃ、ダメだ。死ぬかも、しれな……」  直桜でこの状態だ。他の術者では、本当に死んでしまう。  清人が咄嗟に手を離した。 「直桜! しっかりしてください、直桜!」  護が直桜に手を伸ばす。  意識が途切れて、視界がズレる。 「あの、魂魄と、同じ、だ。惟神を、殺す、毒。惟神は、俺に、触れるな」  何か少しでも手掛かりを残したいのに、口が回らない。  意識が徐々に遠くなる。 「浄化して、すぐ、戻る……」  そこで、直桜の意識は途絶えた。

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