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第2話

 アルスカは隣国メルカのサザンという街の裏通りにある鄙びた宿で友人を待った。その友人とは卒業以来会っていなかったが、ひと月ほど前に来訪を知らせる葉書を出していた。友情を信じるならば、再会を果たすことができるはずだ。  宿の毛布は擦り切れている。井戸の水は赤銅色に濁り、表面に小蠅の死骸が浮いていた。窓の向こうはずっと曇り空であり、時折耐えかねたようにぱらぱらと涙を流す。  ガラ国は乾燥した砂漠の多い国であった。湿った空気を吸い込むと、異国の地にやってきたのだと痛感させられた。  アルスカは酒でも飲んで時間を潰すつもりだったが、この国は戒律により春の三カ月は禁酒と定められていた。酒場であってもこの時期は水と牛乳しか供さない。教会を中心に発展を遂げたこの街は厳格に戒律を尊守しているのだ。  赤毛と碧眼、鷲鼻がこの国に多い顔立ちであり、黒髪黒目で低い鼻をしているアルスカは明らかな異邦人である。それでもこの国の決まりに従うべく、彼は酒を諦めた。  アルスカは手持無沙汰になって窓辺で曇天を眺めながら煙草をふかした。この煙草は非常に強く、大の大人をも陶酔させる。この時期、メルカ国で楽しむことができる唯一の娯楽である。  アルスカもその昔、この国に留学でやって来て初めてこの煙草を吸ったときは、あまりの強さに前後不覚となり憲兵の世話になった。  当時、夜中にわけのわからないこと叫ぶ者の多くが国賊的思想を持っていたため、アルスカも拘束され、思想調査を受けたのだった。異邦人であり、まだ言語を勉強中だったアルスカは四苦八苦しながら自分に危険思想がないことを数週間かかって説明した。  2、3日ほどそうして窓辺で青春時代の苦い記憶に耽っていると、どんどん煙草は灰になり、とうとう残り1本となってしまった。  アルスカは深いため息を漏らした。彼は酒と煙草以外で退屈を誤魔化す手段をすっかり忘れてしまっていたのだ。  窓の外を通行人が通る。人々はシャツとズボンだけで、自分の目的地へと俯いて足早に駆けていく。  長い戦争で、物資を供出し続けているせいだろうか。街に活気はなく、この街に来るまでに通り過ぎてきた街道沿いの街々に比べて全体的に煤け、古びていた。  しかし、この街を出て東に歩くと、すぐに広大な農地を見ることができる。そこでは農夫たちが農道にしゃがみ込んで呑気に雑談をしているのだから、すべてが戦争一色、というわけではないことをアルスカはすでに知っていた。  アルスカは最後の煙草を大事に吸った後、所在なく街の地図を広げて眺めた。この街は古くからある田舎の街と、教会の建物が立ち並ぶ比較的新しい街に分かれている。  この宿は古い街の西端に位置し、こちら側には戦火に追われた東方の人々があちこちで下働きをしている。そのため、アルスカと同じ黒髪に黒い目の人間もよく見かけた。彼らはこの国で使われている言葉とは異なる言葉を話す。それはアルスカの故郷の言葉でもある。アルスカも彼らと同じ東方の出身なのだ。  この国の人々の中にはどうせ分からないだろうとアルスカたち東方の民にからかいの言葉を投げつける者もいる。かつてアルスカが学生の頃にそのような暴言を吐かれたら、アルスカはこの国の言葉で何倍にも反駁し相手を黙らせた。アルスカはこの国の大学で4年間言語だけでなくその手の輩に対する処置も学んだのだ。  もっとも、それは彼の故郷が戦火で焼け落ちる前のことであり、いまはアルスカのような東方の民に対する風当たりはさらに強くなっている。  それは、戦争で物資が不足し、人々の心がすさんでいるからだ。  14年前、信じられないほど豊かだと思ったメルカ国が堕ちる。アルスカはしばしその現実を飲み込めなかった。

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