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第78話 反魂儀呪 護衛団・九十九
直桜と護の後ろから、突風が前へと吹き流れた。
自然の風でない攻撃を、楓が槐の前に結界を張って防ぐ。
簡易な結界は一度の風で壊れた。
『楓と槐は、動くな』
明らかに霊力の乗った命令の言霊術が風と共に飛んでいた。
優士の言霊術で、楓と槐が動きを止めた。
「命令の意図を明確に込めた言霊術は強い。自力では破れんぞ」
忍が、直桜と護の前に出た。
ちらりと後ろを振り返る。
「情報収集はここまでだ。お前たちでは八張槐と枉津楓からの、これ以上の自白は望めん。捕縛に移行する」
忍に促された梛木が手を翳す。投げつけた緊縛術を何かが弾いた。
全員に緊張が走る。
槐と楓の前に、背が高い細身の男が、どこからともなく降り立った。
「初めまして、13課の皆様。私、反魂儀呪・護衛団九十九《つくも》が一人、八束《やつか》と申します。以後、お見知り置きを」
大仰な仕草で丁寧に頭を下げる男は大きな呪符で顔が隠れている。
表情はわからないが、強い呪力と隙のなさは、感じ取れる。
その場にいる全員が、迂闊に動けないと感じているはずだ。
八束の目が、直桜に向いた気がした。
「あぁ、あのお方が、最強の惟神? 我々が真に崇めるべき異端の惟神なのですね。お会いできて光栄です」
声に混じる恍惚とした崇拝が、気色悪い。
直桜は思わず後ろに身を引いた。直桜を庇って、護が前に出る。
「化野、あまり直桜から離れるな。あと二人、いる」
忍が上を覗く。
降りてきた影を、後ろから飛び込んだ紗月が蹴り飛ばした。
「いってぇ。まだ挨拶もしていねぇのに、殴るか? 警察のくせに、常識とかないのかよ」
「殺意むき出しの輩に向ける常識は持ち合わせてないよ」
霊気を強く纏った日本刀を構えて、紗月が男の前に立つ。
紗月に殴られて転んだ男も、大きな呪符で顔を隠していた。
「一応、名乗っておくなぁ。俺は五奇《いつき》だ、よろしく。九十九では、挨拶は常識だから、ちゃんとしないって習うんだぜ」
体躯も小さくカラッとした話口のせいで子供に見える。だが、尋常じゃない呪力を溢れんばかりに放っている。
「忍、アレ、人間じゃない」
直桜の言葉に、忍が頷いた。
「やはり、そうか。妖怪でもなさそうだが、反魂した御霊か?」
人間の気に近いものは感じる。だが、行基のような御霊とは違う。
「只の御霊じゃない。多分、呪物だ。呪具に怨霊か何かを移して定着させたような、そういう気持ち悪さがある」
穢れや呪いは、重なり過ぎると気分が悪くなる。
神を内包する惟神特有の感覚だ。近くにいる清人も、口元を抑えていた。
「すごいわねぇ。呪人の術を知らないのに、そこまでわかっちゃうなんて、流石は最強の惟神だわぁ」
聞いたことがある声だと思った。
稜巳を抱いた優士の前に、いつの間にか女が立っていた。
「……英里の声?」
稜巳が首を傾げる。
優士が大きく飛び退いて女から距離を取った。
女の顔にもまた大きな呪符がある。だが、その声は確かに稜巳の記憶の中で聞いた英里とよく似ていた。
「霊元をあげちゃったから、今の私に言霊術は使えないのよぉ。でも、反魂すれば御霊は使えるものねぇ。お人形を動かす動力には充分なの」
優士が驚愕の表情になった。
「英里、まさか、英里の御霊で怨霊を……?」
清人が神力を込めた空気砲を放った。
ギリギリのところで女が避けた。
「急に攻撃なんて、酷いわねぇ。君はこの声、懐かしくないの?」
「俺は紗月や重田さんほど関わってねぇし、優しくもねぇよ。反魂した魂なら、祓えば黄泉に返るだろ」
清人が投げつける空気砲を女が身軽に避ける。
「冷たいのねぇ。もうちょっと演技すれば良かったかしら」
「中身、別人だろ。意味ねぇよ」
いくつも放った空気砲が軌道を曲げて女に迫る。
二つの空気砲が女の前後を挟み撃ちにして、ぶつかった。
ぐにゃり、と体幹や四肢が有り得ない曲がり方をする。
「あらあら、壊れそうねぇ。弱い器だわ」
体に力を込めて、女の体が飛び上がった。
前後の空気砲がぶつかり合って相殺される。
大きく飛び上がった女は、槐と楓を庇いながら八束の隣に立った。
「私も一応、名乗っておくわねぇ。今は英里じゃなくて三里《みり》よ。よろしくぅ」
三人の呪術者が、槐と楓を守る。
あの壁はそう易々と壊せない。そう感じた。
「我々、護衛団九十九はリーダー様と巫子様を守るために存在する。やり合うならばこの場で、文字通り命尽きるまで戦闘しても構いません」
八束が前に出る。
カクカクした動きが、案山子を連想させる。
「やり合うのは無しだろ。このまま帰るほうが良いって。でも槐様と楓様は、アレが欲しいんだっけ?」
五奇が直桜を指さす。
護が過剰に反応して、腕で直桜を庇った。
「今日はいいよ。そのうち、自分から来てくれると思うから、その時は仲良くね」
槐が動いている。
動揺したせいか、優士の言霊術が解けてしまったらしい。
槐の目が直桜に向いた。
「bugsの伊吹保輔は、ちょっと食えない子でね。俺もあまり信用はしてないんだ。けど、仲間になりたいっていうから受け入れてみたんだよ。面白そうだったから」
槐が立ち上がり、楓の肩を抱いた。
楓の表情が、心なしか曇って見えた。
「それ以上の情報は、自分たちで集めてみてよ。あぁ、それと、流石にこれは痛かったって、陽人に伝えておいて」
槐が自分の胸を指さして、口端を上げた。
槐と楓の足下に陣が展開する。
いつも槐が逃げる時に使う、空間術と同じだ。八束とかいう案山子男が行使している。
「楓!」
気が付いたら、叫んでいた。
楓が顔を上げて直桜に向き合う。
「直桜、強くなってね。前にも話した通り、弱い術者なら要らない。だから、もっと強くなって俺を……」
声が途切れても、口は動いていた。
『殺しに来てね』
そう、動いたように見えた。
黒い旋風に巻かれて、槐たちはその場から消えた。
何とも言えない想いが、直桜の胸に残っていた。
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