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第1話

 カキン。ハンマーで黒い石ころを叩けば。甲高い悲鳴と共に目を奪われる中身が姿を現す。壊さないように。欠けないように。自分の命綱である石ころを、機械的に叩いていく。  獲物を狙う蛇のように見定めてくる二つの瞳は、石を叩く彼の失敗を見逃す気はない。彼は心を砕きながら、単純で繊細な作業を繰り返していく。  石を叩いている彼は、大人にも、子どもにもなれない年齢であった。小さく傷だらけの手は冷たい。  短く切りそろえられた真っ赤なウルフカットに、生気の感じられない金色の目は、ガラスのようだ。何よりも、左目付近が石灰岩の白さで周りの皮膚とは違っていた。  鉄の重りに繋がった足枷。ボロボロで薄汚れたシャツ。靴すら履かせてもらえない現状から、人間の扱いすら受けていないのだろう。  それでも彼は叩く。石ころを叩く。それ以外で自分の存在意義を見出せないかのように。 「六百九、帰って構わんぞ」  睨んでいた男が、青年に声をかける。青年はハンマーを元の位置に戻し、ふらつきながらも石だけしか色がない真っ白な部屋から出て行った。  青年が辿り着いたのは、コンクリートで固められた四角い建物であった。入り口付近では、深い灰みのかかった緑色の軍服を着た男が二人佇んでいた。ふらつく青年に対して見向きもしない。青年もいつものことなのか反応もせずに、敷地内に入っていく。 「おう、ルーク帰ってきたのか」 「うん、ただいまレイナルドおじさん」 「おかえり。お疲れさまだな」  ストレートで肩まである白髪に、左目に黒い眼帯を付け、髪の隙間から除く右目はオレンジ色に光っている褐色肌の厳つい男は、青年をルークと呼び、肩を組んだ。周りの男性に比べて、小柄なルークは疲労もあって眩暈を起こしそうになるが、なんとか踏ん張る。 「今日の飯はなんだろうな。パンが付いていたら最高だけどな」 「まだ週末じゃないから、いつもの野菜くずのスープだけじゃないかな」 「前の野菜くずスープはまずかったな。新人が作ったらしいが、あんなの毎回食わされたら、働けねえって」 「あまり言いすぎると、発掘行きになるから気を付けなよ。レイナルドおじさん」 「はいはい、分かっているって。じゃあ、先に行くからな」  レイナルドはルークから離れると、手をひらひらさせて食堂へと向かって行った。  取り残されたルークは水洗い場へと向かい、目を覚ます為に顔を洗う。すると、背中から強い衝撃を感じた。ルークは、後ろを振り向かずに深いため息を吐きながら、衝撃の正体に対して話しかける。 「危ないよ。チャールズ」 「えー、だってアニキに会えるのが嬉しいっすから」 「誰でも彼でもやるんじゃないよ」 「はいっす」  茶色で眉がかかるぐらいの前髪に襟髪が束になったウルフカットのミディアムヘアーに、まつ毛が長く目がまん丸の緑目をした女顔の少年チャールズに、ルークは呆れた顔を見せる。  しかし、チャールズは無邪気な笑みを浮かべているの見て、何とも言えなく成ったルークは乱暴にチャールズの頭を撫でる。  チャールズは嬉しそうに目を細めて受け入れているのを見ると、疲れていた心が癒される感覚にルークは安堵を覚えた。 「それじゃあ、食堂に向かおう。レイナルドおじさんも待っているだろうし」 「そうっすね! オイラもお腹ぺこぺこっす」  ルークは星が薄っすらと見えるのを確認すると、食べ損ねない為にチャールズと共に食堂へと向かって行った。  食堂には男性しかおらず、ルークたちのように薄汚れたボロボロの服に、手枷と重りのついた足枷をつけた存在ばかりであった。 「こんばんはレイア」 「こんばんはです。今日は野菜多めのスープですよルークさん」 「やった。当たりだね」  夜空のように深い青髪を三つ編みしており、ピンクの垂目にそばかすが特徴のエプロンと三角巾以外は一緒の恰好をした小さな女性レイアに、ルークは話しかけるとレイアは嬉しそうに目を細めて微笑めば、今日のご飯であろうスープを器に注いでいく。  湯気が立つスープはとても薄い色をしており、入っている野菜も残りかすみたいなものばかりであった。黄金色の泡が立ってるエールが添えられた質素な食事であったが、ルーク達にとっては今日は野菜が多めで嬉しいみたいで、笑みが零れていた。 「おーい! こっちが空いてるぜ」  チャールズと一緒に空いてる席がないかと探していると、先ほど別れたレイナルドが声を掛けてくれた。恐らく後から来る二人の為に確保してくれたのだろう。そちらへと、そそくさと行けば二人は座る。 「いつもありがとう。レイナルドおじさん」 「ほんとあざーす」 「いいってことよ。気にすんな」  お礼を言われたレイナルドは嬉しそうに目を細めると、二人の食べる姿を眺める。三人で他愛のない会話をしながら、一時的に許された時間を満喫をしていた。 「じゃあ、さっさと寝ろよ。ルークにチャールズ」 「うん、おやすみなさい。レイナルドおじさん、チャールズ」 「おやすみっす! アニキにおっさん」  各自に用意された部屋に戻っていく。鉄の扉を開けるとベットと、簡易型のトイレと、小さな机と椅子しかない小さな部屋は、まるで監獄だった。頼りのないベットから小さな悲鳴が上がる。  ルークは目を閉じながら、先に見えない希望に怯えてしまう。いつまでこんな生活が続くのだろうと。鉛のような体は、深い眠りへと誘い明日を運んでくれると信じて暗闇に祈った。

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