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第5話
ようやくマンションに帰った時には月が昇っていた。長い時間買い物をしていたのだなと雨霧は感じた。
手を洗い、買った服を仕分けして終わって料理を作っている晴明に近づいていく。
「なにか手伝うことありますか?」
「おや、手伝ってくださるんですか?ありがとうございます。では、サラダを盛り付けてくださいませんか?」
雨霧のお手伝いに嬉しそうに微笑む晴明。何気ない会話を交わしていけばご飯の準備だって短く感じられた。
出雲といたときは、外食が多かったから手作り料理は久しぶりだ。別に外食が嫌だったわけじゃないけど、やっぱり手作りは特別感があって好きだと雨霧は思った。
「いただきます」
「いただきます」
ハンバーグ、グリーンサラダ、コーンポタージュ、ご飯が食卓に並べばお腹がすいてくる。手を合わせていただきますをすれば、一口ハンバーグを食べた雨霧は目を輝かせる。
閉じ込められた肉汁が口いっぱいに広がり、噛めば噛むほどに肉のうま味が押し寄せてくる。スーパーで買ったお肉なのに、こんなに美味しくなるなんて信じられない。この興奮と感動を伝えるべく興奮を抑えられないまま、晴明に伝える。
「とても美味しい! そこら辺の店より美味しい!」
「褒めていただきありがとうございます。とても嬉しいです」
「人生の中で一番好きな味で!あっ……、す、すみません。つい敬語が……」
「いえ、雨霧さんの話しやすいしゃべり方でいいんですよ。その方がこちらも接しやすいです」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて」
ついうっかり素のしゃべり方をしてしまったことに気づき、思わず手で口を覆う。
住まわせてもらっているのに、礼儀知らずだと思われてしまうのではないかと不安がよぎる。しかし、雨霧のため口にむしろ嬉しいとばかりに晴明は素のままでいいと答えた。
その言葉に雨霧は、自分を受け入れてくれている気がして、恥ずかしいような嬉しいようなこみ上げてくる気持ちに唇を軽く噛み堪えた。なんで人に対してこんなにも優しくできるのだろう。
昨日、今日と晴明の優しさに触れて傷だらけの心をシルクで包まれた心地よさを感じる。甘えてばかりいたらダメだ。ちゃんと部屋を見つけて独り立ちしなきゃと思う気持ちと、このままいっそ同居を続けたい気持ちが雨霧の中でせめぎ合っていた。
ぐらぐら揺らぐ心を無視するように、人参のグラッセを食べれば甘ったるい味が口の中を占拠し、思考を停止させる。この感情に名前をつけるにはまだ早い気がした。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさま。とても美味しかった」
手を合わせて空になったお皿たちをさげていく。ここでもお手伝いがしたい雨霧は、晴明に伝えるとお皿を拭くのを任させた。
晴明が洗ったお皿をひたすらに拭いていく。二人分なのですぐに終わり、二人ともお風呂に入った後問題が発生した。
「おれがソファーで寝る」
「いや、自分が寝るので雨霧さんがベットで寝てください」
初日は、言葉に甘えて寝ていたが今日は流石にベットを独占するのは良くないと考えた雨霧に対して、晴明が首を縦に振ろうとしないのだ。
晴明からしたら雨霧はお客さんだろうが、雨霧からしたら自分はただの居候という考えからのすれ違いだ。なかなか頷かない晴明に雨霧は唸る。
「おれはお客じゃない。それに毎日ソファーで休んでいたら仕事に支障が出る可能性がある。本当のお客さんに迷惑かけるわけにはいかないだろう?」
「うっ……、しかし、雨霧さんにソファーで寝かせるのは」
雨霧の正論に対して揺らぐ晴明だったが、それでも譲れない思いがあるようで、どうしようかと雨霧は髪をくしゃりと掻く。
このままではお互いに睡眠時間が削られていく。晴明を困らせたいわけじゃないのにと、歯がゆさを感じていた。
「いっそ、広いベットだし一緒に寝るとか?」
「……いいですね。そうしましょう。その方が喧嘩にならずにすみそうですし」
「えっ、本気?」
「えぇ、本気ですよ」
まさか自分の案が受け入れられるとは思わず、雨霧は目を丸くして驚くが、晴明は気にした様子がないようであっさりとした反応だ。早く寝ましょうと告げる晴明に、本気だと感じれば自分が提案した手前、断ることなんてできず、そのままついていく。
昨日見たはずの寝室は、前よりも緊張するのは晴明と共に寝るからだろう。優しくっていい人だとしても、まだ深くも知らない男の隣に寝るのは滅多にない。
先にベットに入った晴明は眠たそうに欠伸をした後、瞼を閉じた。
これならこっそりベットじゃなくてソファーで寝ても、バレないんじゃないかと思ったが、朝起きた時バレるだろう。
彼より早く起きれる自信がない。諦めた雨霧は、ベットに潜り瞼を閉じるが心臓の音がうるさい。
その後も眠れない夜が続いた。
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