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通称非処女製造機

 世界各国が二つの派閥に別れた大戦で、ミッチェル共和国は最後まで残った巫洋(ふよう)帝国を降伏に追い込んだ。  ミッチェル共和国は巫洋帝国を占領することになったのだが、大戦中に巫洋帝国の軍人は戦況が苦しくなってからも徹底的に抗戦し続けてミッチェル共和国を悩ませていたため、戦火の熱が冷めやらぬこの時、巫洋帝国に上陸すれば帝国軍人の激しい抵抗に襲われると予想がついた。  そこで円滑に占領を進めるために、占領軍到着前、性欲を増幅させる薬品が入った戦闘そっちのけで性行為をしてしまうという爆弾を投下した。  飛行機に乗る占領軍の男は、これから降り立つ巫洋帝国の形を頭の中に思い描く。巫洋帝国は降伏したといえども、銃や手榴弾などの武器はまだ完全に破棄されていない。彼の国は一般市民にまで人を殺すための刃物が普及し、持ち歩かれているという。  敵国に対して常軌を逸した殺意を抱く国民、その中でも軍人は自分の身が千切れようとも殺しにかかってくる。  戦闘では巫洋帝国軍(かれら)と相対しても組織の力と兵器の質量で生き残ってきたが、大戦が終わった今の軽装で狂気じみた彼らの攻撃を受け止めたり、さらには街で歩いているところを襲われる、なんてことになれば命を奪われてもおかしくない。  だから抵抗出来なくなる新型爆弾を軍人の居留地に投下したと聞いて安心したのだ。  自分の仕事をこなして本国に帰ればいいという思いで、彼らは巫洋帝国の地に降り立つ。  彼らの目の前には、敵の肉を求めるように押しかけて来る帝国軍人たちの姿が広がっていた。 「こんなに集まって何をする気だ!」 「でも武器は持っていません! 敵意は無いと見えます……!」 「馬鹿な、今頃仲間同士で組み合って投下地点からは動けないはずだ……!」  騒然としていると、一人の帝国軍人が前に歩み出る。 「これまで我々は結束を強まるために仲間たちと交わってきました……しかし体を焼くような欲求に襲われていつもの面子では満足出来なくなり、あなた方の体が欲しくなったのです」  その直後、一人の年若い男が、端から勢いよく突っ込んできた帝国軍人に組み伏せられた。  それから大波のように動き出して襲いかかる軍勢を背に、共和国の者は我先に後ろは構わず逃げ出した。  巫洋帝国の占領が始まって半年すると、少なくない数の共和国民が純潔を奪われた。巫洋在住の共和国民は、果たして無事に本国に帰れるのか、次は自分が襲われるのではないか、と戦々恐々する日々を送っていた。  その頃、共和国軍の少佐であるアルフォードは、巫洋の首都内の、大戦中空襲の被害が少なく復興も進んだ地域に立っていた。  なんてことない様子で目線を左右後方に動かすと、速やかに歩き出す。怪しい者、特に貞操を狙う元帝国軍人への警戒を忘れなかった。アルフォードは隙の無い行動の甲斐もあって、幸運なことに今日まで無事でいられた。共に過ごした同僚には、一人また一人と脱落していく者がいた。アルフォードはそれを横目に、哀れなやつだ、しかし俺は絶対にそうなるまいという思いを固くする。  アルフォードは目を見張るような優秀さこそ無いが、順当に出世コースを歩み、共和国民の男性らしい上昇志向を持っていた。  男性に生まれたからには当然自分の能力の限り上り詰める必要がある。共和国民の中には純潔を奪われた挙句に男色にうつつを抜かして堕落してしまった者もいたが、アルフォードにとっては言語道断だ。  アルフォードは次の仕事の目的地に向かって警戒を怠らずに歩く。そして街娼や男の一人にも絡まれることなく目的地に着いた。  大きく無機質なコンクリートの建物の門前に立つ。門を開いた者の案内に従い、建物の一階の中央廊下を左に曲がって現れた一室に入る。  アルフォードの仕事は、戦時中の行為の責任を問われている元帝国軍人の処遇を決めることだ。本来なら検事や弁護士の仕事に入るのだろうが、ミッチェル共和国の巫洋帝国への憎しみは強く、軍人の行為は軍人が判断を下すべきという理屈でアルフォードたちに任せられている。  アルフォードはこれから、部屋の中心を隔てた鉄格子の向こうにいる、草野 蒼一郎(くさの そういちろう)という男の処遇を決めることになる。  彼の真っ黒な髪は、今朝整髪剤で撫で付けられたかのように、静かに頭に沿っていた。細く均整な輪郭、外洋に出ていたとは思えないような白い肌、力無く、一方でどこか怪しく感じる細められた目、これがアルフォードが草野 蒼一郎を見た時の印象だった。 「アルフォードだ。俺が貴様の処遇を決める」  ふてぶてしく鉄格子前の椅子に腰掛けたアルフォードに、草野は 「あなたが私を処罰するのですね。よろしくお願いします」  慎ましく座った姿勢から微動だにせず微笑んだ。巫洋国民にありがちな(立場ある者でさえ珍しくない)片言ではなく、落ち着いた共和国公用語だった。  それからアルフォードは草野に対して、階級や戦時中の役職など既に聞き及んでいることを尋ねる。アルフォードの認識通りの答えが返ってきて、アルフォードは戦時中の行為について尋ねる。草野は聞かれた行為に対して全てやりましたと答える。 「以上でよろしかったでしょうか? 共和国の方はどのような行為を裁くべきと考えているのか、私にはわかりませんから、戦時中の行動全てを順を追って話していきましょうか」  穏やかな様子で提案する草野だが、アルフォードは不可解に感じた。こちら側が把握している行為だけ認めればいいのに、何故聞いてもいないことを明かしてさらに罪を重くしようとするのか。 「それは長くなりそうだから結構だ」  余計な仕事は増やしたくない上、今わかっていることだけで十分だ。 「残念です。もっと私の話を聞いて欲しかったのに」  草野は柔和に開いていた口を小さくして残念そうに言った。 「では顔合わせは終わりにして本題に入りましょうか……!」  突然、草野が上衣をはだけさせ、瞬く間に血の巡った顔が鉄格子に迫る。  しかし草野は向こうにいる警備員に取り押さえられた。危機を脱してアルフォードが体の強張りを僅かに抜くと、 「私はあなたの純潔をいただきますよ、きっと……力を込めて抱きしめ、その唇も、精も奪うのです……!」  草野は奥の方に連れていかれ、姿が見えなくなった。アルフォードは一瞬足がすくんだが、すぐに気を取り戻して部屋から立ち去った。  半年経ってもまだ薬が残っている! アルフォードは廊下を足速に歩きながら、頭の中には草野の姿が映し出される。手を伸ばせば触れる距離で爆弾にやられた男を目の当たりにし、戦慄した。  これから自分は狂気を秘めた草野と向き合っていかなくてはならないのだ。それを考えるとアルフォードは、純潔の最大の危機に直面していることを理解した。

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