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第76話 封印の解呪

 気持ちを切り替えて、後ろを振り返った。 「梛木!」    梛木が空中に足場を作る。それに足を掛けて思い切り蹴ると、飛び上がった。  大樹の幹に向かい、両の刀を横に薙ぐ。  深く抉った刀に木肌が切り落とされて、中に眠る稜巳が顕わになった。 「枉津日神様、お願いします!」 「全く無茶を考えおる。吾が神力と共に流すぞ、伊豆能売」  紗月の声に応えた枉津日神が、姿を現した。  神紋を通して清人の中に在った優士の言霊を紗月に投げた。  眠る稜巳に向かい、紗月は神力を纏った優士の言霊を弾けさせた。 『迎えに来たよ、稜巳。一緒に帰ろう』  優士と英里の声が重なって聞こえた。  ハラハラと金色の神気が稜巳の上に降り注ぐ。  稜巳がゆっくりと目を開けた。 「来たよ、稜巳」  稜巳に向かい紗月が手を伸ばす。稜巳の小さな手が紗月を掴んだ。  瞬間、大樹そのものが弾けて跡形もなく消えた。  宙に放り出された稜巳の体を掴み、抱き寄せる。 「……紗月?」  稜巳が眠そうに目を摩る。 「おはよう、寝坊助」 「おはよう」  稜巳がニコリと笑む。  何も覚えていないのか、封印が解けたばかりだからなのか。  無垢な笑みに一先ずは安堵した。  稜巳を抱いた紗月が地面に降り立つ。  その前に立った清人が、二人を守るための結界を張っていた。  霊銃で撃たれた傷は問題なさそうだ。 (そりゃそうか。撃てって指示したのは枉津日神様だしな。言霊術の後遺症の方が心配か)  清人の神気の流れを止めて優士の言霊を神紋を通して紗月に流すために、清人の意識を一瞬でも奪う必要があった。  清人が大好きな神様なのに、大胆な提案をするものだと思う。  前に立っていた清人が紗月を振り返った。 「後でちゃんと、仕切り直すからな」  小さな声でぼそりと呟くと、すぐに前に向き直る。  清人の耳が赤い。  何をどう仕切り直すんだろうと、少しだけドキッとした。 「稜巳の封印も言霊術も、随分あっさり解けちゃったね。ちょっとがっかりだな」  清人の表情を眺めた槐が残念そうに呟いた。  そんな槐を眺めて、清人が考えながら頭を掻いた。 「さっきまで槐が大好きだったみてぇだし、正直まだ頭の中の整理がつかねぇけどさぁ。感情だけで話すなら、やっぱり俺、世界で一番、紗月が好きらしいわ」  照れた様子ながらも、清人がはっきり言い放つ。  こっちまで恥ずかしくなる。  槐の隣に立つ楓が、ビクリと肩を揺らした。 「あっ……、優士にかけた封印術、解呪された。この感じは恐らく、直桜だ」  楓が顔色を蒼くして槐を見詰める。   一番に反応したのは、梛木だった。   「ほぅ、このタイミングで解呪とは、解析室に詰めておったな。忍も思ったより冷静だったか」  ぼそりと零す梛木の言葉には安堵が滲んでいた。  集魂会から戻った直桜たちは稜巳奪還には動かず、警察庁の解析室で優士の封印術を監視《モニタリング》していたのだろう。変化があればすぐに解呪するつもりで待機していたのだと思われる。あれだけ複雑な封印術だ。直桜でなければ、これほどの速さで解呪など出来ない。  忍の冷静な判断に、紗月も安堵した。 「用事は済んだし俺たちは帰るけど、そっちはどうする? まだやり合う? それとも大人しく逮捕されてくれちゃう?」  清人が槐に問い掛ける。  周囲を見渡して、槐が息を吐いた。 「形勢逆転されちゃったしね。これ以上、粘っても良いことなさそうだ」  紗月に抱かれた稜巳は、その服を掴んで紗月に身を寄せている。  その前に立ちはだかる清人と梛木を相手にするのは、今の槐には無理だろう。  呪力を使えるのは楓だけだが、戦闘向きの能力者でないのは明白だ。 「清人が一緒に帰ってくれないのは、残念だけどね。またエッチしたかったな」  槐の発言に、うんざりした。  清人に言っているようで、その目が紗月に向いていたからだ。 「あんだけ無駄話したのに、まだ話したりない? 今度、反魂儀呪に遊びに行こうか?」  紗月の苛々を隠さない声にも、槐は動じない。 「清人と二人でなら、歓迎するよ。紗月だけ来られても迷惑だからね。男の姿になったとしても、俺の好みじゃない」  ピクリ、と目が痙攣した。  紗月が男の姿になることまで把握している。それは恐らく桜谷集落ですら知らない事実であるはずだ。  反魂儀呪がどこまで情報を掴んでいるのか、未知数だ。 「お前に抱かれる気も抱く気もないよ。私だってガチムチ好みじゃない。こう言っちゃぁ何だけどなぁ、清人の初めての相手は男の私だからな」  何か言い返してやりたくて、思わず必要ないマウントをとってしまった。  紗月の発言に槐も少しは驚いていたが、一番慌てたのは清人だった。 「初めての相手が悦いとは限らないだろ。俺とシてる時の清人は悦さそうだったし、可愛かったよ」  槐がマウント返しをしてきた。  紗月の苛々が冷静な思考を奪う。 「初めての一回きりじゃないですぅ。何回もシてますぅ。私とシている時だって、清人は悦さそうだったし可愛かったよ!」  むきになる紗月を振り返った清人が、真っ赤な顔で紗月の口を塞いだ。 「いい加減、やめろ。二人とも、それ以上何も言うな。さすがの俺でも恥ずかしいから」  紗月の口を塞ぎながら槐を振り返る清人は、ちょっと可愛いと思った。   「俺とヤりたくなったら、いつでも連絡くれていいよ。あれだけ悦い思いした後が昔の相手じゃ、きっと物足りないだろ」 「何だと、貴様! 本当に悦い時の清人がどんな顔するかは、私しか知らないんだよ。お前が知っていて堪るか!」  煽りに負けてムキになる自分を情けなく思いながらも反論してしまう。  槐と紗月のマウント合戦に割り込むように、旋風が捲いた。

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