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01 別れと出会い
「俺結婚する事になったんだ」
大学時代から付き合っていた同性の恋人から大事な話があると言われて呼び出されたかと思えば、お店に入る事すらなく開口一番にそう告げられた。
「へ?あー…そうなんだぁ。おめ、でとう」
男同士だから今まで俺達の関係は内緒にしていたが、ある程度長い付き合いだしそろそろ周りに打ち明けよう、とか同棲でもするか、なんて言われると思って浮かれていた数時間前の呑気な自分はもう存在しない。
あまりの発言に上手く言葉が出せなかったが、お祝いの言葉を伝える事が出来た自分を褒めてやりたい。
理由を教えてくれた恋人の話を聞いていると、なんでも会社で知り合った後輩女性に言い寄られて体を重ねた結果、一発で落ちてしまったと打ち明けられた。そんな事聞かされると、もう何も言う事なんて出来ない。
「お前なら可愛いからすぐ相手見つかんだろ」
謝罪の言葉を一つも告げずにそう言った恋人は、じゃあなと手を軽く振って背を向けると、少し離れた所で待っていた可愛らしい人と手を繋いで去って行った。
俺にも何か原因があったのかもしれないが、あまりにも無神経な元恋人に唖然とした。久しぶりにデートだと思ってお洒落もしてきた。勝負下着もはいてきた。めちゃくちゃ楽しみにしていたのに。
「はぁ…帰るか」
ほんの数分。
頭の中を軽く整理してそう小さく呟き、俺は来た道を力無く歩いた。
すると一人の男性に声をかけられた。
見た目は俺と同じ20代前半位の年齢で、小柄で華奢な体型。細身の服装をした黒髪の可愛らしい男だった。
「お姉さん、大丈夫?聞くつもりはなかったんだけど声が大きくて聞こえちゃった。良かったら今から飲みにでも行く?パーッと飲んで忘れない?」
今までのやりとりを聞いていた口振りで、俺の事を女性だと思っている様子。俺は昔から童顔で、体も細い。それでいて体型が分かりにくい大きめの服を好んで着ているので、座っているとよく女性に間違えられた。
身長は170㎝位あるので声をかけてきた男と同じ位だし、女性にしては大きな方だとは思うが、今回は男に振られている現場だった事もあり、間違えられたのだろう。
コイツは一体何が目的で声をかけてきたのだろうか。振られて落ち込んだ女を口説いてホテルにでも連れ込むつもりなのか。
色々と頭を駆け巡ったが、正直飲まないとやってられない。俺が男と分かった時、コイツがどんな反応をするかも見てみたいので、俺は小さく頷いて了承した。
俺の頷きを見て柔らかく口角を上げて微笑んだ男は、じゃあ行こっか、近くに美味しいお店があるんだ~、と言いながら歩いて行った。
◇ ◆
教えてもらった個室の居酒屋へ到着すると、俺はビールを大量に飲み、付き合っていた恋人の話を延々と喋った。それを聞いてくれた男は、うんうん、と心地良い声色で相槌を打ってくれた。
「…聞いてくれてありがと。あんまり執着ないし、嫉妬とかもしない性格なんだけど、流石に予兆もなく突然だったから受け入れられなくて。今話して結構スッキリしたよ」
「少しでもスッキリ出来たなら良かったよ。飲みすぎてない?水頼んだから、これも飲んでね」
ヤり目だからかもしれないが、ずっと優しくしてくれる男に対して少しだけ罪悪感が芽生え、俺は自分が男である事を打ち明ける事にした。
「あのさ、言おうか悩んでたんだけど俺男なんだ」
「え、そうなんだ。間違えてごめんね、嫌じゃなかった?」
すると意外にも怒る事なく、逆に謝罪してくれた。表情をずっと見ていたが嫌な顔も一切しない。世の中、知り合いでもない相手に対して、何の下心もなく優しくする人なんて居ないと思っていた俺は、尚更コイツの目的が分からなかった。
「怒んねーの?」
「え、何で俺が怒るの?間違えられたんだから怒るなら君の方でしょ」
「だって弱った所につけ込んで酔わせてヤるつもりだったんだろ?」
「何それ。そんな事する訳ないじゃん。今にも倒れちゃいそうだったから声かけたんだよ」
俺が男と告げ、その上失礼な発言をしてからも、男は嫌な顔一つせず今まで同じ様に会話を続けてくれた。
「へぇ、優しいね。あんた名前なんて言うの」
「日向 だよ、君は?」
「俺は朝日 。こんな字書くんだぁ」
酔っ払っていた俺はスマホを取り出して自分の名前を見せると、日向は優しく微笑んでくれた。
「名前も可愛いね。俺も日が入ってるし、似てるね」
「うん、似てるね……嬉しい」
「酔った?大丈夫?」
「フワフワして気持ち良い。なぁ、その後も一緒に居たいんだけど。…二人きりになれるとこ、行かない?」
ただの優しい男と認識出来た今なら抱かれても構わない。そう思った俺は自ら誘い文句を口にした。すると意味を理解した日向はキョトンとした顔をしながらも俺に問いかける。
「それってもしかして誘ってるの?」
「そうかもね」
「俺としたいの?」
「そうかもね」
今の俺は同性愛者。お酒の力も借りて誘惑し、テーブルに置かれた日向の細い手に自分の手を重ねた。日向は俺の事をじっと見て何か考えている様子。
俺の好みのタイプとは全く異なるが、このまま抱いてくれるなら全てを忘れたい。この人ならかなり優しく抱いてくれそうだし、たまにはそんなプレイもいいだろう。でも、優しそうに見えてベッドではドSなのも燃えるかも。
そんな下心満載な事を考えながら相手が口を開くまでじっと見つめて待っていると、数分してやっと口を開いてくれた。
「じゃあさ、俺のパートナーとしてショーに出てみない?」
「…は?ショー?いきなり何?」
誘惑はしてみたものの「無理」と返ってくると思っていた俺は、全くの予想外の言葉に驚いた。
「今ね、裏の世界でショーが行われてるんだ。君は何もしなくていい。ただ、…になって、………ればいいだけだよ」
最後の方は頭がフワフワとしていて、何を言っていたのかあまり聞き取れなかった。
「優勝したら賞金も出るし、俺が全力でフォローする。無理強いはしないけど、今日の夜中に開催されるから、良かったらどうかな」
酔いで頭の回らない俺は、もう少しこの人と居たいなという思いから、コクリと頷いた。
「うん、いいよ。俺、なーんも出来ないけどそれでもいいのなら」
「ありがと。じゃあ少し酔いが醒めたら向かおうか」
重ねていた手が離れると、俺の頬へ伸びてきて優しく撫でてくれた。
少しだけ指先がひんやりとしていたが、アルコールで熱った頬には心地良くて、甘える様に手の平に擦り寄った。
「……ん、」
「俺が連れて行ってあげるから、眠かったら寝ててね」
「ん…うん」
俺は目を瞑ると、あまりの睡魔から意識を手放した。
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