1 / 15
はじめまして
僕は海に来ていた。
日頃から鬱憤やストレスは溜まっていたと自覚している。
勝手に足が海に向かっていた。
風がまだ冷たい冬から春にかけての海だ
「ハハ…」
カラ笑いが出るほど僕は今の暮らしが嫌いだ。
妻と子が居て30半ばで名のある企業の部長……
「傍から見れば羨ましい家庭なんだろう……」
魅力的な旦那さんね
お子さんも優秀でさすがね
奥さん美人で羨ましいです
何て素敵な家庭なのかしら
聞き飽きた賞賛。
“やっぱりαは違いますね!!”
反吐が出る褒め言葉
誰も“僕”を見てくれない………。
妻も……子も…………両親も………
自覚したら悲しくなった。虚しくなった。
全てが白黒に見えた。
『あぁ。この人も周りと一緒だ』
そう思う度に目を閉じて、心を閉ざす。
でも、社会は、世間は、僕は
それを許さない。
足に感じる冷たさ
革靴の中に水が入る気持ち悪さ
ズボンが足にへばりつく違和感
全て………嫌いだ。
「待ってよソータ。」
ふと、耳聞こえの良い声が聞こえた。
例えるなら親を呼ぶ可愛い小鳥のような声
「ミコト遅せぇよ。太陽沈んじゃうじゃん」
「元陸上部に、遅いって…言われても……ハァハァ…」
声のした方を見ると10代後半ぐらいの男の子が2人、少し離れたところで立っていた。
「お前が夕陽の見える海が撮りたいって言うから急いで来たんだろ?」
「いや、別に今すぐなんて言ってないよ」
艶のある黒髪…
日本人らしい健康的な肌色
ぱっちりとした目に黒い瞳
背丈は160後半
首には一眼のカメラをぶら下げ走ってきたためか荒い息遣いをしていた
少し離れていてもわかる
彼はΩ………………“僕のΩ”だと。
その瞬間、体からフェロモンが出たのがわかる。
αとΩがある一定の存在とであった瞬間に過剰に分泌される。
“気づいて”
“ここにいるよ”
“僕の元へおいで”
そう体が言っている。呼んでいる。
今までフェロモンというものをあまり気にしたことは無かった。
むしろここまで強く出るのかと感じた…。
フェロモンと共に心の底にある疑問が生まれた
『一緒にいる奴はダレだ?』
何故僕がいるのに違う奴と一緒にいるんだ…
欲しい……彼が欲しい………。
「……………え…」
彼がこちらに気づいた
とても驚いた顔をしていた
それも仕方あるまい。自分でも驚くほどフェロモンが出ているのだから
これ程までのαのフェロモンに気づかないΩなどいない
そして彼も気づいたはずだ。
僕たちが“運命の番”ということに
「お、おい、大丈夫か?」
一緒にいる奴は何も感じていない様子
アイツはβか。
…………………勝てる
そう思うと勝手に足が2人の………いや、彼の所へ向かっていた。
「なんだあいつ……」
一緒にいた奴も僕に気づいた。
Ωの彼は身を震わせ頬を赤らめていた
発情している。
「と、とりあえず逃げるぞ!!」
βは僕の番の手を引っ張り元来た道を走っていく。
元陸上部というのは伊達ではないようだ
足を取られる浜辺でも構わず走る
しかし僕の番は違うようだ。
覚束無い足取りで足が絡み転んでしまった。
「お、おい!!大丈夫か!!」
βは僕の番を起こし横抱きにし又走り出した。
離れていく背中に焦りは一切ない
だって彼は僕を認識していたからだ
僕をαだと。番だと。
運命には抗えない。今日出逢えたのも運命だ。
だからまた………
ぼーっと2人の背中が消えるまで眺めていたらふと浜辺に何が落ちているのがわかった。
「…………………財布…?」
黒の二つ折り財布
ふわりと彼の匂いがした
中を見てみると大学の学生証、個人番号カード、バース認定証などが少し乱雑に入っていた
「………………ほらね……また会えるのも運命だ。」
僕は確信した。
また会える。会う。彼に。
そう思うと口元のニヤけが止まらない
気がつくとフェロモンはおさまっていた
個人番号カードに書かれた住所はここからそう遠くはなかった。
大丈夫。大丈夫…。
「これから仲をつめればいい。はじめましてミコトくん」
そしてこれからヨロシク
ともだちにシェアしよう!