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第4話

「では、いきましょうか」  いつもバーテンダーの格好をしている晴明が、パーカーにジャージにスニーカーというラフな格好を着てきたのに対して、雨霧は内心驚いていた。  綺麗好きで日常生活も隙が無いから、服でもかっこいいのを着ると勝手に思っていた。なんだか人間らしい部分が見えて、安心をする自分がいるのを雨霧は気が付いた。 「いきましょうか」  そういい鉄の扉を開いて外に出ると、太陽の光が眩しくて雨霧は目を細める。 晴明についていくように歩くが、恋人の出雲に歩数を合わせていたこと、そもそもアウトドア派ではないこともあり、ほぼ同じ身長なのに歩くスピードが晴明の方が早い。  そのことに気づいた晴明はゆっくりと歩いてくれたのに男として恥ずかしさを覚えながらもありがたく思った。  ショッピングモールにたどり着いた二人は別れることなく、服売り場へと向かった。  雨霧はファッションには詳しいが、自分は着るものに対してはシンプルなものを好む。だから、カゴの中にも無地なものが増えていく。流行りの服には目をくれない様子を静かに見守る晴明に、楽しいのかなと心配をする。 「あの、自由に見回って大丈夫ですよ?」 「あぁ、お気になさらず。誰かと買い物にいくのも楽しいですから。それとも邪魔でしたか?そうでしたら、すみません」 「いや、おれの買い物ついて行って楽しいのかなって思っただけなので」  少し目を逸らした雨霧を見て、考えるそぶりをした晴明。 「ちょっと見てみたいものがあるので、見てきますね」  そういい離れていく晴明を見てやってしまったと雨霧は感じた。絶対気を遣わさせた。これならば言わなきゃよかったと後悔の念に苛まれる。  買い物が終わり、晴明を探そうと周りを見渡していると、こちらに近づく晴明を見つけた。何か買ったようで手には小さな袋がある。 「無事に服は買えましたか?」 「はい、これだけあれば困らないかと。晴明さんも買われたのですね」 「あぁ、これですか。どうぞ」 「えっ?」 「これ雨霧さんに買ったんです。せっかく一緒に住む記念にと」 「いいんですか?そんな、住まわせていただいてる上に、こんなものまでもらって」 「はい、私がやりたくてしたことですから。受け取ってくれるとありがたいです」 「ありがとうございます。大事にしますね」  にこやかに差し出される袋に一体どんなものが入っているのかと、雨霧は楽しみに受け取った。やはり、こんなにも気遣いができるのに、彼女がいないのは仕事が忙しい、または興味がないかのどっちかだろう。  自分が女性なら間違いなく惚れてもおかしくないサプライズだ。バーテンダーはすごいなと雨霧は思った。 「食料も買いたいので買いに行っていいでしょうか?」 「一緒について行っていいですか?おれ荷物持ちするので」 「勿論。今晩食べるご飯一緒に考えましょう?」  雨霧の提案に嫌な顔をするどころか、嬉しそうに微笑む晴明にやはりいい人なんだなと雨霧は感じた。いきなり転がり込み、無愛想な自分が一緒にいたいと言っても、嫌そうにしない。  誰にでもそのような態度なのだろうかと思うと、心のどこかに黒い液体に満たされていく。何故こんな気持ちになるのか不思議に思った。が、考えるのも無駄だと逃げるように思考を遮断し、晴明についていく。 「雨霧さんは、何か好きな食べ物とかあるのですか?」 「えっと、甘いものが好きです。あとご飯だとハンバーグが好きですね。子供みたいだと言われますが」 「あぁ、確かにバーでもカクテルは甘いものが多いですね。ハンバーグいいじゃないですか。私も好きですよ。今晩はハンバーグにしましょう」  あっさりと決まってしまった晩御飯。しかも、自分の大好物なハンバーグということもあり、雨霧は心が踊った。人参、玉ねぎ、ジャガイモとひき肉とハンバーグに必要な材料がカゴの中に入っていく。 「コーンポタージュ飲めますか?」 「コーンポタージュ好きですよ。晴明さんはいつも料理されているのですか?」 「はい、していますよ。料理するのは好きですし、節約にもなりますから。でも、一人用の量って結構難しいのですよ。カレーとか特に」 「そうなんですね。おれはあまり料理をしないからよく分からないですけどすごいと思います」 「褒めてくださりありがとうございます」  照れくさそうに、はにかむ晴明に雨霧もつられて微笑んだ。一瞬驚かれたのに雨霧は気づいた。不思議そうにしていると、晴明は少し慌てた様子で口にする。 「あっ、その、雨霧さんが笑うのは珍しいなって。お店でも表情があまり変わらない方だったのでつい驚いてしまい……」 「あぁ、確かに仏頂面とはよく言われます」 「だから、嬉しかったんだと思います。貴方がちゃんと笑えることが」  そうだ。自分は昨日の夜晴明に泣きながら、失恋した話をしたばかりだ。癒えているかといえば嘘になるが、ちょっとだけ軽くなった気がしていた。  もしこれが一人だった場合、きっと今まで以上に塞ぎこんでいたことだろう。  晴明には計り知れない恩がある。これからも部屋を見つけない限りお世話になることだろうから、少しずつ恩を返していかなくてはと雨霧は決意した。

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