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第5話
「んっ……」
ルークの視界に映ったものは、相変わらず白い天井であった。ただ光の傾き具合からして夕方ぐらいだろう。帰らなくてはと考えていたが、はっきりし始めた頭が漸く自分のしでかした失態を思い出させたことにより、身体を勢いよく起こし周りを見渡した。
「目を覚ましたか六百九」
焦るルークに対して、マテオは無表情だった。ルークは何とかして倒れた言い訳をしなくてはと考えては、消えていくものだから、言葉が出てこず、掠れた空気の音しか出せなかった。殺される。道具みたいに捨てられる。死にたくない。ルークの渦巻く感情が爆発しかけようとした時、マテオが口を開く。
「今回のことは上司に報告しませんでした」
「……えっ?」
「だからゆっくり休んでください」
マテオの発言にルークの思考は止まった。以前の監視役ならば、自分を道具としてしか見ていないので、躊躇なく報告をしていたはずだ。なのに、目の前のマテオは、報告をしなかった。それは国の、王の考えに背いたことになる。首を斬られても可笑しくない行動を彼はしてみせたのだ。
理解ができない。ルークの頭はそれで埋めてくされていた。忌まわしき常識を覆したマテオは、相変わらず涼し気な顔をしていた。呆然と立ち尽くすルークに背を向けて、マテオは帰るために扉のノブに手をかけた。
「あ、ありがとうございます」
ルークの震え混じりに言われた言葉に、マテオは振り返ることはない。なかったが、口は小さく笑みを描いていた。
いなくなったマテオをルークは暫くの間見ていた。凍り付いていた心が高鳴るのを感じている。生まれて初めて血液が通う。いつもの薄暗い帰る道に見る夕日は、希望に満ち溢れていた。
レイナルドやチャールズと雑談をしながら、レイアの野菜スープを食べて自室に戻ったルークはベットに横になった後、未だ抑えられない心臓の高まりに興奮していた。
生まれて初めてだったのだ。同じ立場の人ではなく、他人に優しくされたことが。今思えば、ずっと道具扱いであった。ルークと呼んでくれるのは、仲間たちだけであり、軍服を着た彼らは番号でしか呼ばない。それが当たり前だったのに、マテオによって打ち壊された。ルークの生気のない金色の目は潤んでいた。
「……明日も、会えるかな」
誰にでもいうことでもない独り言は星々が聞いただけだった。
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