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第55話 奇妙な呪符

 反魂儀呪の拠点に来てから数日が経ったのだと思う。  窓もなく時計もない場所に軟禁されているので、体感でしかわからないが。  軟禁といっても、槐か楓の許可を取れば、建物内は自由に動ける。 (外への出方がわからんし、ここが何処なのかもよくわからねぇしなぁ)  あれからも訓練場で湊や楊貴の練習を見てやっている。  それを口実に、建物内を調べて回っていた。 (どうせ槐は、俺が調べ廻ってんのに気付いているだろうけどな)  槐は咎めるどころか探っても来ない。  清人が必死に調べ廻っている姿を眺めているのが楽しいんだろう。  大型遊園地の体感型アトラクションでもやっている気分だ。  一度だけ楓に連れられて入った応接室に、清人は一人、静かに入った。  部屋の中と四隅を確認する。 (応接室っていう割に、他人を入れる仕様じゃないんだよね、この部屋は)  四隅に掛けられた呪術は、侵入を警戒するというより脱出を警戒した、閉じ込める結界だ。使われている呪符は奇妙な紋で、一般的とは言えない。  その呪符を、清人はじっと見詰めた。 (一介の呪詛師が使うレベルの呪符じゃねぇのは確かだ。どこかで見たことがあるような気もするんだが。あんな強い呪力を纏った呪符なら、一度見れば覚えているはずなんだがな)  どうにもスッキリしない気持ちを抱えたまま、足下に視線を向ける。  うろうろと歩き回り、部屋の奥の隅で足を止めた。  観葉植物の鉢が置かれる床を、軽く叩く。 (呪詛じゃない。俺が使うような、普通の結界だな) 「枉津日、コレ、壊せるか?」 「ああ、容易にな。この下には、清人が会いたい娘子がおろうな」 「やっぱり、そうか」  清人は立ち上がり、また室内を見回した。  四方に張り巡らされている呪符からは、楓や槐の呪力とは別の気を感じる。 「壊さぬのか?」 「今はね。困ったことに、別の問題が浮上しちゃったよ、あーぁ……」  顔を手で覆って、天を仰ぐ。  顕現した枉津日神が清人の肩に巻き付いた。 「本に困った清人じゃ。誰にでも情を掛けるは優しさではないぞ」 「わかってるけどさぁ。仕方なくない? 俺って今、槐のことが大好きな忠犬なのよ?」 「其が言訳と、わかって言っておるな? 吾に叱られたくて、わざと言訳しておるのか?」  枉津日神が、クスリと笑う。 「そうね、叱ってほしいわ。正気に戻った俺は、それでも今と同じように考えるかな」 「考えるじゃろうなぁ。腹立たしいと感じながら、同じ答えを出すのだろう。何とも愚かしい、愛すべき清人じゃ」  枉津日神に頭を撫でられて、複雑な心境になる。 「全然、褒めてねーな。けど、良かったよ。枉津日がそういうんなら、きっとそうなんだろう」 「何があろうと吾は清人の味方じゃ。迷わず、信じた道を進め」  枉津日神の手が、清人の手を握る。  その感触に、驚くほど安心できた。 「味方になってくれる相手がいるってのは、いいね。一人でも、そんな相手がいてくれたら、きっと間違ったりしないんだろう」  枉津日神の手を握って、清人はそっと目を閉じた。

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