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第33話 それぞれの守るべきもの

あれからどのぐらい時間が経ったんだろう 従者に担がれ里長の邸宅に戻ったリュドリカは、家の窓からただ空を見上げ、禍々しい色の上空に不死の鳥が耳をつんざくほどの咆哮をあげる姿しか確認する術がなかった 度々この里に落下してくる火山弾が、凄まじい勢いで里に掛けられた防御結界にぶち当たると、その振動で家が揺れるほど威力は凄まじく恐怖で身が竦んだ いつか結界が敗れてしまうんじゃないかと冷や冷やしながらも、リュドリカは最前線で戦っているラシエルが心配で仕方ない 「ラシエル……」 頭の中でまた右右下上…と呪文のように唱える事しか出来ない無力な自分は、次変な事を言ったらまた殴るぞと言わんばかりにこちらを睨みつけて隣に立つNPCと何ら変わらない無力な人間だった 「俺が付いてるって……言ったのに……」 あんなにも大見得を切っておいて、何も出来ない自分が心底情けなくもどかしかった そしてたった一分一秒ですら永遠に感じる、この終わらない無限ループに迷い込んだような時間に、遂に終止符を打たれる 〈ギィヤアアアアアアアアッッッ〉 活火山バルの頂上から麓まで聞こえるエンドルフィンの断末魔 「ッッ!!」 ラシエルがきっとやってくれたのだろう そう確信しては、目に涙が浮かぶ 「やった……倒したんだ……」 リュドリカはすぐさま里長の家を飛び出し、登山口の付近でラシエルの帰りをひたすら待った 暫くすると、登山口の少し先から二人の人影が浮かぶ ボスを討伐した時特有の帰還ワープというものだろう 「ラシエル!」 リュドリカは大量の回復アイテムを抱えてラシエルの元へと駆け寄った 「大丈夫か!?ケガしてないか!?ヤケドは!?」 「アハハ、大丈夫ですよ。心配お掛けしました」 身体は少し火山灰や炭跡のようなモノで薄汚れてはいたが、別段致命傷といった傷は見受けられなかった 「よ……良かったぁ……」 一気に肩の重みが降りた気がした そしてふと隣を見ると、口を閉ざしだんまりとしたパイロが呆然と立ち尽くしている そうだ、コイツは両親を失って…… 「な……なぁ、パイロ……」 「パイロ、これからこの里を治めるキミが、そんな顔をしていちゃダメだ」 リュドリカの言葉の上から、ラシエルが芯のある声でパイロの前にしゃがみ込み、説得するよう腕を掴む 「………だって……もう、父さんや母さんは……いないんだ!!俺なんか!何にも出来ないただの子どもなのに!!」 突然堰を切ったようにドッと涙を溢れさせ、わんわんとパイロは泣きじゃくる そんな彼に、ラシエルは続けて言った 「キミにはもう、里の長の証である不死鳥の神力が宿っているはずだ。だからあの鳥の……エンドルフィンの、正気を取り戻すことが出来た」 「そ、れは……」 言い淀むパイロに、ラシエルの大きな手が頭を撫でる 「俺も、両親がいないんだ。国の為に殉職した。キミと同じぐらいの年の時に…でも、ナナギ村のみんなが俺のことを守ってくれた」 「そ……それは本当か?」 「……うん。だから、絶対、キミも里のみんなが助けてくれる。今だって、心配そうに向こうでキミの帰りを待っている人達がいるよ」 ラシエルが顔をその先に移すと、つられてパイロもその方角に目を向ける そこにはオロオロしながらこちらの様子を見ている従者や、里のみんながこちらの様子を心配そうに伺っていた 「みんな……」 「彼らがキミを必ず助けてくれる。だからパイロも、里のみんなを守るんだ。その力で」 さっきまで泣いていた少年は、グッと涙を堪えて、袖で顔を拭く 「……うん、分かった!俺、頑張ってみるよ!」 「キミのご両親は、その力をキミに託したんだ。きっと天国で見守っているはずだよ」 どこまでも優しく、意志のある勇者の真っ直ぐな眼差しは、パイロの荒んでいた心に強く刺さる そしてパイロは、分が悪そうに顔を俯かせた 「勇者様……ごめんなさい。俺……あんなことしたのに……」 「うん。反省しているなら、大丈夫。不死の鳥も操られていたとはいえ、これからこの国の繁栄のために全力を尽くすはずだよ」 「ありがとう、勇者様……!絶対、絶対魔王を倒してね!約束だよ!」 「約束する。絶対に倒すよ」 パイロはそう無邪気な顔で、手を振りながら里のみんなの元へ駆けていく 俺は少し瞳を濡らし、ツンと鼻腔を刺激した 「ラシエル……」 少年を見送るラシエルの姿は、まるで過去の自分を投影しているようだった 「あっ!それと!今日こそちゃんとご馳走させてくれ!後で俺の家に来いよ!」 パイロはこちらを振り返り、あっと思い出したかのような声を出す 「あと勇者のお兄ちゃん!何してたかは知らないけど、お嫁さんだからって寝ている相手を明け方までイジメちゃダメだぞ!なんか変な声が漏れてたからな!」 捨て台詞のようにパイロはそう言って、里の人たちに出迎えられながら姿を小さくしていった 俺は何だか聞き捨てならないような言葉を聞いた気がした 「……今の、どういうことだ?」 「………。」 取り残されたリュドリカ達には、妙な沈黙が流れる 「さぁ……」 堂々とシラを切る、勇者 さっきまでの威厳と気高さがまるで嘘のように崩れていく 「そういえば、お前……日が経ってもずっと動けてるよな……どうして……」 そこまで言うとラシエルは立ち上がり、にこりと微笑む 「知りたいですか?」 それは選択肢のようだった それを聞いてしまえば、何だか後に引き返せなくなる気がした 「えっ……あ、それは……」 今のラシエルの笑顔は、驚くほど清々しいものだが、それと同時に酷く恐ろしかった 「やっぱやめとく……」 「そうですか」 少し残念そうな顔をするラシエルに、リュドリカはゾッとする なんなんだよ!?さっきまでの感動を返せ!! うるっときてたのに、今は下半身がブルっとしてるよ!? そんなリュドリカの心の叫びも虚しく、嬉しそうにラシエルに手を引かれ、そのうち分かりますよと耳打ちされる 「何が!?知りたくない!!」 俺は自身の貞操を守っていかなければと、俺自身に誓った もう既に手遅れかもしれないけど……

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