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第19話
そして今、電話の向こうでは松吉は、
「好きッ!」
と切羽詰まった声で言ったきりである。
はあはあと荒い息だけが耳元に届く。
「ごめ……先に……イッちゃった……」
ならば梅吉も電話に向かって「好きだ」と言って動きを極める。
「ねえ……梅吉のにキスしてあげる」
チュッと電話口にキスの音が聞こえる。ぐんと昂る自分である。
「あ……松、松吉……松吉ぃ、いッ……」
松吉はここぞとばかりにキスの雨を降らせる。
黄金の右手に導かれたそれは濡れそぼち、ぬちゃぬちゃと悦楽の音を響かせる。
「ッ……出る!」と刹那の声を上げて、直己は激しく背筋を震わせた。
熱い愛を一人の褥に撒き散らす。
烏カアで夜が明けて……
とりあえず電話は切って寝た方がいい。
翌朝、目覚ましが鳴らないと思えばスマホの充電はゼロだった。
じきクリスマスという頃。
上川奈保美から来年結婚すると連絡をもらった。牧田産婦人科クリニックで子宮全摘手術を受けた後のことである。
またご祝儀を用意しなければと思うと同時に、これにかこつけて松吉とお揃いのダークスーツを買おうと思いつく。
あの油膜スーツよりましな物を銀座の店で仕立ててやるのだ。
年が明けたら二人で正装して初詣デートをしよう!
うふ、うふふふ。
などとほくそ笑む直己はまだ知らない。
年末年始の落語家は死ぬほど忙しく、デートどころではないという事実を。
また、奈保美からはもう一つ興味深い話を聞いていた。
リモートである。
入院中や実家での療養中、奈保美は都内に住む彼氏とスマホのリモート機能でコミュニケーションを深めたという。
お陰で結婚まで話が進んだらしい。
リモートという手があった!
離れて愛し合う時に使えるじゃないか!!
声だけではない。
松吉の顔やその他いろいろが見えるのだ。
ひょっとして肉眼でよく見えないところまで拡大して見えるかも知れない。
うふ、うふふふふ。
……って医者ともあろうものが何を考えているのだ?
いや、しかしこれはクリスマスプレゼントに最適かも知れない。
大きなタブレットを二人分新調しよう。
一人の夜はパソコンで家電ショップを覗いては商品を比較検討している。
喬木直己三十四才開業医。愛称、梅吉なのだった。
〈了〉
※蛇足
作中の台詞「祝儀不祝儀のぶっちがい」は落語「普段の袴」に出て来ます。
YouTube「普段の袴」で検索すると春風亭一之輔師匠のものがご覧になれます。
(小説の内容とは関係ないので聞かなくても大丈夫ですが……)
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