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第45話 煙草とメッセージ
清人からのメッセージを確認した直桜と護と紗月の三人は、急いで外に出た。
枉津日神と清人の気配を辿って探す。突然に、神気も霊気も消えた。
気配が消えた付近を走り回っていると、近くの小さな公園に紗月が入っていった。
落ちていた煙草の箱を拾い上げて、じっと見詰めている。
「紗月さん、それ、まさか」
護の顔が見るからに蒼い。
開いた箱から一本、取り出して、紗月が咥える。
「化野くん、火、つけて。血魔術の火でいいから」
護が右手の指の先から小さく黒い火を灯す。
煙草に火をつけて吸い込むと、思い切り吐き出した。
「えっ、煙が……」
紗月が吐き出した煙が大きな輪を描き、中に映像が映し出された。
驚く直桜に、護が説明する。
「清人さんが使う残影術です。幻影術の一種で、あまり得意ではないと本人は言っていますが」
映像の内容に、護の言葉が止まった。
「清人がコレを使う時は、いつも切羽詰まってる状況だよ」
紗月が映像を眺めながら、歯軋りした。
「確かに、切羽詰まってるね」
一通り映像を確認して、直桜も呟いた。
槐に接触し、犯されて連れ去られる状況が、切羽詰まっていないはずがない。
「何やってんだ、あの馬鹿っ」
悔しそうに吐き捨てる紗月の気持ちは、よくわかる。
「どうして、こんな場所に槐が。しかも、あんなっ」
護が悔しそうに顔を歪める。
直桜は黙ったまま、頭の中で映像を反芻していた。
(清人の様子、あえて抵抗していないように見えた。槐の呪詛? いや、それよりもっと……。重田さんの言霊術か?)
清人の中には優士の言霊術の影響が残ったままだ。あの状況で術が発動したなら、清人は今、槐の操り人形になっていてもおかしくない。
(重田さんの狙いは、最初からコレだった? だとしたら……)
思考を巡らせる直桜の後ろで、護のスマホが鳴った。
「桜谷さんから、三人とも戻るようにと連絡が入りました」
更に顔を蒼くして、護が直桜に向き合った。
〇●〇●〇
警察庁地下地下二階には班長である忍の部屋がある。
陽人に忍、梛木が揃って、直桜たちを待っていた。
「緊急事態が起きたようだね」
陽人の静かな声は、既に何が起きたかを悟っていた。
紗月が公園で拾った煙草を陽人の前に置く。
「清人が槐に拉致られた。恐らく、清人の中に残った重ちゃんの言霊術が槐に発動している」
「それはつまり、どういう状況かな」
紗月が顔を背けた。
「今の清人は、槐の言いなりに動く傀儡だ」
直桜の隣で、護が悔しそうに拳を握っている。
陽人の目が直桜に向いた。
「お前は、どう思う?」
「その前に、陽人は煙草に残ってる残影、見なくていいの?」
「梛木の遠視でお前たちと一緒に見ていたよ」
「それって、煙草の残影じゃなくて、清人が槐と接触している現場をリアタイで見ていたんじゃないの?」
直桜の言葉に驚いた顔をして、護と紗月が顔を上げた。
「清人の中には重田さんの言霊術が残ってる。あの状況じゃ、清人は槐のことが大好きな犬になってるだろうね。けど、途中で槐が掛けようとした呪詛は全部、弾かれてた。枉津日が弾いたんだ。つまり枉津日は動ける状態だった」
紗月が直桜の腕を掴んで迫った。
「じゃぁ、どうして、枉津日神様は清人を守らなかったの? 言霊術が残っていたとしても、顕現して助けることは、できたでしょ」
「枉津日が、清人に協力したからだよ。清人には反魂儀呪に潜入しなきゃならない理由があった。重田さんの言霊術はその手段だ。相談すれば反対される。だから一人で行った。俺に、こんなメッセージを残して」
『俺が堕ちたら、ちゃんと殺せよ』
清人から送られてきたメッセージを直桜は陽人に突き付けた。
「今の直桜に清人は殺せないね。13課でも、真面に相手ができる術者が何人いるか。骨が折れるな」
陽人が淡々と放った言葉に、紗月が激高した。
「ふざけんな! わかってて何で、行かせた? また同じ過ちを繰り返すつもりなの? これじゃ、十年前と同じじゃないか!」
「落ち着け、紗月」
忍が紗月を抑え込む。
いつもなら真っ先に紗月を止めに動くであろう護は、微動だにしなかった。
口惜しさを滲ませた顔で立っている。自分を抑えるのに必死なのだろう。
護もきっと、紗月と同じ気持ちなんだと思った。
「煙草とメッセージは清人が残せたギリギリのヒントだった。自分の状況と居場所を知らせるためのね」
直桜は真っ直ぐに陽人に向き合った。
「それで? 助けに行きたいなんて、言い出す気じゃないだろうね? 今のお前たちが反魂儀呪に潜入しても、清人より酷い目に遭って手打ちだ。行かせられないよ」
「だったら、私一人で行く。それで文句ないだろ!」
忍に押さえつけられながら、紗月が前のめりになる。
「許可するわけがないだろ。紗月だって伊豆能売の魂が定着しきった訳じゃないんだ。体が安定するまでは、待機だよ」
「そんな悠長な話、している場合じゃないだろ!」
怒鳴る紗月に護が並んだ。
「今回ばかりは、私も紗月さんと同じ気持ちです。もし何か意図があるのなら、桜谷さんのお考えを聞かせていただけませんか」
護が鋭い眼で陽人を見据える。
知っていて敢えて行かせた陽人の勝算を聞いているんだろう。
「本人の意思を尊重したまでだ。自分でなければ成し得ないと、一方的にメッセージを残して消えたのでね。止めても無駄だと判断したんだよ」
気が尖り前のめりになる護の肩を、直桜は慌てて掴んだ。
「なるほどね。やっと、わかった。清人ってチャラそうに見えて真面目だし打算的な人だから、感情に任せて先走るタイプじゃなよね。そういうトコ、陽人によく似てる」
護を押しのけて、前に出る。
陽人の目が直桜に向いた。
「重田さんの言霊で、清人は何かを受け取ったんだ。今すぐにでも反魂儀呪に潜入しなければならない、何か。その為に、重田さんの言霊術は必要だった。術を発動させた状態で潜入しなきゃ意味がなかったんだ」
護と紗月が直桜を振り返る。
直桜は陽人から目を離さずに続けた。
「重田さんは楓の術で言葉の縛りを受けている。破れば命に係わるはずだ。清人が託された言霊が、そこに関わる事柄なら、清人が何も言わず一人で行ったのも頷ける」
「なるほど。一応、理屈は通るね。何故、シゲの言霊だと思う?」
陽人が組んでいた足を解いて、直桜に向き合った。
「それはもう、タイミングとしか言えない。重田さんが言霊術を行使するまで、清人に変化はなかったから」
「根拠としては、弱いな」
目の前のテーブルに手を突いて、直桜は陽人に迫った。
「重田さんは、俺にも言霊を残してる。けど、寝ている俺に術は掛けなかった。もっとエグい術を、いくらでも掛けられたはずなんだ。何もしなかったのは、俺たちに清人を助けさせるためだ」
「その後、お前も言霊術にかかっているだろ。シゲは今、反魂儀呪のメンバーだ。お前たちに清人を助けさせるメリットがない」
直桜を睨み据える陽人の目に、カッとなった。
感情が逆立つとは、きっと今のような状態だ。
「思ってもいないことを言うなよ。あの程度の術なら簡単に解ける。清人が受け取った言霊とは、根本的に違うんだ」
思わず、陽人のネクタイを掴み上げた。
引っ張り上げて、顔を近づける。
「本当は陽人だって、重田さんのSOSに気付いてるんだろ。助けたいって、思ってんだろ! 重田さんは自分の秘書官だって、自分で言ってただろ!」
感情が逆立ったまま一気に話したせいで、息が上がる。
直桜の後ろで護と紗月が息を飲む気配がした。
少しだけ冷静さを取り戻して、直桜は掴んだネクタイを離した。
「反魂香をもった稜巳って女の子は、反魂儀呪を示すヒントってだけじゃない。重田さんが本当に救いたいのは、あの子なんじゃないの? そのために、清人は自分を犠牲にしてまで反魂儀呪に行ったんじゃないの? あの子と重田さんを救うために」
陽人がよれたネクタイとシャツを見下ろす。
直すことなく、座り直した。
「仮にそうだとして、お前はどうする気だ? 直桜。この期に及んで反魂儀呪に潜入したいなんて、言うつもりはないだろう。許可は出せないよ」
「集魂会に、行基に会いに行く」
優士を知っている行基なら、何か聞けるかもしれない。集魂会には妖怪も多くいる。もしかしたら、稜巳という少女についても、情報を得られるかもしれない。
飛び出した直桜の答えに、陽人が意外な顔をした。
「清人が何の策も無しに反魂儀呪に飛び込んだとは思えない。きっと戻ってくる」
「もし、戻ってきた清人が正気じゃなかったら?」
陽人の目が挑戦的に光る。
「俺と護で浄化する。それでもダメなら、責任もって俺が殺すよ。それが清人に託された想いだ」
陽人の目が仄暗く光った。
息を吐いて、小さく笑った。
「やれやれ、これ以上、可愛い従兄弟を虐めるのもね。忍、解析室に案内してやってくれないか」
陽人に視線を向けられて、忍が大きく息を吐いた。
「煽り過ぎだ。どこで割って入ろうかと考えていたぞ」
眉間に皺を寄せ苦労人の顔をする忍の隣で、梛木がニヤリとしている。
「直桜にネクタイを引っ張られる陽人の姿は、面白かったがなぁ」
忍と梛木の反応をどう受け止めていいかわからずに、二人を交互に眺める。
「直桜の予測は大体、当たりだ。稜巳という少女が関与しているのは、恐らく間違いない。詳細は、解析室で聞くといい。それが終わったら集魂会にお遣いに行っておいで」
陽人がスマホを取り出しながら、ついでのように話す。
「は? 初めからそのつもりだったの? じゃぁ、あの遣り取りは、何だったわけ?」
気抜けした様子で、紗月が零す。
その言葉は直桜と護の気持ちまで代弁していた。
「さっちゃんが反魂儀呪に行きたいなんて言い出すから、ダメだよって話ただけだよ」
「そんな会話じゃなかっただろうが!」
掴みかかろうとする紗月をひらりと避けて、陽人が自分の乱れた胸元を写真に収めている。
「てか、何やってんの? なんで、写真なんか撮ってんの?」
「直桜の成長記念だよ。僕の胸倉を掴み上げるくらい強くなりましたってね」
「ネクタイ、引っ張っただけだろ……。悪かったよ。謝るから、やめて」
呆れる直桜を気にも留めずに、陽人はいろんな角度から写真を撮ってる。
「僕は嬉しいんだよ。直桜が《《仲間》》のために怒れる人間に成長してくれたことがね。昔のお前からは、想像もできない姿だ」
陽人が直桜に目を向けて笑んだ。
(今の仲間って……、清人だけじゃない、よな。重田さんも含めてで、いいんだよな。……本当に、素直じゃない)
バディの正式契約の調印式の時、優士に散々「素直じゃない」と言われていたのを思い出した。
「清人なら心配いらない。何かあれば枉津日神が必ず守る。お前たちはお前たちに託された仕事をしろ。それが清人のためになる」
陽人のその言葉に、一番に安堵の表情を見せたのは護だった。
紗月が疲れた様子で肩を落としている。
「直桜、これは貸しだよ」
陽人が乱れたネクタイを指さすと、ようやく直した。
何となく気まずい気持ちで、直桜は返事をせずに部屋を出た。
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