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第41話 直霊術の霊銃

 突然、頭上でパァンと何かが弾ける音がした。  直桜のすぐ脇で、風が走った。 「うわっと」  優士が身を逸らした瞬間に、直桜の体を護が攫った。 「大丈夫ですか、直桜」 「うん、何とか。あれ、喋れる……」  護が優士から距離を取る。後ろに紗月と清人を庇う形をとった。 「すみません、油断しました。ですが、もう大丈夫です。強力な助っ人が来てくれましたから」  直桜の前に、陽人が立っていた。  右手に持った銃を優士に向けている。 「霊銃を使うのは数年振りだよ。まさかまた、お前に向ける羽目になるとはね」  優士がゆっくりと立ち上がり、両手を上げた。 「やれやれ、桜ちゃんが来ちゃったら、流石にお手上げだね」  笑ってはいるが、優士の顔にさっきまでの余裕はなかった。 「重田さんの言霊術は完全に防ぎきれない、ある意味で無敵とも呼べる術ですが、その牙城を唯一崩せるのが桜谷さんの霊銃です。さっきのように魂に作用する直霊術を広範囲に展開できます」  護の説明には、納得できた。  魂に直接呼びかけて、脳を刺激して起こすようなイメージだろう。 「ある! まだあるよ、重田さんの言霊術を解く方法。さっきの護の、惟神の毒を解毒した術。重田さんの言霊術は、あの毒と原理が似てる」  直桜の言葉を聞いて、陽人が小さく息を吐いた。 「だそうだよ、シゲ」 「あーぁ、随分簡単に解毒しちゃったね。毒の方は別に構わないけど、俺の言霊術まで解かれちゃうと立つ瀬がないなぁ」  優士の目線が、清人と紗月に向いた。 「さっちゃんには少し強めに術を掛けたんだ。本気で来られたら、俺じゃ勝てないからね。放っておいても数時間すれば起きると思うけど、今すぐ起こしたいなら化野の術を試してみるといいよ」  優士に促されて、直桜と護は身を引いた。 「重田さんにそういわれると」 「二重三重の罠がありそうな気がして、迂闊にできませんね」  二人の様子に、陽人が呆れた息を漏らした。 「無駄な罠を張るから、無駄に警戒されるんだよ。保護してほしいと、大人しく僕に泣き付いておけば済んだ話だろう? 何がしたかった?」  陽人の言葉に棘を感じる。  怒っても当然の場面ではあるが、珍しいなと思った。 「桜ちゃんこそ、瀬田君の付き添いなんて回りくどいやり方で俺を地下に誘い込んだりしないで、堂々と逮捕すれば良かったんじゃないの?」  陽人の目が冷たく優士を見下ろした。 「逮捕? 何の話か、わからないな。僕は自分の秘書官に仕事を与えただけだよ。だけど、どうにも厄介な呪術が刻まれているようだ。ねぇ、忍、梛木」  陽人が部屋の入口に目を向ける。  いつの間にか、忍と梛木が立っていた。 「悪戯が過ぎたな、シゲ坊。もっと早くに泣き付いておればよかったものを」  陽人と同じセリフを吐いて、梛木がにぃっと笑う。 「何故、早くに相談しなかった。集魂会の扱いには寛大な処遇をと、何年も前から論じていただろう。お前も知っていたはずだぞ」  忍の眉間に珍しく皺が寄っている。  纏う空気がピリピリしている。怒っているんだと思った。  二人の姿を眺めて、優士が鼻で笑った。 「皆、もしかして俺をまだ仲間として扱う気でいる? それはやめておいたほうが良い。俺はそういうつもりで、この場所に立っていないよ」  優士の纏う霊気が濃さを増した。  護が身構えて、直桜を後ろに庇う。 「全く仕方がないのぅ」  吐き捨てて、梛木が優士にズカズカと歩み寄った。  目の前に立った梛木に、優士の方が後退る。  逃げるのを許さない空気を纏って、梛木が手を振り上げた。  パァン、と風船が割れるような音が響いた。  梛木の平手で、優士の体が吹っ飛んだ。  壁に全身を打ち付けて、ずるりと優士の体が落ちる。 「悪戯が過ぎる童には仕置きじゃ。たっぷりしごいてやるから、覚悟をしておけ」  気を失った優士の前に立ち、梛木が見下ろす。  梛木が楽しそうに笑う顔には、陰が降りていた。 「……え? 平手って、あんなに吹っ飛ぶの? てか、梛木が人間殴ってるの、初めて見た」  神の中でも古く高位な存在である梛木は、副班長でありながら人の世に干渉し過ぎないように普段から気を遣っている。  言葉で諭しはしても、手を出すなど有り得ない。 「子を叱るは、親の役目ぞ。しっかり躾け直してやらねばな」  さっきから梛木の顔は笑っているのに笑っていない。 「重田の動向には、何年も前から気を配っていたんだが、集魂会には理化学研究所が絡んでいて、手が出し難かった。まさか重田が反魂儀呪と繋がっていたとは、気が付かなかった」  13課が隠密で調べても繋がりがわからなかったのは、相当だ。  優士が自ら直桜に言霊を吹き込んでこなければ、気付けなかったかもしれない。 「多分、言葉の縛りを受けているんだと思う。俺に吹き込んだ言霊にも反魂儀呪の直接のキーワードはなかったよ。反魂香を持った稜巳って女の子だけ。気が付いたのは直日だった」  忍がぐっと考え込んだ。 「稜巳か。確か、角ある蛇の一族に、そんな名前の娘がいたな」 「直日も同じ話をしてた。有名人なの?」 「有名といえば、有名か。まだこの辺りが沼地だった頃に土地を収めていた妖怪が、角ある蛇だ。人に荒らされ土地を追われ、散り散りになったと聞くが。長の娘は反魂香を喰らって御霊を呼び出し、人に復讐せんと機を窺っているとの噂だ」 「だから直日は、反魂儀呪を想起したのか」  直日神からは詳しい話を聞けなかった。  清人の気配が突然消えたので、その対処を優先したのだ。 「どちらにせよ、重田に掛かけられた呪術の解析は急がねばならんな」 「それから、直桜と護は僕からの手土産を持って、集魂会に御遣いに行っておくれ」  忍の言葉に陽人が続ける。  当然のように流れてきた話に、直桜の背筋に冷たいモノが流れた。 「え? なんで急に?」 「急ではないだろう。一度会っているんだから、もう一回行くのは容易いだろう」  白々しい直桜の言葉を陽人が一蹴する。  血の気が引いた顔で、護を振り返った。 「いつの間にか、バレていました。すみません」  護が蛇の根付が付いた木札を直桜に手渡した。  部屋に置いてあるはずの、集魂会の根城の鍵だ。 「部屋にいたから、僕が拾っておいたんだ。大事なものはちゃんと保管しておかないと、誰かに持っていかれてしまうよ」  陽人が得意げな説明をする。 (部屋……、そっか。気配を察知して確かめにきたんだな。確かに、迂闊だった)  集魂会の鍵には妖怪や召喚された御霊といった、13課には存在し得ない気配がたっぷりと憑いている。  いやな汗が滲む。  陽人が表情を改めて、真面目な面持ちになった。 「今後は先んじて報告するか、事後報告を怠るなよ。場合によっては敵側の間者と捉えられても文句は言えない」 「ごめんなさい」  凄みのある笑みに、逆らう言葉は言えなかった。 「軽率ではあったが、お前たちの行動が集魂会とコンタクトをとる足掛かりになったのは事実だ。今回は功績と判じておく。次はないぞ」  陽人の言葉が何時になく厳しい。  直桜と護は背筋を伸ばして頷いた。 「巧く話を繋げておいで。集魂会を敵に回すのは得策じゃない。取り込めるならそれに越したことはないからね。総てはお前たち次第だよ」 「責任重大だね。俺たちでいいの?」  陽人の笑みがさっきからいつも以上に怖くて、腰が引ける。 「お前たちしかいないだろう。何の話をしてきたのか知らないが、恐らく向こうは最強の惟神をご所望なんだろうからね」  状況から考えれば答えは簡単に導き出せるのだろうが。ここまで言い当てられると、何も言えない。 「相手が誰であろうと、これ以上、奪われるわけにはいかない。使えるモノなら何でも使ってやろう」  陽人の目が仄暗い光を灯した。  直桜は息を飲んだ。 「僕のモノに手を出した報いは必ず受けてもらう。このまま終わらせはしないさ」  あまりにも冷たい声と目は、直桜が知らない陽人だった。

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