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第28話 感謝するべきは

未だドキドキと煩く心臓が鳴るのを、リュドリカは何度も深く深呼吸をしながら落ち着かせる 「はああ、毎日こんな事してたら心臓が持たない……。アイツ、俺の事マジでそういう目で見てんのかな」 何も無い狭い空間のテントに一人取り残され、先程の行為の余韻に浸る ゲームの中で見ていたものは、浮世離れした完全無欠の勇者。 なのにーー 「……ラシエルも、年頃の男の子なんだよな……。ちょっと意外だったわ」 純真だと思っていた勇者の偶像が、あんな人間じみて己の欲に忠実で、雄を前面に惜しみなく出してきて、想像していた勇者の姿との相違に頭が追いつかない 「魔物といつも隣り合わせにいるし、危険な目に遭うと性欲高まるっていうし……しょうがないのか……?」 「…………。」 いやしょうがなくないだろ! いくらナナギ村の村長を説得させる為に咄嗟についた嘘だとしても男同士でこんな事毎日続けるのは良くない! 「俺が……好きなのは……っ」 俺がラシエルの事を好きなのはラブじゃなくてライクの方! キスされて不快に思わないのは上手いからとか気持ちいいからとかじゃない! 「ラシエルの顔が良いから!!」 「俺の顔、ほんとに好きなんですね」 「うわあっっ!!?」 いつの間にか魔物を倒して来ていたのか、ラシエルがテントに戻り外から顔を覗かせていた それに驚きひっくり返るリュドリカの姿を見て、ニコリと笑う 「俺のこと、考えていたんですね。嬉しいです」 「ちっ、ちが!……いや……違くない、けどっ」 気恥ずかしさで俯き、動揺して言葉が出ない リュドリカはテントの入口を塞ぐラシエルに退いてと言って外に飛び出した 「待って下さい。何処に行くんですか?」 パシ、と出てすぐにラシエルに腕を掴まれる 「ど、何処にも行かないよ!過保護だなっテントの後ろのヤツ回収するだけ!」 「それなら俺が回収します。待ってて下さい」 「えっ?あ……ありがとう」 ラシエルは器用な手付きで、歪に飾られていたオブジェクトをゆっくりと倒す。ラシエルの力み具合から見てもソレはかなり重量がありそうで、期待に胸が躍ると同時に自分がやっていたらきっと今頃ひっくり倒していたと確信する 「……こんな時までスマートなんかよ……」 はあ。と深呼吸し、また少し別の意味で心臓が高鳴り始めているのを紛らわすように、バケツの中に何かあるかもだから慎重にな!と言う。ラシエルは頷き細心の注意を払って漸くソレは地面に辿り着く 「何が入ってるんですか?かなり重かったです」 「え、ほんとっ?どれどれ~」  ルンルンでバケツの中身の様子を見に行き、中を覗き込んだリュドリカから歓喜の声が響いた 「やった!かなり取れてる!ラッキー!」 「何ですか?……これは」 ラシエルも同じように側に寄ると、バケツの中を覗き込んだ そこにはキラキラと光る色とりどりの、昨夜見た火山灰がバケツ一杯に入っていた 「昨日の……」 「うん!へへ~これは金になるぞ~」 まあ、使い道は無いけどレアアイテムだし記念に持っとくけどな~なんて言いながら、リュドリカはその貴重な火山灰をアイテムボックスに回収する ラシエルは隣に並び同じように火山灰を手で掬い上げては、手の平から流れ落ち、光の屈折で見たこともない妖しく鮮やかな光を放つ灰をまじまじと見つめる 「ん?どした?」 「……俺、あまり村から出た事が無くて……この世で綺麗なモノは村の近くにある湖のホタルだけだと思っていました」 「あぁ、あれもめちゃめちゃ綺麗だったな!」 「……でも違いました。こうして貴方と旅をして、あんな貴重な体験が出来て、今でも脳裏に浮かぶほどあの光景は美しいものでした」 ラシエルは微笑み、気を抜いた油断している無防備な口に唇を合わせる 「ッ!なっ」 「リュドリカさん、違うんです。……俺の方だ。俺の方こそ、ここまで連れて来て頂いて本当に感謝しているくらい、今が楽しくて嬉しいんです」 「えっ……と」  恥ずかしげも無く真っ直ぐ見つめて言うラシエルに、こちらの方が気圧され胸が擽ったい気持ちになる 動揺して上手く返事が出来ないでいると、ラシエルはまた続けて話す 「いつも驚くような経験をさせてくれてありがとうございます。これからもよろしくお願いしますね」 「あ、えと、うん……」 そのまま頭を撫でられ、テントを片付けてきますとラシエルは立ち上がりその場を後にする 取り残されたリュドリカは、ドキドキと顔を真っ赤にさせながら残りの火山灰をもたつきながら回収した そうして、バル山一周の間での目的を果たしたリュドリカ達は、もう一日をかけて里へと戻ると、現里長パイロの元へ訪れる約束の時間になった

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