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第43話 ミルクと砂糖を入れて

 やけに大人しい紗月を、直日神が眺める。 「紗月は男の自分に未練はないか?」  直日神が強引に話題を変えた。 「未練? ああ、伊豆能売の魂が定着したら、もう男の姿にならないんですね。それならそれで、煩わしさはないけど」 「紗月は、自分が元々は男だって、知ってたの?」  特に驚きもしない紗月に、直桜が問う。 「何となく感じてはいたねぇ。男の姿の方が自分としては、しっくりくるから。だから、子供が産めないんだろうなって思ってた。月経もなかったしね」 「そっか……。じゃぁ、今は産めるってこと?」  直日神を振り返る。  直桜に向かって静かに頷いた。 「伊豆能売が魂に混ざったなら、ゆっくりと女子の体が作られる。時期に月の障りもあろう」 「年齢的に今更って感じだけどね。けどまぁ、長いこと、女として生きてきてるから逆に今更、男になる方がしんどいかな。体的にも社会的にも」  確かに、そうだよなと思った。  どちらの状態も知っているからこそ、そんな風に思うのだろう。 「使い分けられるなら、どうだ? 伊豆能売は強き巫女ゆえ、男の剛腕も欲しかろう」  直日神がニコニコと紗月に笑みを向ける。 「そんなこと、できるんですか? 自分の意志で自在に変われるなら、便利だなぁ。色々と使い勝手が良さそう」  何となく乗り気な紗月と直日神を直桜は交互に見比べた。 「直日、待って。何で紗月に男をゴリ押しするの? なんか変だよ、直日っぽくない」  そもそもが俗世に興味がない直日神だ。いくら伊豆能売の魂を持つ人間相手とはいえ、世話を焼き過ぎる。 (世話焼きというか、押し売りしてるように見えるし)  直日神が、直桜を振り返った。 「その方が、直桜の役に立つからだ」  はっきりと言い切った直日神は、笑っていない。至極、真剣な顔だった。 「俺の役に立つって、なにそれ」 「話したであろう。直桜の平穏を守るために吾も俗世に関わると。伊豆能売が強ければ、直桜や吾の役に立つ」 「何だよ、それ!」  直桜は隣に座るの直日神に向き直った。 「俺や直日の平穏のために、他人に無理を強いるの? そんなの、おかしいだろ。紗月が望まないなら、するべきじゃない。直日にゴリ押しされたら紗月は、伊豆能売は断れないだろ」  曲がりなりにも神なのだから、自分の都合で他者を操るような真似はしてほしくない。直日神は、そんな神様じゃない。 「直桜、落ち着いてください」  何も言わない直日神に代わって、護が直桜を嗜める。 「そんなやり方で守る平穏は要らないし、直日にそんなやり方、してほしくない」 「直桜……」 「違うよ、直桜」  何かを言おうとした護の言葉に被せて、紗月がきっぱりと言い放った。 「私が男の姿を使い分ければ、伊豆能売はより強くなる。強くなれば死なない。長く生きていれば、それだけ長く直桜や直日神様を守れる。そういう意味だ」  言葉を失くした直桜に、紗月が笑いかけた。 「眷族や守人は主を守るのが役目だ。その為に、自分の命は惜しまない。だからこそ、私たちが死なないように慮ってくれるのが主なんだよ」  直桜の隣に立つ護を見上げる。  護が紗月と同じ顔で頷いた。 「特に伊豆能売は鬼神以上に前線に立つ戦闘特化の巫女だからね。壊れない体は必須なんだよ。私も、もう三十六だしさぁ。人間的にピークは過ぎてんのよ」  ニシシと悪戯に笑う紗月を横目に、直日神が直桜に向き合った。 「本来は護のように神紋を与えてやるが良いが、それは直桜の役目ではあるまい」  じわじわと後悔と恥ずかしさが込み上げる。  俯いて、直日神の服を握り締めた。 「ごめん。でも、直日の言い方も、悪いと思う」  耳が熱くて、顔を上げられない。  直日神の手が、直桜の頭を撫でた。 「そういう直桜が、吾は可愛いぞ」 「私も、そういう直桜が好きですよ」  直日神と護にフォローされるのが、余計に恥ずかしい。 「そうね。私も直桜の、時々出ちゃう真っ直ぐで熱い性根が、割と好きよ。傍観者気取りで澄ました顔して遠巻きに人間を眺めてる時より、いいね」  より詳しく分析されて、思わず顔が上がった。 「俺のこと、そんな風に思ってたの、紗月」 「基本は、そんなスタイルじゃん。興味ない振りして乾いた目で観察しているっていうか」 「興味ないことには興味ないよ、誰だってそうだろ。別に傍観者気取ってるわけでも乾いた目で見てる訳でも……」  集落にいた頃や大学に通っていた間は、確かにそんなスタイルだったかもしれない。  言葉を飲んだ直桜を眺めて、紗月が勝ち誇った顔をした。 「ははは。看護師の観察眼、舐めんな。直桜はもっと、素直に生きていいんだよ。13課はきっと、直桜にとってそういう場所になる」  そう話す紗月の顔は穏やかで、優しい。きっとこの先、自分を支えてくれる人なんだと、素直に思えた。  しかしその手は、直日神のコーヒーカップに角砂糖を放り込んでいた。  勝手にくるくると混ぜて、砂糖を溶かしている。 「さ、どうぞ。直日神様」  進められて仕方なく、直日神がコーヒーを一口、含む。 「む、悪くないな」  我が意を得たりといった得意顔で、紗月がミルクを注いだ。 「更に、どうぞ」  今度は嫌がらずに、直日神が素直に飲んだ。 「ふむ、ぶらっく? より、この方がよいな」  二口、三口と、直日神がコーヒーを飲み始めた。 「そういえば、清人、遅いね。どこまで散歩にいってんだろ。解毒もしないといけないのに」  昨日はなんだかんだと忙しく、優士にかけられた言霊術の解毒ができなかった。  今日もすぐに忍に呼び出されてしまい、タイミングを逃した。 (清人の態度、変だったよな。昨日も今日も、解毒を先延ばしにしてるみたいに見えた)  のらりくらりといつもの調子で躱されて、タイミングを逃した感じだ。ああいう態度をとる清人は、何かを誤魔化している時だと、最近分かった。 (自分の気持だったり、隠したい何かがあったり。重田さんに流し込まれた言霊も、結局教えてくれなかった)  キョロキョロして、スマホを探す。  ソファの上に置きっぱなしになっていた。 「あ、メッセージきてた。……!」  直桜の纏う気配が変わって、紗月と護が振り返る。 「直日、枉津日の場所の特定できる? すぐに出る」  スマホの画面を二人に見せる。 『俺が堕ちたら、ちゃんと殺せよ』  清人からのメッセージは意味深どころか、まるでそのままの意味だった。

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