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第11話 案外死ぬ前って冷静になるもんだ
「そ、そんな落ち込むことかよ……てか何でそんなにき、…すしたいんだよ……?」
「……。これで自由に動けるのが嬉しくて……」
「……そうか………ん?」
どういう理由だ?
俺の唾液が勇者の体内に入った事により自由に動けるようになったのは分かるが、それが嬉しくてまたキス?
「……それって……」
もしかして俺が手を触れていないと動けなかったから、その反動でキスしてるのか?
俺が引っ付いているのが煩わしくて、次いつ動けなくなるか分からないからとりあえず唾液の取り溜めでもしとこうとかそういう……?
「いや、何でもない……そうだよな。こんな縛りプレイみたいな鬱陶しいヤツ、俺でもプレイしたくないわ。ごめん、気づかなくて」
「え?リュドリカさん?」
「やっと自由に動けるようになったわけだし、やっと一人になれるよな?俺、ちょっと外散歩してくるわ!ていうかお前も!もう一回メルサのところ行って来いよ!」
「えっ!?どこに行くんですか!?」
リュドリカは何故か無性に居心地の悪さを感じ、その場から逃げ出すようにラシエルの家を後にする
後ろで引き留めようとしてくる勇者の声は戸惑っているようだったが、リュドリカは振り返ることなく足早にその場を立ち去った
「そーだよなー。勇者も一人になりたいときもあるよな~」
村に出ると辺りの篝火や焚き火は消え墨を落としたような暗闇を作り、村の中央広場に集まっていた人だかりもすっかりもぬけの殻に居なくなっていた
リュドリカはそこからナナギ村を抜け出し、最初に勇者と出会った湖へと足を運ぶ
「確かここ、夜はホタルが凄い集まってめちゃくちゃグラフィック綺麗だったんだよな~実際見たらどんな感じなんだろ」
先程までの妙な心のモヤモヤが次第に好奇心に移り変わる。
我ながら単純だなと思いつつも、好きなゲームの好きなシーンは一度はお目にかかりたいと、ワクワクしながら湖に着いた
「ッ……」
そこに広がる光景に、息を呑む。
見渡す限りの天然のイルミネーション
光の造形が瞬く間に移り変わり、瞬きすることも忘れる
「うわぁ……綺麗だ……あ、そうだ写真!……はスマホないのか」
ポケットに手を突っ込もうとしたところでそもそも自分がリュドリカに転生していて、服装すらも作りが違うことに今更気付き右手が居場所を失う
ハァと溜め息をついて、俺はこの一瞬の光景を目に焼き付けることに専念した
「そういえば、ここでラシエルとメルサが友情から愛情に気持ちが変わるサブイベがあったんだよな~。それを勇者はあんな風にヒロインを蔑ろにして……信じらんねえ」
ゲームの回想シーンに思いを馳せる
確か誕生日を祝う為に、勇者とメルサはこの湖に赴いて、そこで急に魔物が現れて、それを聖剣で勇者が倒しメルサが自身の想いを伝えて……そこで選択肢が表れて婚約を交わすか友情を選ぶかというイベントだ
懐かしいな。最初に俺がこのゲームをプレイした時は迷わず婚約を交わしたなぁなんて、そんな事を思っていると、一つの疑問が生まれる。
あれ、そもそもラシエルとメルサは今日ここには来てなくて、そしたらここに現れる筈の魔物って一体どうなって……
「ガルルル…」
そこまで考えた所で、冷や汗が滲む。
さっきから聞こえないようにしていた何やら低くて唸るような音
明らかにホタルの鳴き声ではないと思いつつも、リュドリカは考えないように思考を停止させていた
後ろから何かが近づいてくる。ガサリガサリと雑草を踏み締めて、生暖かい風が後ろから吹き、それと同時に鼻を摘みたくなるような強烈な獣臭が漂う
「あー……これ、俺死んだ」
後ろを振り向くまでもない。
頭の隅でぼんやりとこのゲーム死んだらリセット出来るのかな、オートセーブされてるのかな、どこからロードされるのかな、なんて考えながらリュドリカは静かに目を閉じた。
すると後ろで唸るような鳴き声が、耳を塞ぎたくなるような断末魔に変わった
「ギィアアアアアアッッッッ」
「ヒイィッ!!」
両手で耳を塞ぎ、目を瞑ってその場にしゃがみ込んだ
唇を噛み締めその時を待ったが、いつまで経っても痛みはやってこない
「あれ……もう死んだのか?」
案外アッサリ死ぬんだなぁ、まあ階段から落ちた時も記憶無いし痛みも無かったしなぁなんて悠長な事を考えていると、後ろにいるはずの魔物から声が掛かる
「大丈夫ですか!?リュドリカさん!」
わ、魔物が喋った!……じゃなくて、この声は!
「……ラシエル?」
そっと目を開き塞いでいた耳を放すと、目の前にはラシエルが膝をついて心配そうな顔でこちらを見ていた
「良かった……間に合って……どこかケガはしていませんか!?」
「あ……うん。全然ヘイキ……わっ!」
そう言うとラシエルは俺を強く抱き締めた
その反動でよろけて、俺はその場に尻餅をついてしまう
「ハァ……夜中は魔物が活発になるので、村の外には出ないで下さい……凄く心配しました」
「ごめん……」
ラシエルの身体が暖かい。ここまで走って来たのだろうか、息は切れて動悸も聞こえる。あぁ、生きてるんだなぁと実感する
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