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第39話 十年前の真実

 清人に思い切り罵声を浴びせた紗月が、衣服を正して毛布にくるんであげている。その姿を、直桜は複雑な思いで眺めていた。  心なしか隣にいる護も、複雑な表情に見える。 「快楽責めとか快楽堕ちさせるのって、反魂儀呪のマニュアルか何かなの?」  禍津日神の儀式の時の自分を見ているようで、今の清人の姿は他人事に思えなかった。 「んー、藤埜は溜まってそうだから、堕ちてくれるかなと思っただけ。犬になってくれたら連れて帰るの、楽だろ?」  直桜の問いかけに、優士が悪びれもせずに答えた。  今更、言い逃れする気もないらしい。 (はっきり肯定しなかったけど多分、重田さんは今、集魂会じゃなく反魂儀呪の工作員だ)  重田が直桜に流し込んできた言霊は、確かにそう示していた。 「重田さんが俺に流し込んだ言霊って、嘘ではないんだよね?」 「どう判断するかは、君たちに任せる」  優士が座り込んだまま、ニコッと笑んだ。  直日神の解毒をした後に、優士の言霊は突然に流れ込んで来た。  いくら直日神が弱っていたとはいえ、惟神の中に術を直に流し込むなど、一介の術者には不可能だ。 「重田さんて、何者?」 「理化学研究所で作られた人工術師。少子化対策で体をいじられた実験体。俺が射精した相手は普段の十倍以上の多幸感を味わえるから、何度でも俺と性交したくなる。男でも女でもね。藤埜には何故かあんまり効果なかったみたいだけど」 「それは言霊で聴いたよ。そうじゃなくて」  集魂会で会った碓氷蜜白の話を思い返した。蜜白も同じように体をいじられて、男なのに子宮があって子を孕めると話していた。  あの話を聞いた後だからか、優士の話も信憑性を持って聞こえる。 「術者としての能力を聞いているんなら、これは俺の能力じゃない。今の俺の霊元は、元は英里の霊元だ。言霊術も英里が得意とした術だよ」 「ならその、英里さんは何者なの?」  優士が流し込んできた言霊の中に、英里の情報は一つもなかった。  優士の目が紗月に向いた。 「さっちゃんは良く知ってるよね」  優士の視線を受けて、紗月が仕方ないとばかりに頷いた。 「郊外でハーブティとシフォンケーキのカフェをしてた、綺麗なお姉さん」 「仕事帰りとか学校帰りに俺たちも良く屯してたよね。それから?」  促されて、紗月が重い口を開く。 「13課でバイトしてる言霊師で、主に回復師としてその力を使ってた」 「英里は13課の仕事を望んでなくてね。でも禁忌である言霊術を使える英里を13課は放置できなかった。だからバイトって形で管理していたんだよ」  優士の視線が紗月に次の言葉を促す。 「私は、それ以上に詳しい英里さんの事情を知らない」  紗月が優士から目を逸らした。 「そういうことにしとこうか。あとさっちゃんが知っている重要な事実は、十年前に潜入捜査に入って、俺に殺されて死んじゃった、俺の奥さん、くらいかな」  続いた優士の言葉に、紗月がぐっと唇を噛んだ。 「あれは事故だ。桜ちゃんを庇っただけで、そもそも桜ちゃんだって呪詛で」  必死に語る紗月に、優士が続ける。 「そうだね。呪詛に掛かった桜ちゃんを俺が殺そうとして、それを英里が庇った」 「だから! 桜ちゃんが自分を殺せって言ったから、重ちゃんは桜ちゃんに剣を向けたんだろ。あれは、仕方なかったじゃないか!」  呪詛に掛かった陽人を殺そうとした優士から、陽人を守ろうとして英里は優士の凶刃に倒れた、ということだろうか。  呪詛に掛かった自分を親友に殺せと訴えた陽人も、親友の殺害を決意して剣を向けた優士も、壮絶すぎる心境だ。  きっと英里は死なせたくなかったし、殺させたくなかったんだろう。その結果、恐らく一番死ぬべきじゃなかった人が死んでしまった。  あまりの状況に、直桜は絶句した。  知らされていた事情と違ったからか、護も言葉を失っている。 「事情がどうあれ、俺は自分の愛する人を自分で殺しちゃったんだよ。しかも、その罪は親友に押し付けたままだ。出世のために箔が付くから、なんて、本人は酷いこと言ったつもりなんだろうね。本当に、とんだお人好しだよ」  陽人の話をしているんだろう。  護も、恐らく清人も、英里を殺したのは陽人だと思っていたに違いない。  表情から察するに、紗月は事実を知った上で黙っていたのだろう。 「その後、桜ちゃんがさっちゃんの頭に銃口を押し付けた時点で、清人と惟神の榊黒さんが来てくれてね。桜ちゃんの呪詛も最悪の呪物も浄化して榊黒さんは倒れちゃった、と。十年前の真相はこんな感じだよ」  優士の視線が、直桜に向いた。 「あの場所で起こった事実を知りたかったんだろ? 桜ちゃんは絶対に本当の話をしなかったと思うから、知れて良かったね」  確かに今の話なら、どれだけ聞いても陽人は真実を話しはしなかったに違いない。  紗月もきっと話さなかったろうから、聞ける相手は優士しかいなかったとは思うが。  優士が申し訳なさそうに笑んだ。 「話が逸れちゃったね。英里が何者か知りたいんだっけ? ただの言霊師だよ。両親は能力者でもなく、突然に力が開花したタイプの一般人だ。君たちのように御家柄の良いエリートでも、俺みたいな人工物でもない」  直桜の表情を窺っていた優士が困った顔をした。 「不満そうにされても困るよ。君が望む答えを俺は持ち合わせていないから」 「俺がどんな答えを望んでいるかは、わかるんだ?」  直桜の問いかけに、優士は目を細めた。 「他人に聞くばかりじゃなくて、自分でよく考えてごらん。惟神の藤埜が、どうしてあそこまで追い詰められたのか。君たちがもう少し遅かったら、藤埜は今頃、完全に俺の忠犬だったよ」  どうやら英里の正体如何より、言霊術の使い方に工夫があるらしい。  優士の言動は直桜の思考をそういう方向に誘導している。 (英里さん自身にも、何か秘密がありそうだけど。教えてはくれなそうだな)  言霊術についても、優士は絶対に口を割らないだろう。  自分の手の内を明かすようなものだ。  何より、さっきから優士の話の運び方は、はぐらかしたり逸らしたり誤魔化したりと人の思考を搔き乱す。

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