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第40話 言霊術の崩し方
「随分、余裕だね。重田さん、自分の立場、わかってる? 集魂会から反魂儀呪に下った13課の裏切者っていう、割とタイトなレッテル張られてるよ?」
優士が感心した声で「おお」と零した。
「それはすごいなぁ。で? 瀬田君はどう思うの? 俺が裏切り者だと思う?」
優士が余裕の笑みで直桜を見上げる。
直桜に流し込んだ言霊込みで、聞いているのだろう。
(俺の中に流れ込んで来た言霊は、重田さんの生い立ちと、13課に所属する前から集魂会と繋がってた事実)
しかし、その辺りは集魂会の根城で既に行基たちから話を聞いているので、驚きもしなかった。
驚いたのは、反魂儀呪に籍を置いていると暗に報せるようなメッセージ、一人の少女の残影だ。
反魂儀呪に囚われているらしいその少女について、稜巳《いづみ》という名前以外はろくに情報がなかった。
(何のために俺に、あの子の存在を知らせたのか。意味があるんだろうな)
一見して、訳が分からないこの方法にも意味や理由があるのだろう。これまでの話で、そう考えた。
「裏切者かどうかは、まだわからない。けど、放置できないから拘束しようとは思う」
「そうだね。藤埜に無体を働いちゃったし。この面子で三対一じゃ、流石に勝てないし逃げきれそうにない」
優士の余裕の笑みは、拘束されるために敢えて清人に手を出したようにも思える。
(人を翻弄するような話し方してるけど、今のところ、嘘はない。十年前の話も、英里さんの話も)
どちらの話も、嘘を交えれば紗月が気が付くはずだ。
嘘は吐かずに、はぐらかしたり、話題をすり替えたりしているだけだ。
しばらく考え込んだ直桜は、また優士に視線を向けた。
「重田さんの話に嘘はないって、俺は思ってる。大事なところだけ誤魔化して伝えないのは、伝えられないから?」
直桜の言葉に、優士が表情を変えた。
「瀬田君は、いいねぇ。桜ちゃんが手放さないワケだね。俺が話したこと、伝えた言霊、よく考えてみてくれるかな。それと、君の友人のことも」
「友人?」
引っ掛かる言い方だと思った。
「俺が知ってる瀬田君の友人は、一人だけだよ」
「もしかして、楓のこと?」
反魂儀呪にいる優士が知っている直桜の友人は、楓しかいない。
(名前を言えない? そういえば、重田さんの会話の中に反魂儀呪って言葉もリーダーの槐の名前も、久我山あやめの名前も出てきてない)
榊黒修吾が浄化した穢れを、最悪の呪物、と優士は呼んだ。アレはきっと久我山あやめのことだ。
直桜は優士に向かい手を伸ばした。
優士がさっと後ろに下がる。
「浄化はダメだよ。というか、浄化じゃ無理だ。ちなみに藤埜も浄化じゃ無理だよ。俺の言霊が中途半端に残ってるはずだから」
「は? じゃぁ、清人はどうなるの?」
紗月が顔を顰める。
「どうなるだろうね。絶頂したら抜いてくれた人の犬になるんじゃないの?」
ははっと笑う優士の胸倉を紗月が掴み上げた。
「笑い事じゃないだろ。この優しい鬼畜が! 術を解除しろ! 掛けた本人なら出来るだろ!」
「無理だって。出来ないんだよ、しないんじゃなくて、できないの」
紗月が手を止めて、優士をじっと見つめる。
直桜と同じように、優士が置かれている状況に気が付いたのだろう。
「縛りがあるってことだよね。重田さんは反魂儀呪の巫子様である楓に何か術でも掛けられた、と。楓は傀儡師で呪禁師、呪術なら反転の呪禁を使うよな」
ぶつぶつと呟く直桜の言葉に、護が顔を蒼くする。
その隣で、違う意味で顔を蒼くした紗月が呟いた。
「術が解けるまで抜くの禁止って言っとかなきゃ」
「さっちゃんが抜いてあげれば問題ないよ。藤埜はさっちゃんが好きなんだから、これ以上好きにっても犬になっても問題ないでしょ」
「犬とかいうな! 人を簡単に犬にするな、鬼畜が!」
可笑しそうに笑う優士を紗月が胸倉を掴んで振り回す。
「藤埜に掛けた言霊はね、常識で考えちゃダメだよ」
振り回されながら、優士が直桜に言葉を投げた。
(常識……。精神操作なら呪言が一番楽だ。けど、重田さんの言霊が浄化できないなら呪法じゃないってことだ。つまりは只の言葉、言葉で縛る。相手の心を縛るほどの……、強い想い。感情……。感情が乗った、言葉)
はたと、思い浮かんだ。
(惟神を殺す毒と同じ、恨み。それくらい強く深い感情。呪術や呪法よりシンプルで、根深い。そんな感情を凝集した、言霊)
振り返った直桜の眉間に、ぴたりと銃口が当たった。
「ハイ、時間切れ。瀬田君は考え込むと周りが見えなくなるんだね。危険だから、今後は気を付けなさい」
気が付くと、いつの間にか紗月が気を失って倒れている。
隣にいたはずの護が、膝を付いて朦朧としていた。
「何が、起きて……」
目を動かしただけで、眩暈がして体が傾いた。
優士が直桜の体を支える。
「時間もヒントもたっぷりあげたつもりだったけど、足りなかったかな。言葉はとても繊細なんだ。一語一語が繋がっていなくても、呪力が乗っていなくても、充分に呪い足り得るんだよ。惟神の君にも効果がある《《毒》》だ」
顎を上げられ、上向かされる。
半開きの口を塞がれた。
「こんな風に、口から流し込む方法もある。今、自分がどんな言霊を流し込まれたか、わかるかい?」
反応しようにも、声が出ない。
手足も動かず、逃げることも出来ない。
「直日神を中に抑えろ。力を一切使うな。抵抗するな。高音域すぎて声は聞こえなかっただろ。でも瀬田君の脳はしっかり感知した。だから俺に縛られてる」
直桜の体を抱き直し、優士が顔を寄せた。
「さぁて、次はどうしようか。あぁ、なんで快楽堕ちさせるのかって、聞いてたね。快楽で縛った方が、術が強く掛かるし解きにくくなるからだよ。体が覚えた快楽が、脳を支配するんだ。試してみようか?」
優士の腕が直桜の股間に伸びる。
服の上から擦られて、ピクリと体が跳ねた。
「瀬田君て、感じやすい? もうちょっと強くしてみる?」
優士の指が、直桜の股間を上下に優しく撫でる。
気持ちのよさが少しずつせり上がってくる。
直桜の顔を眺めていいた優士が、目を細めた。
「悦い顔するねぇ。可愛いなぁ。もっと強くしたら、どうなっちゃうのか、見てみたいな」
優士の指が服の中に入ってくる。
体を動かして逃げたいのに、動けない。
直桜は、ぎゅっと目を瞑った。
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