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第3話
目を覚ますと太陽が真上に昇っていた。動かない頭が昼ぐらいだと知らせてくる。動きたくないという身体を無視して、眠たい目をこすりながらリビングへと足を運ぶとなんだかいい香りがする。
雨霧がキッチンに目を向けるとエプロンをつけた晴明を見つけた。晴明は雨霧に気づくと優しげに微笑む。
「おはようございます雨霧さん。ホットケーキ作ったのですが、一緒に食べますか?」
「いいんですか? いただいても」
「えぇ、勿論。一人で食べるには味気ないので」
断るには気まずく、お腹もすいていたので食べさせてもらうことになった。
テーブルの上に置かれたのは、作りたてであろうホットケーキの上にはカリカリに焼かれたベーコンと半熟に焼かれた目玉焼き。散りばめられた粗挽きのブラックペッパーに、刻まれたパセリが鮮やかだ。
スープカップに入っているコンソメスープも食欲をそそる。栄養面を考えてか千切りキャベツにプチトマトと、斜め切りされたキュウリが綺麗に飾られている。
流石飲食店を経営しているだけあると雨霧は感心した。自分であればサラダだけ、スープだけとなっているだろう。自慢じゃないが不健康な食生活なら誰にも負ける気がしなかった。
椅子に座るように言われたので椅子に座り、大人しく待つ。ある種の居候に近いのにこんな甘やかされていいのだろうか。何か手伝いべきではと雨霧は考える。
しかし、手伝う為には席を立たねばならない。もう座ってしまったから次からは手伝うことにしようと言い聞かせた。
「飲み物どうします?コーヒーとオレンジジュースがありますが」
「じゃあ、コーヒーでお願いします」
朝はいつもコーヒーだから雨霧はそう答えると、冷蔵庫からペットボトルのコーヒーを取り出し、グラスに注げばコトリと置かれた。
「ありがとうございます」
「いえ、お気になさらず」
こんなにも気が遣えるのに、どうして彼女をつくらないのだろう。言い寄る女性はいるだろうに。仕事が忙しいとかだろうかと憶測を雨霧は考えた。
「いただきます」
「いただきます」
晴明が手を合わせて言うのを見て、雨霧も真似してやる。こんなこと久しぶりだなと感じながら、コンソメスープを一口飲むと優しい味に心が落ち着く。
「おいしいですか?」
「はい、おいしいです。なんていうか優しい味で心が落ち着きます」
「口に合ったようでよかったです」
美味しいと言われて、嬉しそうに微笑む晴明によく笑う人だなと雨霧は感じた。
雨霧は笑うことが苦手だ。自分の感情を表に出すことが難しいのだ。だからか、人からは気が難しそうねとよく言われるのだ。
もし、晴明のように気が遣えて笑うのが上手だったら出雲に浮気されずに済んだかもしれないと考えてしまう。朝から暗いことを考えてしまうのは、いまだ引きずっているのだろう。
いつか自分は前に向いて歩いていけるのだろうか。いつかはこの部屋から出ていくのだろう。その時一人で歩けるだろうか。ぷつりとナイフで切った黄身は雨霧の心のように見えた。
「今日のお仕事は大丈夫ですか?」
「あぁ、おれデザイナーをしていて基本在宅なんです。仕事帰りに出てきちゃったので、パソコンとかはあるので大丈夫なのですが。服とかは買わなきゃだし、早く次の部屋も探さなきゃですね」
いつまでも晴明に頼るわけにはいけない。今日あたりでも店に行こうかなと晴明に伝える。
「そうですか。私もついて行っていいですか。荷物持ちとかしますので」
「えっ、いいのですか?ただの買い物ですよ」
「私、今日お休みなんで。行きたいですし」
そう言われて断る勇気もないし、とくに気にすることなく雨霧は、いいですよと返事した。その返事に安堵の表情を見せる晴明に、本当に感情が顔に出る人だなと感心する。
「じゃあ、準備終わったら行きましょう」
「はい、そうしましょう」
その会話を最後に食事に集中する。フォークとナイフが僅かに皿に擦れる音。時々鳴く鳥。気まずくない空気に雨霧は、居心地良さを感じられる。
こんな穏やかな時間はいつぶりだろう。最近は仕事で忙しかったのもあり、こんな時間もいいなと雨霧は思えた。
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